夢現ゆめうつつ)” の例文
王の母親は夢現ゆめうつつの間にその物音を聞きつけて、走って来て声をかけた。庚娘はまたその母親も殺した。王の弟の十九がそれを覚った。
庚娘 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
二郎はいたくい、椅子のうしろに腕を掛けて夢現ゆめうつつの境にありしが、急に頭をあげて、さなりさなりと言い、再びまなこを閉じ頭をれたり。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ものを考える力も判断する力もなくなって、夢現ゆめうつつのまま機械のようにのぼっていると、テンバがなにかいいながら上のほうを指す。
新西遊記 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
暫くして松村が帰って来たのを、夢現ゆめうつつに覚えていたが、それからは、何も知らずに、グッスリと朝まで寝込んで了ったのである。
二銭銅貨 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
薄暗い電燈、カーテンの揺れ、車輪の響き、何かしら途方もない夜汽車内の幻想、そんなものが私を夢現ゆめうつつの中に誘っていった。
(新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
初は面白半分に目をねむって之にむかっているうちに、いつしかたましい藻脱もぬけて其中へ紛れ込んだように、恍惚うっとりとして暫く夢現ゆめうつつの境を迷っていると
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「わたし、夢現ゆめうつつに女のうめき声を聞いて目を覚ますと、お店をだれか駆けていく足音を聞いたんですよ。泥棒が入ったんじゃあないでしょうか」
宝石の序曲 (新字新仮名) / 松本泰(著)
窓の鉄棒を袖口を添えて両手に握り、夢現ゆめうつつさかいに汽車を見送ッていた吉里は、すでに煙が見えなくなッても、なお瞬きもせずに見送ッていた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
銭占屋と女房とは、それから二時間ばかりも経って帰ってきたらしかったが、その時には私も夢現ゆめうつつでよくは覚えなかった。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
剃り道具を載せて前へ捧げた小板を大儀そうにちょっと持ち直したまま蒸すような陽の光を首筋へ受けて釘抜藤吉は夢現ゆめうつつの境を辿っているらしかった。
「一昨年来た時には、君も新婚当時で、夢現ゆめうつつという時代であったが、子供二人持っての夫婦は又別種の趣があろう」
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
庸三はそばに寝そべっているのにも気がさして、蚊帳を出ようとすると、彼女は夢現ゆめうつつのように熱に浮かされながら
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
夢現ゆめうつつの境にいた章の眼は覚めてしまった。青い衣服きものを着た小柄な女が、自個じぶんに片手を掴まれて傍にたおれていた。
狼の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
おれはこの五六日、その不思議な世界にあこがれて、蔦葛つたかづらに掩はれた木々のあひだを、夢現ゆめうつつのやうに歩いてゐた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
聞くがごとくんば、伯爵夫人は、意中の秘密を夢現ゆめうつつの間に人につぶやかんことを恐れて、死をもてこれを守ろうとするなり。良人おっとたる者がこれを聞ける胸中いかん。
外科室 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夢現ゆめうつつの境で、自分が誰か病気の女の傍に坐っていると、だんだんその病人が自分になって来るのが見えた。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
森本は不意にはちにでもされたように、あっと云ってなかね起きた。けれども振り返って敬太郎の顔を見ると同時に、またすぐ夢現ゆめうつつのたるい眼つきに戻って
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何もないと知ッているが、そこが妙なわけで,夢現ゆめうつつの間でたしかあるように思ッているので、どうもるのが厭であッた,それゆえ床の上に坐ッていると、そら
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
夢現ゆめうつつのうちに彼は、頭の上に物音をきいたのだった。彼は耳を澄ました。だれかが上の室を歩いてるような行き来する足音だった。彼はなお注意して耳を澄ました。
こうして一週間もたつと、制作のヒントが具体的にこの夢現ゆめうつつの中に得られるのが度々でございます。
さて眠っているうちに、五百はいつかふところにいる子が棠だと思って、夢現ゆめうつつの境にその体をでていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
極度の緊張から驚駭きょうがいへ、驚駭から失望へ、失望から弛緩しかんへ、私は恐ろしい夢と、金を取戻したはかない喜びの夢を、夢現ゆめうつつの境に夢みながら、琵琶湖のほとりをひた走りしていた。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
緑色の風呂敷ふろしきで包んだ電燈の下に、氷嚢ひょうのうを幾つも頭と腹部とにあてがわれた貞世は、今にも絶え入るかと危ぶまれるような荒い息気いきづかいで夢現ゆめうつつの間をさまようらしく
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それに大きい黒燿石こくようせきをちりばめたような眼、ミルク色のやや小さい鼻、それから最後に、先刻深井少年が、夢現ゆめうつつの間に紅芙蓉の花弁はなびらと見た——露を含んだルビーのような
焔の中に歌う (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
十六夜いざよいの月を茫然ぼんやりと窓を通して眺めながら、鳰鳥におどりは尚もかた夢現ゆめうつつのように思いやった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一二二それ召せとおほせらるるに、若きさむらひ夢然が方へむかひ、召し給ふぞ、ちかうまゐれと云ふ。一二三夢現ゆめうつつともわかで、おそろしさのままに御まのあたりへはひ出づる。
