容貌ようぼう)” の例文
姉の方は細面で妹の方はまる顔であったが、どちらも品のある容貌ようぼうをしていた。姉の方は田中良たなかりょう画伯の描く女性にそっくりであった。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
行燈あんどんの明りを、あごから逆にうけたのが怖ろしい容貌ようぼうにみえた。しばらく、黙然として、うたた寝の美しい寝顔を見下ろしている……。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何と異って見えることか! 彼女の容貌ようぼうそのものがそんなにも変ったのか、それとも私の中にその幻像イマアジュが変ったのか、私は知らない。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
知らない人であったが、容貌ようぼうが非常に美しい人であったから、このまま死なせたくないと惜しんで、どの女房も皆よく世話をした。
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
世間には女のような容貌ようぼう、皮膚、声遣こわづかい、気質、感情を持った男子があり、また男のようなそれらの一切を持っておる婦人があります。
産屋物語 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
けれどもその女も三沢の意中の人も、ついにこっちを向かなかった。自分はただ彼らの容貌ようぼうを三分の二だけ側面から遠くに望んだ。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とにかくその容貌ようぼう風采ふうさいに於いては一つとしていいところが無いのは、僕だって、イヤになるほど、それこそ的確に知っているつもりです。
女類 (新字新仮名) / 太宰治(著)
背が高く、強壮で、頭がすっかり禿げ、金縁眼鏡で顳顬こめかみをはさみつけ、かなりの容貌ようぼうだった。彼はみずから病気だと思っていた。
兼吉は綽号あだなを鳥羽絵小僧と云った。想うに鳥羽屋の小僧で、容貌ようぼうが奇怪であったからの名であろう。即ち後の仮名垣魯文かながきろぶんである。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
自分は容貌ようぼうの上のみで梅子さんを思うているのでない、御存知の通り実に近頃の若い女子にはまれに見るところの美しい性質をもっておられる
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
青ざめもしよごれもしているその容貌ようぼう、すこし延びたひげ、五日もくしを入れない髪までが、いかにも暗いところから出て来た人で
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
楼上ろうじょうの接客室で逢いましたが、その容貌ようぼうは温厚篤実とくじつでその中に威儀凜然りんぜんとして侵すべからざる一種の徳を備え英語もなかなかよく出来る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それは黒と白と市松模様いちまつもよう倭衣しずりを着た、容貌ようぼうの醜い一人の若者が、太い白檀木しらまゆみの弓を握って、時々切って放すとがり矢であった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
美しい容貌ようぼうを持ちながら十八の年から後家を通した人だけあって、気の勝った男のように、ハキハキ物を云う人でありました。
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
いくら物質の平均が行われても人間の持って生れた智能や、容貌ようぼうの美醜の平均までは人為的制度でどうにもならないでしょう。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
だれからもきれいとほめられる容貌ようぼうと毛皮をもって、敏捷びんしょうで典雅な挙止を示すと同時に、神経質な気むずかしさをもっていた。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
おたみの姿態と容貌ようぼうとは、そのどこやらに、年をかくしている半玉はんぎょくなどによく見られるような、早熟な色めいた表情が認められたからである。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
置いてよいか分らないけれども彼女の生れつきの容貌ようぼうが「端麗にして高雅」であったことはいろいろな事実から立証される。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
葉子は何時なんじの鐘だと考えてみる事もしないで、そこに現われた男の顔を見分けようとしたが、木村に似た容貌ようぼうがおぼろに浮かんで来るだけで
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
以前の負けずぎらいな精悍せいかん面魂つらだましいはどこかにかげをひそめ、なんの表情も無い、木偶でくのごとく愚者ぐしゃのごとき容貌ようぼうに変っている。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
と赤羽君は容貌ようぼうのようでも、大勢が分っていた。一同妙に感激を受けた。みんな、実際もう議論じゃないという気になった。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そしてさっき首領の男の場合に言ったと同じ特色が、あるいはむしろ特色のないことが、この女の容貌ようぼうにも伴っている。
そのうえ、お雪は十人も子供を産んだにもかかわらず、容貌ようぼうは巳之吉の所へ来た時と同じようにわかわかしかった。
雪女 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
木島は容貌ようぼうからして凡夫ぼんぷでない。顔が大きく背が低く色は黒い。二十一だというに誰でも三十以下に見る者はない。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
伊曾の手で鋭いメスの一撃が劉子の頸部けいぶに加へられた。劉子の端麗な容貌ようぼうが音もなく彼の腕の中で失心して行つた。いで伊曾は自らの頸部を切り裂いた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
もちろん、告訴の結果何かはっきりとした、詳細に規定できるような容貌ようぼう上の変化が起るわけじゃありません。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
