おとと)” の例文
この時姉は始めておととを顧みて、さも名残惜そうにして見つめたのである。弟も月の光りに始めて青白い姉の顔をつくづくと眺めた。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
紺絣こんがすりの兄と白絣しろがすりおととと二人並んで、じり/\と上から照り附ける暑い日影ひかげにも頓着とんぢやくせず、余念なく移り変つて行く川を眺めて居た。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
たまに兄とおととが顔を合せると、ただ浮世話をする。双方とも普通の顔で、大いに平気で遣っている。陳腐に慣れ抜いた様子である。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それに引かえ僕のおとと秀輔ひですけは腕白小僧で、僕より二ツ年齢としが下でしたが骨格も父にたくましく、気象もまるで僕とはちがって居たのです。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
橋際に着けた梅見帰りひょんなことから俊雄冬吉は離れられぬ縁の糸巻き来るは呼ぶはの逢瀬繁く姉じゃおととじゃのたわぶれが
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
これは私の親たちの肝煎きもいりで私の師匠東雲師へ弟子入りをさせたのですから、私のしんからの弟子ではなく、おとと弟子でありますが、不幸なことには
「——いや、烈しい一徹ではあるが、心の底には情誼じょうぎにふかい所もあるおとと——というと弟自慢になるが、旧友の気もちが分らぬような男ではない」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そののちの事であったか、その時の事であったか、父のおとと五百枝いおえと、末弟の林駒生こまおと三人が、家の外に集まって下水の掃除をしていた姿を思い出す。
父杉山茂丸を語る (新字新仮名) / 夢野久作(著)
兄が百姓をしていて、おととが土地で養子に行っていることも話した。養蚕時ようさんどきには養蚕もするし、そっちこっちへ金の時貸しなどをしていることもしゃべった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
姉をおせいと言ッて、その頃はまだ十二のつぼみおとといさみと言ッて、これもまた袖で鼻汁はな湾泊盛わんぱくざかり(これは当今は某校に入舎していて宅には居らぬので)
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
おとといもとも平田から聞いていた年ごろで、顔つき格向かっこうもかねて想像していた通りで、二人ともいかにも可愛らしい。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
そのおととも……又その子も……その孫も……。二代三代四代の末までも執念く祟って、かりにも源氏の血をひくやからは、男も女も根絶しにして見せましょうぞ。
平家蟹 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
隣村りんそん平野村の名主なぬし甚左衞門は平澤村の甚兵衞名主のおととなるがこれも至つて慈悲じひふかきものにてお三ばゝまよ歩行あるく
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
我が先へ汝は後にと兄弟争いせめいだ末、兄は兄だけ力強くおととをついに投げ伏せて我意がいの勝を得たに誇り高ぶり、急ぎその橋を渡りかけ半途なかばにようやくいたりし時
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
山「有難い事で、それでおとと無事で行って来いと云うお言葉を頂戴致しますればわたくしは勇んで往って参ります」
中でもこの国の「いるまん」に「しめおん」と申したは、「ろおれんぞ」をおととのやうにもてなし、「えけれしや」の出入りにも、かならず仲よう手を組み合せて居つた。
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それを、そのお母さんを、おまえのおとっさんにられたのだ。な、わかったか。もちろんおまえのお母さんは、おれがなんだということも知らず、おとともやっぱり知らない。
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
貴様の安否を苦にしてな、実のおととを殺したより、貴様を失つた方が悲いと言つてふさいでゐたぞ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
これより両犬義を結び、親こそかわれこののちは、兄となりおとととなりて、共に力を尽すべし。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
姉さんと呼ばるれば三之助はおととのやうに可愛かあゆく、此処へ此処へと呼んで背をで顔を覗いて、さぞととさんが病気で淋しくらかろ、お正月も直きに来れば姉が何ぞ買つて上げますぞえ
大つごもり (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
自分は仕方なしに東京の番地と嫂の名を書いて、わざとそばに一郎さいしたためた。同様の意味で自分のわきにも一郎おとととわざわざ断った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
兄を利吒といひおととを阿利吒といひしが、長老は常々つねづね二人にむかひて、高きものはち、常なきものは尽き、生あれば死あり、会へるものは離るることあらむとさとしける。
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
そして姉もおととも初めのうちは小学校に出していたのが、二人とも何一つ学び得ず、いくら教師が骨を折ってもむだで、到底ほかの生徒といっしょに教えることはできず
春の鳥 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ついでに俺のバクチの弟子で女房のおととに当るチットばかり耳の遠い常吉つんしゅうという奴も、長崎へ行きたがっとるけに、今寄って誘うて来た。三人連れで長崎へて一旗揚げてみよう。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ある浅瀬では、余り暑いので、船頭が裸で水の中を泳いで居ると、船縁ふなべりで見て居たおととの方の少年は、堪らなくなつたというやうに着物を脱いで、ザンブと水の中に飛び込んだ。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
