千住せんじゅ)” の例文
五ツを過ぎたころにお由は帰って来て、千住せんじゅの焼き場には棺桶が五十も六十も積んであるので、とてもすぐに焼くことは出来ない。
半七捕物帳:55 かむろ蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
然るに今日に至っては隅田川の沿岸には上流綾瀬あやせの河口から千住せんじゅに至るあたりの沮洳そじょの地にさえ既に蒹葭蘆荻ろてきを見ることが少くなった。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そこから先は家がなく、茶色に実った稲田のあいだを、乾いた道が千住せんじゅのほうまで続いてい、仕置場や、火葬寺の林などが眺められた。
おさん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
左へ斜といった形で、おなじ方向を真北へさして、見当は浅草、千住せんじゅ、それから先はどこまでだか、ほとんど想像にも及びません。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
驚ろいた養父母はすぐ彼を千住せんじゅ名倉なぐられて行って出来るだけの治療を加えた。しかし強く痛められた腰は容易に立たなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
脱獄のあった其翌朝、一人の百姓が駆け込んで来て、千住せんじゅ五丁目六道の辻、字反野たんのの畑の中に人が殺されていると告げて来た。
かなり長い旅をして来たものらしく、直接に江戸へ入らないところを見ると、或いは王子を通り越して千住せんじゅ方面へ出るつもりかも知れません。
そこで、このときも二十六日に、尾久おぐから千住せんじゅを越えて隅田村すみだむらに、というご沙汰さたが下りました。お供を仰せつかったのがまず紀、尾、水のご三家。
「これは旦那に返してくれ、百両持って行っちゃ済まないから、わざわざ千住せんじゅから引返して来ました——というんです」
この境内に立つと、根岸田圃ねぎしたんぼから三河島村みかわしまむら、屏風を立てたような千住せんじゅはんの木林。遠くは荒川あらかわ国府台こうのだい筑波山つくばさんまでひと目で見渡すことが出来る。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
到頭千住せんじゅまで歩かせてしまった結果、子供はその晩から九度もの熱を出して、黒いすすのようなものを吐くようになった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
夏の事で、千住せんじゅの家の奥庭の柿の花のしきりに降る下で、土いじりをして遊んでいました。お父さんは植木が好きで、かなり鉢数を持っていられました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
北の方、千住せんじゅ、亀戸、深川、それから芝の金杉方面にも居るには居るが、これは江戸ッ子としては少ししなが落ちる。
朝露に色を増した青い物の荷車が、清々すがすがしい香とともに江戸の市場へと後からあとから千住せんじゅ街道につづいていた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
三月二十日の朝八時頃、浅草仲店なかみせの商家の若いおかみさんが、千住せんじゅ用達ようたしに行く為に、吾妻橋の汽船発着所へ来て、船を待合せる間に、今の便所へ入った。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私の祖父じじいつり所好すきでして、よく、王子おうじの扇屋の主人や、千住せんじゅの女郎屋の主人なぞと一緒につりに行きました。
夜釣の怪 (新字新仮名) / 池田輝方(著)
東京居回りの川筋に鰻が絶えて近県の輸入ものが千住せんじゅへどしどし、それでも明治の中頃までは大川に生簀いけすがあって、沼育ちのあくも抜け、江戸前でとおっていたが
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
千住せんじゅ大橋おおはしで真ん中になる丸太まるたを四本、お祭りの竿幟のぼりにでもなりそうな素晴らしい丸太を一本一円三、四十銭位で買う、その他お好み次第の材料が安く手に這入りました。
千住せんじゅ製絨所せいじゅうしょかねふち紡績会社かの汽笛がはるかに聞えて、上野の明け六時むつの鐘もち始めた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
道傍に並ぶ柱燈人造麝香じんぞうじゃこうの広告なりと聞きてはますます嬉しからず。渡頭わたしばに下り立ちて船に上る。千住せんじゅよりの小蒸気けたゝましき笛ならして過ぐれば余波ふなばたをあおる事少時。
半日ある記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それには引換え清水助右衞門のせがれ重二郎は、母諸共もろとも千住せんじゅへ引移りまして、掃部宿かもんじゅくで少しばかりの商法をひらきました所が、が悪くなりますと何をやっても損をいたしますもので
亜米利加アメリカは新聞紙の伝える通り、「正義の敵」と云わなければならぬ。しかし支那人の労働者も単に支那人と生まれたが故に、千住せんじゅから退去を命ぜられた。これも正義に反している。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
千住せんじゅから歩いて来るので、朝早くから出るのに、雨が降ると草鞋わらじ穿いていた。秋山先生の弟子煩悩は大変なもので、ある折、市の聯合の大運動会が、桜の盛りの上野公園で催された。
間もなく三人は千住せんじゅの方面をさして、静かにその橋のたもとからも離れて行った。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その中に十一時半になってしまいましたので、何んだか急に馬鹿馬鹿しくもなって、其の足でぶらぶら歩いて引っ返し、千住せんじゅ万字楼まんじろうという家へあがって花香はなかという女を買って遊びました。
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
今年の元旦の『大阪朝日』に笠原かさはら医学博士が前野良沢まえのりょうたくとゲエテとの事を書かれた美しい一文を読むと、良沢が明和八年四月四日に千住せんじゅ骨ヶ原こつがはら杉田玄白すぎたげんぱく中川淳庵なかがわじゅんあんと、婦人の死屍ししの解剖に立会い
新婦人協会の請願運動 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
「昔はな、まげを結うとったから、何じゃ、武士になったり、町人になったり、多少は姿が変えられたて。俺なども上野の戦争で逃げた時には千住せんじゅで町人の姿になってな、イヤ危い目に会うたものじゃ」
