うなじ)” の例文
お靜が丹精した新しいあはせ、十手を懷ろに忍ばせて、おろし立ての麻裏の草履ぞうりをトンと踏みしめるとうなじから、切火の鎌の音が冴えます。
すると父は突嗟とつさに振向きしなに人力車夫のうなじのところをつかまへて、ぐいぐい横の方に引いたから人力車がくつがへりさうになつた。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
そうして、声も立てられぬほどの嵐の底から、弥陀の称号を高く/\唱えて、手に持って居た水晶の数珠を彼女のうなじにかけてやった。
二人の稚児 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
夫人この時は、後毛おくれげのはらはらとかかった、江戸紫の襟に映る、雪のようなうなじ此方こなたに、背向うしろむき火桶ひおけ凭掛よりかかっていたが、かろく振向き
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
上なるものは下なるものゝなううなじとあひあふところに齒をくだし、さながら饑ゑたる人の麪麭パンを貪り食ふに似たりき 一二七—一二九
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
うなじには銀の頸飾くびかざりをかけて、手に一本の刺又さすまたをかまえて一ぴきチャー(西瓜を食いに来るという獣、空想上の獣で、猹の字は作者の造字)
故郷 (新字新仮名) / 魯迅(著)
歩行者たちは後ろへ方向むきをかへた。風がうなじへ吹きつけるばかりで、渦巻く吹雪をとほしては何ひとつ見わけることも出来なかつた。
太郎は、我を忘れて、叫びながら、険しくまゆをひそめて、弟を見た。次郎も片手に太刀たちをかざしながら、うなじをそらせて、兄を見た。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
小さな二輪車が丘のやうな赭牛のうなじに牽かれて、夏ならば瓜を積み、秋ならば薪を載せ、徐ろに、楼門の方へと歩み去るのを見るだらう。
測量船 (新字旧仮名) / 三好達治(著)
それでくびを押えて、うなじまで棒を転がして行って、頭の直ぐ根の処を掴むのです。これは俗に云う青大将だ。棒なんぞはいらない。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
お下げをやめさせて、束髪そくはつにさせたうなじとたぼの所には、そのころ米国での流行そのままに、ちょう結びの大きな黒いリボンがとめられていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
目に出来る丈の努力をさせて見ると、ペピイの赤い頭が、だぶ/\したうなじの上に、力なく載つてゐて、次第に色が褪めて行くやうに見える。
老人 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
さし伸ばされた雪のようなうなじにかかる後毛おくれげ、唇を喰いしばって外向けた横顔の美しさ……いまの湛左衛門にとってこれ以上のさかなは無かった。
武道宵節句 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その着物をきてうなじにおさげを垂らしている千代ちゃんの姿は、年よりも大人びていて、私などよりはずっと姉さんに見えた。
(新字新仮名) / 小山清(著)
そのとき父の手がごく自然に百合さんの肩へと伸びてゆき、百合さんのうなじが心もち前の方へ傾いた。私は(なぜか)思はず室内へ駈け戻つた。
恢復期 (新字旧仮名) / 神西清(著)
鞘翅虫が一匹飛んで来て、セルギウスの頭に打つ付かつて、うなじへ這ひ込んだ。セルギウスはその虫を掴んで地に投げ付けた。
総髪を長く肩に掛け、オースチン師の献上物、西班牙イスパニア産の金剛石ダイヤモンドを黄金の鎖にからませて、うなじから胸へ垂らしたのさえ異国めいていて物凄い。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この良心の基礎から響くような子供らしく意味深げな調を聞けば、今まで己のうなじ押屈おしかがめていた古臭い錯雑した智識ちしきの重荷が卸されてしまうような。
若し私が彼女のうなじにあの妙なものを発見しなかったならば、彼女はただ上品で優しくて弱々しくて、触れば消えてしまいそうな美しい人という以上に
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そののち阿利吒は薪を取らんと山に行きしが、道にて一匹のうさぎを見ければつえふり上げてちょうちしに、たちまち兎は死人と変じて阿利吒のうなじからみ着きたり。
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
藤蔓に頸根くびねを抑えられた櫂が、くごとにしわりでもする事か、こわうなじ真直ますぐに立てたまま、藤蔓とれ、舷と擦れる。櫂は一掻ごとにぎいぎいと鳴る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
長なす黒髪をうなじの中から分けて豊かに垂れ下げ、輪廓の正しい横顔は、無限なるものを想うのみ、よこしまなる想いなしといい放った皎潔きょうけつな表情を保ちながら
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
