たな)” の例文
学者が聞いてあきれらあ。筆尖ふでさきうまい事をすりゃあ、おたなものだってお払箱にならあ。おう、そうそう。お玉は三味線が弾けたっけ。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
お前のはおたなの受けがい是は光沢つやが別だと云うので手間を先へ貸して呉れるように致して万事に気をつけて呉れるから大仕合おおじあわせで
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
殺し金百兩奪ひ取りしとて御所刑おしおきに成しとの噂を聞權三助十の兩人は怪敷あやしく思ひ橋本町八右衞門たなにも駕籠屋かごや仲間なかまる故彦兵衞が樣子を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
喜三郎は神經質らしく小鬢こびんいたり、襟を直したりして居ります。蒼白あをじろいおたな者で、いかにも弱々しく善良さうでさへあります。
「まあ、お上手だわね、貴方これ迄屹度どこかの売子だつたんでせう。そしておたなへ雇はれたくつて、今日らしたのぢやなくつて。」
信長に身を寄せた漂泊の将軍家義昭よしあきは、その後、岐阜ぎふの城下西にしたなの立正寺を宿所と定められて、一行はそこにししていた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
以上、老母からの手紙は、辿々たどたどしい文ではあるが、大丸という大呉服店を通して、そのうらのおたなものの奴隷生活がうつしだされている。
總領の兄は笈を負うて都に出てゐるし、やむなく上の姉に迎へた養子は、まだ主人からの暇が出ないで、姉と共に隣町のおたなに勤めてゐた。
白い雌鷄の行方 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
わけてもその夜は、おたな手代てだいと女中が藪入やぶいりでうろつきまわっているような身なりだったし、ずいぶん人目ひとめがはばかられた。
姥捨 (新字新仮名) / 太宰治(著)
半七と亀吉を二、三軒手前に待たせて置いて、庄太はその小女に声をかけようとする処へ、おたなの番頭らしい四十五、六の男が来かかった。
そうするうちに正月、二月と過ぎて三月二日、宵節句よいぜっくに綿文から招きがあり、主人の芳兵衛の供でさぶが本町のおたなへいった。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「元七と言えば手前でございますが、おたなに唐から着荷があって、今日は手前、朝から一歩も屋外へは踏み出しませんが。」
娘がすっかり出払ったこの一月からは、アパートの一室を寝床だけに借り受けて、そこからおたなへ通う。今度は全く真性真銘の独身者の住いです。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
たなものは兎角口うるさい。新太郎君は若旦那だから仕方がないとしても、寛一君まで入って来たのが殊に若手の腕利き連中に面白くないのだった。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
むかしは齢六十にして尚ひとの徒弟として技を練ることを道と教えられていたが、当今は年季もまだ明けないうちからもうたな出入りのことを考えている。
痀女抄録 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
言譯いひわけきくみゝはなし家賃やちんをさめるかたなけるかみちふたつぞ何方どちらにでもなされとぽんとはたくその煙管きせるうちわつてやりたいつらがまち目的もくてきなしに今日けふまでと
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
さて雪中は廊下らうかに(江戸にいふたな下)雪垂ゆきだれを(かやにてあみたるすだれをいふ)くだし、(雪吹ふゞきをふせぐため也)まども又これを用ふ。雪ふらざる時はまいあかりをとる。
そんな贅沢ぜいたくがいえた義理だと思うか。せんのおたなをしくじったのは何が為だ。みんなその我儘わがままからだぞ。
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あの宮崎さんはいろいろおせわにもなるし。親切におたなちんまでやすくして下さるから。御命日にはおはぎでもこしらえて。もっていってもらおうと思っています。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
なんでもお遊さんが来てくれたら伏見のたななどへはおいておかない、巨椋おぐらの池に別荘があるのを建て増してお遊さんの気に入るような数寄屋普請すきやぶしんをして住まわせる
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ちゃんとこのとおり、そろばんだこが当たっているじゃねえかよ、こんなにたこの当たるほどそろばんをいじくっていたとすると、おたな者もただのあきんどじゃねえよ。
塩鯛の歯ぐきも寒し魚のたな。此句、翁曰、心づかひせずと句になるものを、自讃に足らずとなり。又かまくらをいきて出でけん初松魚はつがつをと云ふこそ心の骨折ほねをり人の知らぬ所なり。
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
唯二三軒、うす汚ない雑貨店みたいのが、いまでも店を開いているが、そんな店先にもクレエヴンやペル・メルのかんたなざらしになっているのは、さすがに軽井沢らしい。
雉子日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
出る間際のお増の心には、堅い一人の若いおたなものと浅井と、この二人が残ったきりであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
もう何ですぜ、おたなから出て、あのかどの柳の下でしょんぼりして、看板のさいころがね、ぽかん
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小父おじさん、その彫刻師ってのは、あの稲荷いなり町のおたなでコツコツやってるあれなんですか」
