かたま)” の例文
そうして、人馬の悲鳴が高く一声発せられると、河原の上では、かさなった人と馬と板片とのかたまりが、沈黙したまま動かなかった。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
疑いのかたまりをその日その日の情合じょうあいで包んで、そっと胸の奥にしまっておいた奥さんは、その晩その包みの中を私の前で開けて見せた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かたまりになってる群集は、ちょっと隙間すきまを開いて二人を通し、そのあとからまたすぐ隙間をふさいだ。クリストフは愉快がっていた。
お濱は語り終つて吐息といききました。何か娘心では脊負ひ切れない、大きな恥のかたまりをおろして、ホツとしたやうな心持でせう。
生徒達は、たちまちドヤ/\とその周囲にかたまつて、順々に機械を覗いた。そして少年の澄んだ声でひとり/\感嘆詞を発して行つた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
中流の水はとてつもない大きなかたまりであった。ごろんごろんと転げるように動いていた。もくりと崩れる渦巻が強い波紋をひろげていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
大きな護謨毬ごむまりを投げ付ける様に、うしろからぶつかって来る風のかたまりがあっても、鼠色のソフトを飛ばすまいと頭に手をったり
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
と思うまもなく、ちらちらと、消えてはゆれて、無数の提灯ちょうちんの灯が、五六人ずつかたまった人影に守られ乍ら、岸のあちらこちらに浮きあがった。
流行暗殺節 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
それから、今度は二羽ずつ抱き合ったまま、みんな一緒に集まり、ごちゃごちゃにかたまって、空の青地の上へ、べったりインクの汚点しみをつける。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
そして、たばねたような無数の槍の穂だけが、ぎらぎらと陽をかえし、その燦光さんこうで武者たちのかたまりもけむるばかり、ただ、にらみ合っていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
海岸開きの花火は、原色に澄切った蒼空あおぞらの中に、ぽかり、ぽかりと、夢のような一かたまりずつの煙りを残して海面うなもに流れる。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
それから母親は近所で氷のかたまりをけてもらって来た。氷があったので彼はほっと救われたような気がした。氷は硝子ガラスの器から妻の唇を潤おした。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
と、白い行衣、白い髪に、月の光がこぼれているので、雪のかたまりか卯の花のくさむら、そんなように見える鬼火の姥が、ひそめた物々しい声で云った。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
恐ろしい勢で顔にぶつかって来る、大きな真赤な何かのかたまりを意識して、ハッと飛びしさって、道を開いたからである。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
どす黒い臭とどす黒い色とを持つたその特有の煙、それは馬鹿げた感激の後に来る重い気分に似た煙が、一度にどつとかたまつてさもけだるげに昇つた。
その部屋のなかには白い布のようなかたまりが明るい燈火に照らし出されていて、なにか白い煙みたようなものがそこから細くまっすぐに立ちのぼっている。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
だが、そのとき、この野心のかたまりのやうな若い医者に前もつてたゝみこまれてゐたさまざまな思案が頭をもたげた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
落下する大きなかたまりが、途中とちゅうでこなごなにくだけ散りました。それはグリーンランドらしい、美しい夏の夜でした。
右の鱗片が相擁あいようしてかたまり、球をなしているその球の下に叢生そうせいして鬚状ひげじょうをなしているものが、ユリの本当の根である。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
例えばコロッケのかたまりなどには決して手をつけないでその周囲のお添えものばかり食べるのであった、それは多分、食慾がないからの事かと思っていた
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
彼はやみの中をじっと見つめている。レンズがなかなか合わない。その間、たださまざまな色彩のかたまりがぼんやり白い布の上にさまよっているばかりである。
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
このとり食物しよくもつなか不消化ふしようかなものがあれば嗉嚢そのうなかでまるめて、くちからすから、したには、かならず、さうした團子だんごのようなかたまりがつもつてゐます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
内裏だいり、室町殿、それに相国寺の塔が一基のこっておりますだけ、その余は上京かみぎょう下京しもぎょうおしなべて、そこここに黒々と民家のかたまりがちらほらしておりますばかり
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
私は或る百姓家の戸口で、一かたまりの冷たいかゆを豚の飼料槽かひばをけの中に捨てようとしてゐる小さなを見た。
そして大きな石をあげて見る、——いやはや惡魔共が居るわ/\、かたまり合つてわな/\ぶる/\慄へてゐる。それをまた婆さんが引掴ひつつかんで行つて、一層ひどくコキ使ふ。
子をつれて (旧字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
と、また、男達のほうでも、ボクサアは、いつきそうな形相で、サンドバッグを叩いていますし、レスラアは、筋肉のかたまりにみえる、すさまじさで、ブリッジの練習。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