起きると直ぐに、寝間着のまま、そっと爪先つまさきで歩きながら、ナオミの寝室の前へ行って、静かに扉をノックします。しかしナオミは私以上に寝坊ですから、まだその時分は夢現ゆめうつつ
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あるに甲斐かいなく世をれば貧には運も七分しちぶこおりて三分さんぶの未練を命にいきるか、ああばかりに夢現ゆめうつつわかたず珠運はたんずる時、雨戸に雪の音さら/\として、火はきえざる炬燵こたつに足の先つめたかりき。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
突然恐ろしいうめき声が男の口かられた。夢現ゆめうつつの境に、目を大きくいて、体を半分起して、くうにらんでいる。女は覚えず大声で叫んだ。男はそれを聞いてやっと本当に目が醒めた。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
己の方からその中へ入れた程しきゃ出して見せてはくれなかったでは無いか。(身を返して櫃の前に立ち留まる。)このさかずきの冷たいふちには幾度いくたびか快楽の唇が夢現ゆめうつつさかいに触れた事であろう。
泣きだせばこの病気特有の泣かれ方で、涙は尽きることを知らないように流れ、泣きぬれてやがていねはうとうとと眠りかかる。遠い、近い、さまざまの記憶が夢現ゆめうつつの中に群がってきた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
寝入りぎわの夢現ゆめうつつの境に、眼の前に長い梯子はしごのようなものが現われる。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし、赤彦君は一言もそれに返辞をしない。呼ぶこゑは幾たびか続いて、それに歔欷すすりなきのこゑが加はつた。僕は夢現ゆめうつつの間にそれを聞いてゐるのであるから、何か遠い世界の出来事のやうに思へる。
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
悪夢のうちに聴いた呻き声を、美奈子は夢現ゆめうつつの間に聞き続けていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
夢現ゆめうつつ
別後 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
それから夜が明けるまでのうちに幾度か、夢現ゆめうつつのうちにふっと不安な気に駆られて、頭をもたげながら彼女の方を眺めやった。
或る男の手記 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
省三は夢現ゆめうつつの境に女の声を聞いてふと眼を開けた。それと同時に女がうしろから着せた羽織はおりがふわりと落ちて来た。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
顔に袖を当てて泣く吉里を見ている善吉は夢現ゆめうつつさかいもわからなくなり、茫然として涙はかえッて出なくなッた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
昼間居眠をしておる男の体が、時々夢現ゆめうつつのような彼女の疲れた心に、重苦しい圧迫を感ぜしめた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
せっかくおぬしが釣ったのに、ただの一と口も得食われず、さぞ腹が立つことであろうが、悪気も候も、夢現ゆめうつつのうちにやってしまったことだから、どうかゆるしてくだされ
重吉漂流紀聞 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
夢現ゆめうつつの境を漂うて夜のふくるをも知らざりしが、ふと心づきて急に床に入りたれど今は心さえてたやすくは眠るあたわず、明けがた近くなりてしばしまどろみぬと思うや
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
甘利は夢現ゆめうつつさかいに、くつろいだえりを直してくれるのだなと思った。それと同時に氷のように冷たい物が、たった今平手がさわったと思うところから、胸の底深く染みんだ。
佐橋甚五郎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
珍らしい長帳場ながちょうばの一仕事を終って帰り、毛布にくるまって、ウトウトとしていた時分で、夢現ゆめうつつ境故さかいゆえ確かなことは云えぬが、そう云えばどうも変なことがあったとの答えだ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いつどきの事で、侍町さむらいまちの人通りのない坂道をのぼる時、大鷲おおわしが一羽、虚空こくうからいわ落下おちさがるが如く落して来て、少年を引掴ひっつかむと、たちまち雲を飛んで行く。少年は夢現ゆめうつつともわきまへぬ。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
その人面の獣が怪しくうなって、かしらを上げたのを眺めますと、夢現ゆめうつつやみの中にも、唇ばかりが生々なまなましく赤かったので、思わず金切声をあげながら、その声でやっと我に返りましたが
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
山のように大きくて洞穴どうけつがたくさんある石を、夜通し彼女は夢現ゆめうつつに見続けた。
そののちはお勢はことさらに何喰わぬ顔を作ッてみても、どうもうまくいかぬようすで、ややもすれば沈んで、眼を細くして何処か遠方を凝視みつめ、恍惚うっとりとして、夢現ゆめうつつの境に迷うように見えたことも有ッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
それが葉子をいらいらさせて、葉子は始めて夢現ゆめうつつの境からほんとうに目ざめて、うるさいものでも払いのけるように、眼窓めまどから目をそむけて寝台バースを離れた。葉子の神経は朝からひどく興奮していた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
けれども彼の頭の中の隙間すきまが、瓦斯ガスに似た冒険だん膨脹ぼうちょうした奥に、彼は人間としての森本の面影おもかげを、夢現ゆめうつつのごとく見る事を得た。そうして同じく人間としての彼に、知識以外の同情と反感を与えた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さらに夢現ゆめうつつをもわきがたし。