たなおろしの新らしい古本を並べた店と、雑誌ばかり並べた店を見て往くと、地べたへむしろを敷いて、その上に名のとおりのうす汚い古本を並べた、何時いつもいる古本屋がいるので
妖影 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
終日ふさぎ通して、例の蒼白き顔いよいよ蒼く、妻のお糸はいへば更なり、たなの者台所の飯焚女まで些細なる事にも眼に角立てらるれば、アアまた明日は大阪行かと、呟くもあれば
心の鬼 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
一寸ちょっとした屏風びょうぶがたててあるのだけれども、おえんま様も映画の赤い旗もみんなまる見えだ。上半身をさらして、たなざらしのお役人の前に、私達は口をあけたり胸を押されたりしている。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
昔の丸善の旧式なおたなふうの建物が改築されて今の堂々たる赤煉瓦あかれんがに変わったのはいつごろであったか思い出せない。たぶん自分が二年ばかり東京にいなかった間の事であろうと思う。
丸善と三越 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
伏見屋未亡人みぼうじんのお富から、下隣の新宅(青山所有の分家)を借りて住むお雪婆さんまでがその写真を見に来て、森夫はもうすっかり東京日本橋本町辺のおたなものになりすましていることの
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
たなざらしのネギみたいに生白いその手には静脈が青く出ていた。その女がひとりいるだけで、いっぱいのその、舞台装置めいた小部屋の天井には、舞台そっくりの照明電気がつけられてあった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
ところでこの願人坊主なる者は、たな坊主と云つて家を持つてゐる。
物貰ひの話 (旧字旧仮名) / 三田村鳶魚(著)
また思ふ、柑子かうじたな愛想あいそよき肥満こえたる主婦あるじ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
塩鯛しおだい歯茎はぐきも寒しうおたな 同
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
鎮守のたなに借があるだぞ
運勢 (新字新仮名) / 波立一(著)
奉「浅草鳥越片町幸兵衛手代萬助まんすけ、本所元町與兵衛よへえたな恒太郎、訴訟人長二郎並びに家主源八げんぱち、其の外名主代組合の者残らず出ましたか」
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
小舟が兩國橋に近づくと、橋の上の夜の人通りもあり、それに吉原へ急ぐおたな者などが、猪牙ちよきを急がせて、引つきりなしに水の上を通るのです。
「あの、お前さんたち、感違えをしちゃあ困りますよ。あたしゃこの先のおたなのもので、あれ、あそこへ良人うちのが迎えに出てるじゃありませんか」
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「何だつてたなだてをはされなければならないんだね。」大杉氏はむきになつて顔を赤くした。「家賃もきちんきちんときまつて払つてるぢやないか。」
「小僧のじぶんからあにいたちの供でいって、おたなの人たちみんなの気ごころを知っているし、みなさんにもあっしの気ごころはわかっている筈です」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
菊池容斎や渡辺崋山の名画が一円五十銭か二円ぐらいで古道具屋のたなざらしになっている時節でしたから、歌麿も抱一上人もあったものでございません
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
允成がこのたなを借りたのは、その年正月二十二日に従来住んでいた家が焼けたので、しばら多紀桂山たきけいざんもとに寄宿していて、八月に至って移転したのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
偖も福井町勘兵衞たな勘太郎召捕めしとられ入牢申付られしが其後大岡殿呼出よびいだしの上去年霜月しもつき十七日の夜中馬喰町馬場のかたはらに住居罷在る米屋市郎左衞門隱居いんきよの老女を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
鳶の者だか、ばくち打ちだか、おたなものだか、わけのわからぬ服装になってしまいました。統一が無いのです。
おしゃれ童子 (新字新仮名) / 太宰治(著)
何のおたなものの白瓜しろうりがどんな事を仕出しいだしませう、怒るなら怒れでござんすとて小女こをんなに言ひつけてお銚子の支度
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「ええと、たしか西門慶さまのおたなは、こちらさんでございましたね、大旦那は、おいでですかえ?」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
併し、師匠は、いわゆる「おたな物」仕事をこれまで引き受けた例しがなかった。「お店物」で制限をつけられてしまうと針がまるで利かなくなってしまうと言われる。
痀女抄録 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
東京の下町の雇人間でおたな大事の制度が、親を越えたその子にまでこれほども染み込んでいるのか、それともこの父親には始終こういうにべも無い遣り方でなければ
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「だってそうでしょう」職人は誰にもそれが解らないのが不思議のように熱心に、「だからお客は莫迦ばかに高いものを着せられて、職人はおたなのために働くということになる。 ...
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)