御輿みこし)” の例文
「なア、東作、夜はなげえ、まず御輿みこしを据えて飲むがいい。——そのうちにはお富も、一と晩経てば、一と晩だけ年を取るというものだ」
壁に寄せて古甕ふるがめのいくつか並べてあるは、地酒が溢れて居るのであらう。今は農家は忙しい時季ときで、長く御輿みこしゑるものも無い。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
平大納言をはじめ、内蔵頭信基くらのかみのぶもと讃岐さぬきの中将時実ときざねの三人が衣冠束帯で御輿みこしのお供をし、武装した兵たちが囲りを警護していった。
すわとばかりに正行まさつら正朝まさとも親房ちかふさの面々きっ御輿みこしまもって賊軍をにらんだ、その目は血走り憤怒ふんぬ歯噛はがみ、毛髪ことごとく逆立さかだって見える。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
この町並ではほぼ目貫めぬきのところでしたから、そこで行列も御輿みこしを据えて、器量いっぱいのところを見せなければなりません。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
御輿みこしとお前後ぜんごに、いろいろなかざものとおりました。そのうちに、この土地とちわか芸妓連げいぎれんかれて、山車だしとおりました。
さかずきの輪廻 (新字新仮名) / 小川未明(著)
バッカス祭の当日には、半裸体の男女が踊り狂いながら、畸形な御輿みこしを担ぎ廻わったが、その畸形な御輿こそ、男のそれに他ならないのである。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
夏のころ梅の如き淡紅たんこうの花を開きのちをむすび熟するときはけて御輿みこしのわらびでの如く巻きあがる。茎も葉も痢病の妙薬なりといふ。みこしぐさ。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
占めた、まずその方は心配なしとして、昼まで大分間があるから、ゆっくりと御輿みこしを据えて、いろんなことを聞いた。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
気紛きまぐれにこの土地へ御輿みこしかつぎ込んだものだったが、銀子がちょっと気障きざったらしく思ったのは、いつも折鞄おりかばんのなかに入れてあるく写真帖しゃしんちょうであった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と、金鳳きんぽう御輿みこしにある人と、板ぶき小屋に生れついた凡下ぼんげとをひきくらべて、ついうらやましくも見たであろう。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
神の御輿みこしとか貴人の手輿てこしとかになると、二本の棒をあわせてその上にのせてき、できるだけ土から遠くしようとしており、今でも物によると天井持てんじょうもちといって
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
なから舞いたりしに、御輿みこしたけ愛宕山あたごやまかたより黒雲にわかに出来いできて、洛中らくちゅうにかかると見えければ、——
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
玄竹げんちく藥箱くすりばこなりおもいものであつた。これは玉造たまつくり稻荷いなり祭禮さいれい御輿みこしかついだまちわかしうがひどい怪我けがをしたとき玄竹げんちく療治れうぢをしてやつたおれいもらつたものであつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
全くわしらはここに御輿みこしをすえているうちに、ずいぶんいろいろと罪を重ねたものだからな。
いきなり裸美人らびじんを胴上げにして、お御輿みこしのかけ声勇ましく、室内をグルグルと廻り歩いた。
黒蜥蜴 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ダンスがはやれば、剣舞で驚かし、祭りの寄附金を出さぬと御輿みこしで店先をこわす。数え上げたら際限がないほどに人間社会は矛盾で満ちているが、さて、一体これは何故であるか。
人間生活の矛盾 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
しかし女房から頭ごなしにされると、何としても御輿みこしを上げずにはいられなかった。
おびとき (新字新仮名) / 犬田卯(著)
元明天皇、和銅三年春二月、藤原宮から寧楽なら宮に御遷りになった時、御輿みこし長屋原ながやのはら(山辺郡長屋)にとどめ、藤原京の方を望みたもうた。その時の歌であるが作者の名を明記してない。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
駕籠かごのしたくはもうちゃんとできているんですよ、とっとと御輿みこしをあげなせえな
右門捕物帖:30 闇男 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
父は又御輿みこしを拵えるのが好きであった。自分で屋根の反りなどを考え、生地で彫物をつけたものだ。御輿には桑名の諸戸清六という人から頼まれて拵えたものだの、葭町よしちょうの御輿などがある。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
道理のほかまでの好意を持った源氏は、御輿みこしの中の恋しいお姿を想像して、いよいよ遠いはるかな、手の届きがたいお方になっておしまいになったと心になげかれた。気が変になるほどであった。
源氏物語:07 紅葉賀 (新字新仮名) / 紫式部(著)
東福寺へ御輿みこしを入れられ、彼の所にてお心静かに御生害をなされませと、供の人々が云うので、今ははかられたことに気がつき、此の上は城へ戻って腹を切ろうぞ、く引き返せと命じたけれども
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
町内で催し物があり、山車だしが出る。年によっては、御輿みこしが渡御する。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
