上総かずさ)” の例文
旧字:上總
生前、お前のお父様は大抵夏になると、私と子供たちを上総かずさの海岸にやって、御自分はお勤めの都合でうちに居残っていらっしゃった。
楡の家 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その日は主人の神津右京は、金策のため上総かずさの知行所へ行って留守。用人の佐久間仲左衛門、代って平次と八五郎に応対しました。
ただ北陸では富山県でミヨーシ、関東では上総かずさ房州の方でミヨセというのがやはり粃のことらしく、ミヨサの方が類例は多いのである。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
上総かずさの九十九里の海浜にて、一夜海上に怪物の現れたることがある。そのときは暗夜であって、提灯ちょうちんを携えなければ歩くことができぬ。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
おや、白眼にらんだね。おかしな顔だからおよしよ。忘れやしまいね、はばかりながらあたしゃ上総かずさのお鉄だ。仕事にぶきがあるもんかね。
「御記憶はないでしょう。しかし私には充分な覚えがあります。数年前、上総かずさ夷隅いすみの浜へお上りになったことがありましょう」
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
後世ごせこそ大事なれと、上総かずさから六部に出た老人が、善光寺へ参詣さんけいの途中、浅間山の麓に……といえば、まずその硫黄いおうにおい黒煙くろけぶりが想われる。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一男は、縦横に組み上げられた鉄材の間から、遠く澄んだ空へ眼をはなった。上総かずさ房州ぼうしゅう山波やまなみがくっきりと、きざんだような輪廓りんかくを見せている。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
もともと上総かずさ木更津きさらづの生れである彼は、関東者らしい熱血漢で、親分肌の、情誼じょうぎに厚いところのある、一風変った性格の持主なのであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
東京を中心にして関東の地図を見ますと、その中には相模さがみ武蔵むさし安房あわ上総かずさ下総しもうさ常陸ひたち上野こうずけ下野しもつけなどが現れます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
もう一人は丹後村の兼吉、こいつは年上だけに巧く逃げたと見えて、容易に見付かりませんでしたが、その年の秋に上総かずさの方で挙げられました。
半七捕物帳:64 廻り灯籠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
房州で駒井甚三郎の厄介になっていたことを逐一ちくいち物語ると、お角も自分が上総かずさへ出かけて行った途中の難船から、駒井の殿様の手で救われたこと
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
淡島氏の祖の服部喜兵衛は今の寒月から四代前で、とは上総かずさ長生ちょうせい郡のさん(今の鶴枝村)の農家の子であった。
一たび幕府の倉吏となったが、天保の初梁川星巌やながわせいがんが詩社を開くに及びこれに参し、職を辞して後放蕩ほうとうのため家産を失い、上総かずさ東金とうがねの漁村に隠棲いんせいした。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
二人は房州ぼうしゅうの鼻をまわって向う側へ出ました。我々は暑い日にられながら、苦しい思いをして、上総かずさのそこ一里いちりだまされながら、うんうん歩きました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
気候は海へはいるには涼し過ぎるのに違いなかった。けれども僕等は上総かずさの海に、——と言うよりもむしろ暮れかかった夏に未練みれんを持っていたのだった。
海のほとり (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いずれも戦にかけては恐ろしく強い者等に武蔵、上野、上総かずさ下総しもうさ安房あわの諸国の北条領の城々六十余りを一月の間に揉潰もみつぶさせて、小田原へ取り詰めた。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一人がけわしい山谿やまあいかける呼吸で松の木に登り、桜の幹にまたがって安房あわ上総かずさを眺めると、片っぽは北辰ほくしん一刀流の構えで、木の根っ子をヤッと割るのである。
上総かずさは春が早い。人の見る所にも見ない所にも梅は盛りである。菜の花も咲きかけ、麦の青みもしげりかけてきた、この頃の天気続き、毎日長閑のどか日和ひよりである。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
どうかして心を入れ替えたいと思いまして、上総かずさの国、富津ふっつというところに保養に行っている知り人をたずねながら、小さな旅を思い立ったこともあります。
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
上総かずさの方の郷里へ引っ込んでいる知合いの詩人が、旅鞄をさげて、ぶらりと出て来たのはそのころであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
続日本紀、元正天皇霊亀二年五月の条に、「駿河、甲斐、相模、上総かずさ、下総、常陸ひたち下野しもつけの七国の高麗人一千七百九十九人を武蔵の国にうつし、高麗郡を置く」
お馨さんは、上総かずさの九十九里の海の音が暴風しけの日には遠雷の様に聞ゆる或村の小山のふところにある家の娘であった。四人の兄、一人の姉、五人の妹を彼女はって居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
千葉、木更津きさらづ富津ふっつ上総かずさ安房あわへはいった保田ほた那古なご洲崎すさき。野島ヶ岬をグルリと廻り、最初に着くは江見えみの港。それから前原港を経、上総へはいって勝浦、御宿おんじゅく
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
チャーレを千島禮三ちしまれいぞうという金森家の御納戸役おなんどやくにいたし、巴里パリーの都が江戸の世界、カライの港が相州浦賀で、倫敦ロンドン上総かずさ天神山てんじんやま、鉄道は朝船あさふね夕船ゆうふねに成っておりますだけで
圓遊の逃げた先が上総かずさの木更津だったとのことだが、かの切られ与三郎を待つまでもなく、江戸末年から明治へかけての木更津は、ひと頃の横浜ぐらいに、繁華な文明な
随筆 寄席囃子 (新字新仮名) / 正岡容(著)
命はそのおかげでようやく船を進めて、上総かずさの岸へ無事にお着きになることができました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
けさになって、上総かずさ屋というこの並びの履物屋はきものやさんに聞いたのですが、その娘さんは、手前の店を出てから、その上総屋さんで、草履ぞうりを一足買って行ったらしゅうございますよ。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
おやおや、弁天様のお宮の屋根が蘆の穂のスレスレに隠れて、あの松林よりもみおの棒杭の方が高く見えますな。おや川尻は、さすがに浪が荒い、上総かずさの山の頂きを見せつ隠しつは妙々。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
石段いしだんうえからはうみえて上総かずさ房州ぼうしゅう見渡みわたされたようにおぼえてります。
妻君「そうでございますかね、牛は全体どういうのが美味おいしゅうございましょう」お登和嬢「場所で申せば神戸牛といって中国筋の者が良いので上総かずさ房州ぼうしゅうから出る地廻じまわりは味が悪うございます。 ...