(第六回、打製類のくだり及び第八回、貝殼器の條を見よ。)繪具の原料とおもはるる赤色あかいろ物質のかたま
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
母は、ざるを片付けながら、かたまりの粟飯を頬張って云った。私はロスケの喰うものだと聞いて、すぐした。そして、ロスケの残飯まで喰わなければならないのかと思った。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
昼は賃仕事に肩の張るを休むる間なく、夜は宿中しゅくじゅう旅籠屋はたごやまわりて、元は穢多えたかも知れぬ客達きゃくだちにまでなぶられながらの花漬売はなづけうり帰途かえりは一日の苦労のかたまり銅貨幾箇いくつを酒にえて
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼ははなはだ巧妙だった。アメリカや支那からきた珍しい貴重な灌木かんぼくを培養するために小さな石南土のかたまりを作ることにおいては、スーランジュ・ボダンにもまさっていた。
そっうしろから出て参り、與助の髻を取って後の方へ引倒すと、何をしやアがるといいながら、手に障った石だか土のかたまりだか分りません、それを取って突然いきなりお賤の顔を打ちました。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ゆきおほはれたそのくづしの斜面しやめんに、けもの足跡あしあとが、二筋ふたすぢについてゐるのは、いぬなにかゞりたのであらう、それとも、雪崩なだれになつてころりてかたまりのはしつたあとでもあらうかと
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
声を揚げてみんな笑った……小さいのが二側ふたかわ三側みかわ、ぐるりと黒くかたまったのが、変にここまで間をいて、思出したように、遁込にげこんだ饂飩屋の滑稽な図を笑ったので、どっというのが、一つ
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
不意におのおのの体内で何か重いかたまりがどしんと落ちたような気がした。現にその音が耳の中に鳴り渡ったようであった。その不意の不思議な感覚に向って三人の全精神が引き込まれた。
決闘場 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
『ハア然うですか。』と挨拶はしたものゝ、総身の血が何処か一処ひとところかたまつて了つた様で、右の手と左の手が交る/″\に一度宛、発作的にビクリと動いた。色を変へた顔を上げる勇気もない。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
いゝえ、これから毛を刈られるのです。ジヤツクは羊の足を持つて、台の上に乗せると、大きな鋏で、パサ、パサ、パサと羊の毛を刈り始めました。少しづつ、毛は一とかたまりになつて落ちて来ました。
一ツかたまりになるまで
六本木の停留所の灯が二人の前へさして来て、その下にかたまっている二三の人影の中へ二人は立つと、電車が間もなく坂を昇って来た。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
すぐあの二百尺もあろうというがけの上から、岩の上へ落ちて、めちゃくちゃな血だらけなかたまりになって御覧に入れます。と答えた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
樹と樹のあいだにこもを張った即席の屋根から、たまった雨水がごぼりと落ちた。灰かぐらを立て、ひとかたまりのおきを黒くした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
散らばつた新築の借家が、板目に残りの日をうけて赤々とえてゐる。それを取り囲んで方々の生垣いけがき檜葉ひばが、地味な浅緑でつとかたまつてゐる。
姉弟と新聞配達 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
しかし、武蔵の姿は泥のかたまりのように山畑を駈けて跳び、またたく間に彼らとは、約半町ほどな距離をつくってしまった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
八五郎の物を信じ易い心にも、四方あたりの贅沢な空気と対照して、主人の言葉の曖昧あいまいさが、大きな謎のかたまりになるのでした。
銭形平次捕物控:124 唖娘 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
ポツポツと燈火のともっている、城下町の方へ人のかたまりが、何かを宙へ捧げながら、走って行くのが絵のように見えた。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
カラーは古風な折目のない固いのを使用しているが、そのカラーの上に一団の毛髪のかたまりが乗っかっている様に見える。熊浦氏はそれ程毛深いのだ。
悪霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その沈黙は非難と軽蔑けいべつ的な憐憫れんびんとのかたまりだった。親戚しんせきの方はさらにひどかった。ただに弔慰の言葉を寄せないばかりでなく、苦々にがにがしい非難を寄せてきた。
なるべく、実物の全体を大まかに描き初め、眼、鼻等の造作を決して気にかけず大きなかたまりとして見るべき事。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
今までは、血管の中を、氷のかたまりが、溶けながらぐるぐる廻っていたのだ。それが、こうしていると、その着物や手足は油汗をかいているとしか思えない。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
内裏だいり、室町殿、それに相国寺の塔が一基のこつてをりますだけ、その余は上京かみぎょう下京しもぎょうをおしなべて、そこここに黒々と民家のかたまりがちらほらしてをりますばかり
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
落着のないクラスの生徒たちは、この風が吹きまくるとき、ことに騒々しかった。彼はときどき教壇の方から眼を運動場のはてにある遠い緑のかたまりにけていた。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)