お京さんお前はおととといふを持つた事は無いのかと問はれて、私は一人同胞けうだいなしだから弟にもいもとにも持つた事は一度も無いと云ふ、さうかなあ、それではやつぱり何でも無いのだらう
わかれ道 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
……しかしおとと、この善信は遠国へ流さるるとても、決して、悲しんでたもるまい。念仏弘世ぐせのため、衆生しゅじょうとの結縁けちえんのため、御仏の告命こくみょうによって、わしは立つのだ。教化きょうげの旅立ちと思うてよい
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家君さんが気抜けのようになッたと言うのに、幼稚ちいさおととはあるし、いもとはあるし、お前さんも知ッてる通り母君おッかさん死去ないのだから、どうしても平田が帰郷かえッて、一家の仕法をつけなければならないんだ。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
それがしは下野しもつけの国の住人、那須与市宗隆のおとと、同苗与五郎宗春。
平家蟹 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「僕は実際死んだおととよりも間の居らなくなつたのを悲む」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「いやおととなどを有っていると、随分厄介やっかいなものですよ。わたくしも一人やくざなのを世話をした覚がありますがね」
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なるほど詳しく聞いてみると、姉もおととも全くの白痴であることが、いよいよ明らかになりました。
春の鳥 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
長い踏板ふみいた船縁ふなべりから岸に渡された。一番先に小さいおととが元気よくそれを渡つて、深い船の中に飛んでりた。其処そこまで送つて来た婿の機屋はたや盲目めくらのお婆さんをおぶつて続いて渡つた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
着古しの平常衣ふだんぎ一つ、何のたきかけの霊香れいきょう薫ずべきか、泣き寄りの親身しんみに一人のおととは、有っても無きにおと賭博ばくち好き酒好き、落魄おちぶれて相談相手になるべきならねば頼むは親切な雇婆やといばばばか
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
年はゆかねど亥之助といふおとともあればその様な火の中にじつとしてゐるには及ばぬこと、なあ父様ととさん一遍勇さんに逢ふて十分油を取つたら宜う御座りましよと母はたけつて前後もかへり見ず。
十三夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
おとと、久しいことであったな」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
坂井が一昨日おとといの晩、自分のおととを評して、一口に「冒険者アドヴェンチュアラー」と云った、そのおんが今宗助の耳に高く響き渡った。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこで僕もおおいによろこんで彼の帰国を送った。彼は二年間の貯蓄の三分の二を平気でなげうって、錦絵にしきえを買い、反物たんものを買い、母やおととや、親戚の女子供を喜ばすべく、欣々然きんきんぜんとして新橋を立出った。
非凡なる凡人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
争う二人をどちらにも傷つかぬようさばきたまい、末の末までともによかれと兄弟の子に事寄せてとうといお経を解きほぐして、んで含めて下さったあのお話に比べて見ればもとより我はおととの身
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
思ふままを通して離縁とならば太郎には継母ままははき目を見せ、御両親には今までの自慢の鼻にはかに低くさせまして、人の思はく、おととの行末、ああこの身一つの心から出世のしんも止めずはならず
十三夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「おおおととっ……」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ええちと物数奇ものずき過ぎますね、蒙古刀は」と答えた。「ところがおととの野郎そんな玩具おもちゃを持って来ては、兄貴を籠絡ろうらくするつもりだから困りものじゃありませんか」
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
七光どころか十光とひかりもして間接よそながらの恩を着ぬとは言はれぬにらからうとも一つは親の為おととの為、太郎といふ子もあるものを今日までの辛棒がなるほどならば、これからとて出来ぬ事はあるまじ
十三夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
父が僕をしかる時、母とおとととは何時いつも笑ってはたで見て居たものです。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「兄弟ですとも。僕はあなたの本当のおととです。だから本当の事を御答えしたつもりです。今云ったのはけっして空々しい挨拶でも何でもありません。真底そうだからそういうのです」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二人とも私の母方の従兄いとこに当る男だったから、その縁故で、益さんはおととに会うため、また私の父に敬意を表するため、月に一遍ぐらいは、牛込の奥まで煎餅せんべいの袋などを手土産てみやげに持って
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それでも妹婿いもとむこの方は御蔭おかげさまで、何だかだって方々の会社へ首を突っ込んでおりますから、この方はまあ不自由なく暮しておる模様でございますが、手前共や矢来のおととなどになりますと、云わば
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)