そして容貌ようぼうもけっして最上の美人ということはできない。その他素性すじょうの点からいっても財産ざいさんの点からいっても、あの女はお前の未来の妻にはふさわしくない。
おしどり (新字新仮名) / 新美南吉(著)
しかもただ精神的に似てくるというだけではなくて、容貌ようぼうや、肉体上の特質までも似てくるというのだ。
或る探訪記者の話 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
その容貌ようぼうが前にも言ったとおり、このうえもなくばんカラなので、いよいよそれが好いコントラストをなして、あの顔で、どうしてああだろう、打ち見たところは
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
モデル娘は服を掃く手をとどめ、気を置くように戸のかたを見る。○ゾフィイは老けたる処女なり。質素なる拵えにて登場。髪は真中まんなかより右左に分けいる。容貌ようぼう美ならず。
私の容貌ようぼうなど、三鷹へ来た頃と、修治さんにおつき合いしてからと全然変わったと、人に言われる。
黒眼鏡をかけているので、眼の様子はわからなかったが、顔じゅうが、散弾さんだんでもぶちこまれたあとのようにでこぼこしていて、いかにもすごい感じのする容貌ようぼうだった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
高次郎氏の容貌ようぼうには好男子ということ以外に、人格の美しさが疑いもなく現れていたからだった。老年の婦人というものはただの馬鹿な美男子に見惚れるものではない。
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「おい。たしかに、ポーニンにちがいないんだね。容貌ようぼうや、身長なども、よくしらべてみたかね」
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
されば少年がその意気と、その容貌ようぼうと、風采ふうさいと、その品位をもってして誰がこれをうけがわざるべき。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その横顔は線に丸みがあるとともにまた厳乎げんこたるところがあって、アルザスおよびローレーヌを通じてフランス人の容貌ようぼうのうちにはいってきたゼルマン式の優しみがあり
かれ容貌ようぼうはぎすぎすして、どこか百姓染ひゃくしょうじみて、頤鬚あごひげから、べッそりしたかみ、ぎごちない不態ぶざま恰好かっこうは、まるで大食たいしょくの、呑抜のみぬけの、頑固がんこ街道端かいどうばた料理屋りょうりやなんどの主人しゅじんのようで
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
かたみの顔ようように隔たりつつ、ついに全く見えなくなりぬ、さてその法師の容貌ようぼう風采ふうさいとは、さながら年とりし佐太郎そのままにて、不思議の再会最も懐かしく思いたるに
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
もちろん容貌ようぼうと淑徳とは別であったが、過去は過去として、後に葉子が仕出来しでかしたさまざまの事件にぶつかるまでは、庸三の魂もその若い肉体美の発散に全く酔いしれていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ある時、あなたの子だと、名乗っているものがある、それが誠に美しい容貌ようぼうの男の子なので、誰しもそれを疑わずにその者のいう通り、あなたの隠しであるのかと信じている。
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
この漁猟期には、スコットランドの海岸地方では、労働賃金が高率を唱えるを例とする。しかし、かれらはその不満をただ不機嫌な容貌ようぼうと、恐ろしい見幕けんまくとで表わすばかりである。
燕王は太祖の第四子、容貌ようぼうにして髭髯しぜんうるわしく、智勇あり、大略あり、誠を推して人に任じ、太祖にたること多かりしかば、太祖もこれよろこび、人もあるいこころを寄するものありたり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その文にいわく(中略)貴嬢の朝鮮事件にくみして一死をなげうたんとせるの心意を察するに、葉石との交情旧の如くならず、他に婚を求むるも容貌ようぼう醜矮しゅうわい突額とつがく短鼻たんび一目いちもく鬼女きじょ怪物かいぶつことならねば
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
例えば、われわれが故人の名を思えば、その容貌ようぼう自然にわれわれの想像中に現ずるがごとし。また、たとい一面識なき人も、その名を聞けば、おのずからその容貌を想出するがごとし。
妖怪玄談 (新字新仮名) / 井上円了(著)
しかるにそれが年頃としごろになると、この自覚を感じ、人の前に出ると恥かしくなり、ことに婦人の前に出ると、前に述べたる生理上の関係のみならず、容貌ようぼうしゅうなるを恥じて気が弱くなる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
夫死して妻のみ孤児を養ふに、第三女真嘉那志さかなし十三歳、たちまち懐胎して十三月にして一男を坐下ざかす。頭には双角そうかくを生じ眼はたまきくるが如く、手足はたかの足に似たり。容貌ようぼう人の形にあらず。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼女はいまその容貌ようぼうの変化が示すように、絶望の深淵しんえんにもがいているのだった。
五階の窓:04 合作の四 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
風采ふうさい容貌ようぼうを見てとることができたが、彼はまっ黒な背広を着た、ひどくせ型の、足の長い男で、その顔はトルコ人みたいにドス黒く、ほおせて鼻が高く、びっくりするほど大きな
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
せがれの松二郎がまた性質も容貌ようぼうも父に生写しで「障子の穴」という渾名であった。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
さきの日帰りのみち戍亥いぬいにとって、彼の記憶に彫っておいた山の容貌ようぼうである。そこがさかいであった。地の勢いはあちらとこちらに区分され、その分水嶺を超えたらもうこちらのものである。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)