常磐木ときわぎ)” の例文
冬青樹あおき扇骨木かなめ、八ツ木斛もっこくなぞいう常磐木ときわぎの葉が蝋細工のように輝く。大空は小春の頃にもまして又一層青く澄み渡って見える。
写況雑記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
常磐木ときわぎ葉蔭はかげから、あかそらいろられました。すると、みつばちは、かれわかれをげて、いずこへとなくんでいってしまいました。
みつばちのきた日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
常磐木ときわぎの梢に在るのだとそれほど目立たないのであるが、落葉してしまっている枯木であるから、それが特に目立って見えるのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
前の常磐木ときわぎのかげにあるベンチ。背むしはやはり焼き芋を食っている。少年はやっと立ち上り、頭を垂れてどこかへ歩いてく。
浅草公園:或シナリオ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その土塀の内側には、常磐木ときわぎ鬱々うつうつこもっている。で、屋敷の構内の、どの部屋で講義をしようとも、声は外界へは聞こえないであろう。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
とうとう、彼は信濃しなのと美濃の国境くにざかいにあたる一里塚いちりづかまで、そこにこんもりとした常磐木ときわぎらしい全景を見せている静かなの木の下まで歩いた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と言い、船のしばらくとどめられた所を御覧になると、大きい岩のような形に見えて常磐木ときわぎのおもしろい姿に繁茂した嶋が倒影もつくっていた。
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
自分はそれをしおに拝殿の前面を左右に逍遥しょうようした。そうして暑い日をさえぎる高い常磐木ときわぎを見ていた。ところへ兄が不平な顔をして自分に近づいて来た。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
百日紅さるすべりあり、花桐はなぎりあり、また常磐木ときわぎあり。梅、桜、花咲くはここならで、御手洗みたらし後合うしろあわせなるかの君の庭なりき。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし、一八——年の十月のなかばごろ、ひどくひえびえする日があった。ちょうど日没前、私はあの常磐木ときわぎのあいだをかきわけて友の小屋の方へ行った。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
純一は拝む気にもなれぬので、小さい門を左の方へ出ると、みぞのような池があって、向うの小高い処には常磐木ときわぎの間に葉の黄ばんだ木のまじった木立がある。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
小さな草花の鉢が並んでいるかと思いますと、根に土を附けたままこもで包んで、丈の一間くらいもある杉とか、檜とかいう常磐木ときわぎも廻りに立ててあります。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
霜枯れ時だのに、美しい常磐木ときわぎの緑と、青玉のような水の色とが古びた家の黄や赤や茶によくうつります。
先生への通信 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その向うのこんもりと茂った常磐木ときわぎの森の中の道を行くと、すぐ眼の前がひらけて、其処に、その森を自然の生垣にした一軒の藁葺わらぶきの農家が、ぽつんと建っていた。
火星の魔術師 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
寂しい十三湊の民家は、ことごとく白い大きなこの御山の根に抱えられて、名に高い屏風山保安林の常磐木ときわぎの緑が、わずかに遠い雪と近い砂山との堺を劃している。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかしそれがために、桐の葉は秋に落ちるものだから、雪に配するのは常磐木ときわぎか枯木に限るというような既成観念を生じて来ると、多少の危険を伴うことを免れぬ。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
わたしはまた、野草を摘み常磐木ときわぎをはこんで森のことを思いだすのが好きな村びとたちのところに、あるいは都会にまで、乾草車に積んで持っていこうかとも夢みた。
はて、見たような所と思って見まわすと、紫宸殿ししんでんの広庭にちがいない。けれど「右近うこんノ橘」「左近ノ桜」は見あたらず、そこには一本の大きな常磐木ときわぎだけがそびえていた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちょっといぶきのような趣きがあり、枝先は素直に垂れて、粉紅こなべに色の花をつける。あんな常磐木ときわぎにこんな柔かい花が咲くかと思わせるような、奇異で、うるわしい花である。
家へ入ってからの母親との紛紜いさくさ気煩きうるささに、矢張やっぱり大きな如露をさげて、其方そっちこっち植木の根にそそいだり、可也かなりの距離から来る煤煙に汚れた常磐木ときわぎの枝葉を払いなどしていたが
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
今まで深く茂った大きな常磐木ときわぎの森の間に、王宮と向い合って立っていた紅木大臣の邸宅やしき住居すまいも床も立ち樹もすっかり黒焦くろこげになってしまって、数限りなく立ち並んだ焼木杭やけぼっくいの間から
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
常磐木ときわぎが、こんもりと繁り、その奥ゆかしさが私をまねいて、私は、すすきや野いばらをきわけ、崖のうえにゆける路を捜したけれども、なかなか、それらしきものは見当らず、ついには
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
けだし十月は多くの木の葉の落つる時なれば、俳諧において落葉を十月の季とし、松の落葉の如き常磐木ときわぎの落葉は総て夏季に属す。しかれども松の落葉の如きは四時絶えざること論をたず。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そこには、高い常磐木ときわぎにとり囲まれて、異様な建物がひろがっていた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いつからか常磐木ときわぎ色の小旗が一つ立っていて