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
相模さがみ上総かずさ安房あわ等の海浜にて漁船中の最も堅牢けんろう快速なるもの五十そうばかりに屈竟くっきょう舸子かこを併せ雇い、士卒に各々小銃一個を授けて、毎船十名ばかりを載せ、就中なかんずく大砲を善くする者を択び
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
上総かずさ日在ひありに賀古氏の別荘が出来た時、兄もその隣の松山に造りました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
この屋根の箱棟はこむねには雁が五羽漆喰しっくい細工で塗り上げてあり、立派なものでした(雁鍋の先代は上総かずさ牛久うしくから出ていけはた紫蘇飯しそめしをはじめて仕上げたもの)。隣りに天野という大きな水茶屋みずぢゃやがある。
その一方で上野こうずけから武蔵、上総かずさにかけて散在する北条氏の属城を攻めさせた、総帥は石田三成、その下に大谷吉継、長束正家らを将とした兵三万は、草原を踏みにじる如く上野から武蔵へ殺到した。
荒法師 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
上総かずさしりがいかけてかいなし
上総かずさにて山林を持つ人の話
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「あれが安房あわ上総かずさの山々、イヤ、絵にかいたような景色とは、このことでしょうナ。海てエものは、いつ見ても気持のいいもので」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
上総かずさかみだった父に伴なわれて、姉や継母などと一しょにあずまに下っていた少女が、京に帰って来たのは、まだ十三の秋だった。
姨捨 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
では、どうせ土用の辰の日には、鹿野山かのうざんで顔をそろえる約束のあること、ここをひきあげて、一先ず上総かずさの方へ足を抜こうか。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ安房あわ上総かずさの国で特筆されてよいと思いますのは、日蓮宗のお寺で名高い清澄きよすみ山やまた風光のよい鹿野かのう山に建具たてぐを職とする者が集っていて
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
汐干に遠く現われる東上総かずさの磯の石畳は、ヒジキの薄緑が地の色をなし、その隙々にトサカノリの幽かな紫を交えている。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「それがあたしの性分ですから。それがために東京にもいられなくなって、上総かずさ三界までうろ付いているんですから。」
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
が、彼の想像は上総かずさの或海岸の漁師町を描いていた。それからその漁師町に住まなければならぬお芳親子も。
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
鹿野山は上総かずさと房州の両国にまたがっている山です。わたしの越した峠はその山つづきで、峠の上に一軒屋のあるようなところでした。通る人もまれでした。
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
昔し房州ぼうしゅう館山たてやまから向うへ突き抜けて、上総かずさから銚子ちょうしまで浜伝いに歩行あるいた事がある。その時ある晩、ある所へ宿とまった。ある所と云うよりほかに言いようがない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
幾千年の昔からこの春の音で打ちなだめられてきた上総かずさ下総しもうさの人には、ほとんど沈痛な性質を欠いている。秋の声を知らない人に沈痛な趣味のありようがない。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
江州ごうしゅうの彦根、越後の高田、南部の盛岡、岩代いわしろの二本松、伊予の西条、羽後うごの秋田、上総かずさの大多喜、長州の山口、越前の福井、紀州の和歌山、常陸ひたちの水戸、四国の高松
十七歳の十二月はじめに上総かずさ木更津きさらづ鳥飼とりかいというところの料理兼旅館の若主人の妻となった。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
……どこと申して行く処に当は無いので、法衣ころもを着て草鞋わらじ穿くと、直ぐに両国から江戸を離れて、安房あわ上総かずさを諸所経歴へめぐりました。……今日こんにちは、薬研堀を通ってこっちへ。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)