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
千住せんじゅ青物市場、為成菖蒲園居。
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
わたくしははしくと共にすぐさま門をで、遠く千住せんじゅなり亀井戸なり、足の向く方へ行って見るつもりで、一先ひとまず電車で雷門かみなりもんまでくと
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
千住せんじゅ宿しゅくにはおそらく官軍がたむろしているであろう。その警戒の眼をくぐり抜けるには、暗くなるのを待たなければならない。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お城大工棟梁泉田筑後は、千住せんじゅ小塚こづかはらのたまりから引きだされて、正五ツ(八時)のしおき場にひきすえられました。
幻術天魔太郎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
野菜物を千住せんじゅの問屋へ送って来たのだと云って、おせんにも土の付いた牛蒡ごぼうや人参や漬菜などをぜんたいで二貫目あまりと、ほかに白い餅や小豆あずきや米なども呉れた。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
奥州仙台陸奥守むつのかみがお通りになるという千住せんじゅの方面から、中仙道の板橋あたりでも、お爺さんやお婆さんが、真面まがおになってその噂をしているほどに評判になりました。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
江戸から二里で千住せんじゅ。おなじく二里で草加そうか。それからこし粕壁かすかべ幸手さってで、ゆうべは栗橋の泊り。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それを越えると浅草町で、それからは家がなくなってお仕置場しおきば小塚原こづかっぱら……千住せんじゅとなります。
そういう風だから山手のても下町も、千住せんじゅの床屋でまで追出されやあがって、王子へきますとね、一体さきさきわたりがついてるだけにこちとらの稼業はつきあいが難かしゅうがす
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
千住せんじゅ辺へ出かけた時とか、または堀切ほりきり菖蒲しょうぶ亀井戸かめいどふじなどを見て、彼女が幼時を過ごしたという江東方面を、ぶらぶら歩いたついでに、彼女の家へ立ち寄ったこともあり
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私たちが向島から千住せんじゅへ引移ったのは明治十三年でした。移った家には区医出張所という招牌かんばんが出してありましたが、それが郡医出張所と変り、ついでまた橘井堂医院となりました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
明和九年二月二十九日のひるごろ目黒めぐろ行人坂ぎょうにんざか大円寺だいえんじから起こった火事はおりからの南西風に乗じてしば桜田さくらだから今のまるうちを焼いて神田かんだ下谷したや浅草あさくさと焼けつづけ、とうとう千住せんじゅまでも焼け抜けて
函館の大火について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
自分は昨夕ゆうべ東京を出て、千住せんじゅの大橋まで来て、あわせの尻を端折はしょったなり、松原へかかっても、茶店へ腰を掛けても、汽車へ乗っても、空脛からすねのままで押し通して来た。それでも暑いくらいであった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
五街道ごかいどうへの出入り口出入り口に、浪人改めの隠し目付け屯所とんしょなるものを秘密に設け、すなわち、東海道口は品川の宿、甲州街道口は内藤新宿ないとうしんじゅく中仙道なかせんどう口は板橋の宿、奥羽、日光両街道口は千住せんじゅ
白髥橋上流には、遠く千住せんじゅ大橋まで一つの橋もなく、しかも大川はその中間でほとんど直角に折れ曲り、見通しが利かぬので、人知れずこの異様な流し物をするには、究竟くっきょうの場所であったに相違ない。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
千住せんじゅの名産寒鮒かんぶなの雀焼に川海老かわえび串焼くしやき今戸いまど名物の甘い甘い柚味噌ゆずみそは、お茶漬ちゃづけの時お妾が大好物だいこうぶつのなくてはならぬ品物である。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼は千住せんじゅで死罪におこなわれた。八橋ばかりでなく、ほかにも大勢の人を殺したので、彼の首は獄門にかけられた。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
戌刻いつつ半(九時)ごろ小台の方から堤の上に提灯ちょうちんが六つ出て、そいつが行儀よく千住せんじゅの方へ土手を練ったんで、川向うの尾久おぐは祭のような騒ぎだったそうですよ
けれど泰軒は足をとめるようすもなく、そしてじぶん達のまえには長いながい道路が夜眼に埃を舞わせて遠く細く走って、末はかすむように消えているのだ……千住せんじゅの里へ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
御身おみと同然に、愚僧御司配ごしはい命令おおせこうむり、京都と同じ日、づ/\同じ刻限に、江戸城へも事を試みる約束であつたれば、千住せんじゅ大橋おおはし、上野の森をひとのしに、濠端ほりばたの松まで飛んで出た。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それからまた、千住せんじゅから三輪街道のあたりは、かなりの百姓街道になっている。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
最上級でしたが、来る人は少くて、男生徒が五、六人、女は私を入れてわずか三人でした。一人は同じ町の外科病院の娘さんで内田さんといい、一人は千住せんじゅ名物軽焼屋かるやきやの娘さんで牧野さんといいました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
明治四十一、二年のころ隅田川すみだがわに架せられた橋梁きょうりょうの中でむかしのままに木づくりの姿をとどめたものは新大橋しんおおはし千住せんじゅの大橋ばかりであった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)