おびただしいまでに庭木があって、いずれも年を経た常磐木ときわぎと見えて、土塀のいらかから高くぬきんでて、林のように繁っていた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
うぐいすは、あかのなったえだまったり、また常磐木ときわぎあいだをくぐったりしてむしをさがしながら、チャッ、チャッと、いっていていました。
子うぐいすと母うぐいす (新字新仮名) / 小川未明(著)
またさまざまなる常磐木ときわぎは、日本の風土にれた蘇鉄そてつや竹などと一緒になって、四季不変なる緑色の着物を着ている。
仮寐の夢 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
大学の池の水へ、曇った常磐木ときわぎの影が映る時のようである。それはあざやかなしまが、上から下へ貫いている。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
よい形をした常磐木ときわぎにまとったつたの紅葉だけがまだ残ったあかさであった。こだにのつるなどを少し引きちぎらせて中の君への贈り物にするらしく薫は従者に持たせた。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
枝と枝を交えた常磐木ときわぎがささえる雪は恐ろしい音を立てて、半蔵らが踏んで行く路傍にくずれ落ちた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ともするとまた常磐木ときわぎが落葉する、何の樹とも知れずばらばらと鳴り、かさかさと音がしてぱっと檜笠ひのきがさにかかることもある、あるいは行過ぎた背後うしろへこぼれるのもある
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大きい常磐木ときわぎの下にあるベンチ。木々の向うに見えているのは前の池の一部らしい。少年はそこへ歩み寄り、がっかりしたように腰をかける。それから涙をぬぐいはじめる。
浅草公園:或シナリオ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
シジュウカラが常磐木ときわぎの葉がくれにさえずり、シャコと兎がその下にこそこそやっている。
また春が来ますと、今までは蕭条しょうじょうとして常磐木ときわぎのほかの万木千草はことごとく枯れ果てたかと思われていた中に、その一つの枯木の枝頭にこつとして芬香ふんこうを吐くところの白いものを見出みいだします。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
周囲しゅうい常磐木ときわぎに、つよりつけた太陽たいようひかりも、このしぼみかかった、あわれなはなうえにはたよりなげにらしたのです。
公園の花と毒蛾 (新字新仮名) / 小川未明(著)
主人といっしょにがけを下りて、小暗おぐらみち這入はいった。スコッチ・ファーと云う常磐木ときわぎの葉が、きざ昆布こんぶに雲がいかかって、払っても落ちないように見える。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
常磐木ときわぎが青々と茂っている、泉が地面から湧き出ている。村には一つのほこらがあって狛犬が二匹並んでいる。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
うしろの黒い常磐木ときわぎの間からは四阿屋あずまやわら屋根と花畠はなばたけに枯れ死した秋草の黄色きばみ際立きわだって見えます。縁先の置石おきいしのかげには黄金色こがねいろの小菊が星のように咲き出しました。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
大木の常磐木ときわぎへおもしろくかかった蔦紅葉つたもみじの色さえも高雅さの現われのように見え、遠くからはすごくさえ思われる一構えがそれであるのを、中納言も船にながめて
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
石を、青と赤いかかとで踏んで抜けた二頭の鬼が、うしろから、前を引いて、ずしずしずしと小戻りして、人立ひとだちの薄さに、植込の常磐木ときわぎの影もあらわな、夫人の前へ寄って来た。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
節子は元来た道の方へ石段を降りかけようとしたところで、傾斜の半途に蔭の落ちている常磐木ときわぎの間を通して、逸早いちはやく向うの方から歩いて来る人の影を見つけた。そして岸本の側から離れた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
電線でんせんはうなって、公園こうえん常磐木ときわぎや、落葉樹らくようじゅは、かぜにたわんで、くろあたまが、そらなみのごとく、起伏きふくしていました。
公園の花と毒蛾 (新字新仮名) / 小川未明(著)
大学の池の水へ、曇つた常磐木ときわぎの影がうつる時の様である。それをあざやかなしまが、上から下へ貫ぬいてゐる。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
と、黒々と茂っている、常磐木ときわぎの葉を背景にして、瓦屋根の上へ夕顔のような、白い女の笑っている顔が、月の光のない中へ、抜けるように浮き出して見えていた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
江戸の武士はその邸宅に花ある木を植えず、常磐木ときわぎの中にても殊に松をたっとび愛した故に、もと武家の屋敷のあった処には今もなお緑の色かえぬ松の姿にそぞろ昔を思わせる処が少くない。
年つもりて、ふたばなりし常磐木ときわぎもハヤ丈のびつ。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ちょうど、悪寒おかんおそわれた患者かんじゃのように、常磐木ときわぎは、そのくろ姿すがたやみなかで、しきりに身震みぶるいしていました。
三月の空の下 (新字新仮名) / 小川未明(著)
紙帳は、主人に邂逅めぐりあったのを喜ぶかのように、落葉樹や常磐木ときわぎに包まれながら、左門の方へ、長方形の、長い方の面を向け、微風に、その面へ小皺を作り、笑った。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
久しく見ずにいた郊外の景色けしきも忘れ物を思い出したようにうれしかった。眼に入るものは青い麦畠むぎばたけと青い大根畠と常磐木ときわぎの中に赤や黄や褐色を雑多に交ぜた森の色であった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)