祖母は私のきまりの悪い気持には容赦ようしゃなく、「意気地なしだね。それっぽっちの怪我で、御輿みこしが担げないようでどうするんだ。」と云った。母は父の名のしるしの入っている絆纏を徳さんにお礼にあげた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
三重みへ御輿みこしに花とこぼれて
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
御輿みこしのあとに從へば
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
「なア、東作。夜は長げえ、先づ御輿みこしゑて飮むがいゝ、——そのうちにはお富も、一と晩經てば、一と晩だけ年を取るといふものだ」
この神楽師の一行は、早々辞し去るかと思うと、案外にも御輿みこしえて、逗留の気色けしきを示しているのも気が知れない一つ。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
左兵衛尉平家貞さひょうえのじょうたいらのいえさだという男は、狩衣かりぎぬの下にご丁寧にもよろいまでつけて、宮中の奥庭に、でんと御輿みこしを据えて動かない。
私は茫然として、ガイドは氷に覆われた、とある岩角にどっしと御輿みこしを据えて、ひとしくこの山頂を仰いだ。空は濃く深く澄み渡って、一点の雲もない。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
赤地にしきの直垂ひたたれ緋縅ひおどしのよろい着て、頭に烏帽子えぼしをいただき、弓と矢は従者に持たせ、徒歩かちにて御輿みこしにひたと供奉ぐぶする三十六、七の男、鼻高くまゆひい
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
子供こどもらは、ぴかぴかとひかる、一つの御輿みこしをかついで、あとのみんなは、その御輿みこし前後ぜんご左右さゆういて、に、に、提燈ちょうちんりかざしているのでした。
雪の上のおじいさん (新字新仮名) / 小川未明(著)
御輿みこしかついで通る人々の歓呼は私の耳の底に聞えて来た。何時の間にか私の心は山の上の方へ帰って行った。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
どこに隠れていることやら? ……おいおい卜伝、もうよかろう。そろそろ御輿みこしを上げようではないか
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
なから舞ひたりしに、御輿みこしたけ愛宕山あたごやまかたより黒雲くろくもにわか出来いできて、洛中らくちゅうにかゝると見えければ、——
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「そうはゆかない。勘定は勘定だ。だいぶ長くなったから、もうそろそろ御輿みこしをあげるとしよう」
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
月もなし、わざと、松明たいまつもともさない。おそらくおどろな秋の山風は、御輿みこしれんも吹きちぎって、お肌にあわを生ぜしめていたことだろう。——ただ少々供の人数はふえていた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここに至って怪人物はやっと御輿みこしをあげるように見えた。彼は狭い穴の中にヌッと立ち上った。そして非常にノロノロした動作で、用心深い大蜘蛛のように、地上に這い上って来た。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
大極殿の御輿みこしの寄せてある神々しい所に御歌があった。
源氏物語:17 絵合 (新字新仮名) / 紫式部(著)
やはり御輿みこしを担がなければ、お祭のような気がしない。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
しかし、名人はなかなかに御輿みこしをあげないのです。
錢形平次が御輿みこしをあげて、髮切り詮索せんさくに女護の島へ行つてくれさうも無いとわかると、大して落膽した風もなく、ヒヨイとお辭儀をすると
市五郎はれ気味で独言ひとりごとを言っているにかかわらず、自分は長火鉢の前へ御輿みこしを据えて、悠々と脂下やにさがっていました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
午後に、家のものはB姉妹のもとへ招かれて御輿みこしの通るのを見に行った。Bは清少納言せいしょうなごんの「枕の草紙」などを読みに来る人で、子供もよくその家へ遊びに行く。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「さあ、みんな、おじいさんを御輿みこしなかれてあげるのだ。」と、子供こどもは、おおきなこえ命令めいれいくだしますと、みんなは、に、に、っている提燈ちょうちんりかざして
雪の上のおじいさん (新字新仮名) / 小川未明(著)
遠くの方で、ドーンドーンと、御輿みこしの太鼓の音が聞えては、誰もこちとらに構い手はねえよ。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「そら御輿みこしがお通りになる、頭をさげい、ああおやせましましたこと、一天万乗いってんばんじょう御君おんきみ戦塵せんじんにまみれて山また山、谷また谷、北に南におんさすらいなさる。ああおそれ多いことじゃ」
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
もちろん俄仕込にわかじこみで、粒揃つぶぞろいの新橋では座敷のえるはずもなく、借金がえる一方なので、河岸かしをかえて北海道へと飛び、函館はこだてから小樽おたる室蘭むろらんとせいぜい一年か二年かで御輿みこしをあげ
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
するとまたもや船の中から、ゾロゾロ人影が現われて桟橋の上へよじ登ったが、一個の箱を肩に支え、その箱をみんなで取り巻いて、神前へ捧げる御輿みこしのように、敬虔けいけんな態度で歩いて行く。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)