千登世をいつくしんでくれてゐる大屋の醫者の未亡人への忘れてはならぬ感謝と同時に、千登世に向つても心の中で手を支へ、うなじを垂れ、そして寢褥ねどこに入つた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
うなじに吊すように、ふん縛られ、足は大きな足枷あしかせで錠をかけられていながら、真中の洋車ヤンチョにふんぞりかえって、俥夫と、保安隊士を等分に呶鳴りつけていた。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
広い肩、円いうなじ、丈夫な手、ふつくりして日に焼けた頬、天鵝絨びろうどのやうに柔い目、きつと結んだ、薄くない唇、それに背後うしろで六遍巻いてある、濃い、黒い髪。
彼はもう去年プラットホームで私のために工学士を突き飛ばした工夫頭ではなくて、立派な一かどの学者だ、感にうたれうなじを垂れて聴きとれている私の姿が
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
前なる父がうなじ白髪しらがを見つめて、浪子は思いに沈みぬ。良人おっとに別れ、不治のやまいをいだいて、父に伴なわるるこの遊びを、うれしといわんか、かなしと思わんか。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
彼等はその無分別をぢたりとよりは、この死失しにぞこなひし見苦しさを、天にも地にもさらしかねて、しも仰ぎも得ざるうなじすくめ、なほも為ん方無さの目を閉ぢたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
低くうなじのところで束ねてある薄茶色の髪は、滑らかになでつけられていて、ただ右のこめかみのあたりで、縮れた後れ毛がひとふさ、額のほうへかかっている。
トリスタン (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
フロルスは寝台の上に、うなじを反らせて、真つ黒になつた顔をして動かずにゐる。ルカスは今離れたばかりと見える寝台に、又駆け寄つて、無言で俯伏うつぶしになつた。
「東門に人有り。そのひたいは堯に似、そのうなじは皐陶に類し、その肩は子産に類す。しかれども腰より以下は禹に及ばざること三寸。纍々るいるいとして喪家そうかいぬごとし。」
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
磯五のことばに、おせい様が黯然あんぜんとうつむくと、磯五は、そのほっそりしたうなじへそっとくちびるを持って行った。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
膝の上までり開きたる短衣は裂けほころび、ゆるく肩に纏へる外套めきたる褐色かちいろの布は垢つきよごれ、長き黒髮をばうなじに束ね、美しき目よりは恐ろしき光を放てり。
所謂いわゆる首すじである。顔面では年齢をかくせるが首すじではごまかせない。あらゆる年齢に従って首すじは最も微妙に人間らしい味を見せる。赤坊のぐらぐらなうなじ
人の首 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
「南方異物志」に、本当のろくろ首のうなじの上には、いつでも一種の赤い文字が見られると書いてある。そこに文字がある。それはあとで書いたのではない事が分る。
ろくろ首 (新字新仮名) / 小泉八雲(著)
そこで女房は死のうと決心して、起ち上がって元気好く、うなじそらせて一番近い村をさして歩き出した。
そこで女房は死のうと決心して、起ち上がって元気好く、うなじそらせて一番近い村をさして歩き出した。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼は世界各国の宗教の教理に通じていると云われ、又、その弁舌の妙、音声は朗々とたなびいてうなじをまき懐に入り手をくぐり、妙香の空中を漂うごとくであると云う。
頭髪かみうなじあたりって背後うしろげ、あしには分厚ぶあつ草履ぞうりかっけ、すべてがいかにも無造作むざうさで、どこをさがしても厭味いやみのないのが、むしろ不思議ふしぎくらいでございました。
それは大きな尾の長い、うなじの青い、金色のはねをした虫であった。成は大喜びで篭へ入れて帰った。
促織 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
折々はうなじを反せて、どの家かの美しい装飾を見ている。そして格別面白がらずに、並んで歩いている男に、「あれ、御覧なさいよ、綺麗きれいではありませんか」などとう。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
白いうなじの伸びかたといい、全姿に浮いた玉のあぶらといい、瑠璃子がいったのは、お世辞ではない。
その六人の跡から、ただ一人忙しい、不揃な足取で、そのくせ果敢はかの行かない歩き方で、老人が来る。丈が低く、がっしりしていて、背を真直にして歩いている。うなじは広い。
(新字新仮名) / ウィルヘルム・シュミットボン(著)
この姉妹は、額のところに、少しばかりアイロンをかけて、髪を渦巻にしているほか、あとはすらりとうなじのところへ、黒髪を垂らし、髪のすそを、ふっくらと裏にまげていた。
車中有感 (新字新仮名) / 上村松園(著)
『摩訶僧祇律』七に雪山水中の竜が仙人の行儀よく座禅するを愛し七まき巻きて自分の額で仙人のうなじを覆い、食事のほか日常かくするので仙人休み得ず身体くたびれせて瘡疥を生ず
敵対すると思ったのでしょう、犬はうなじの毛を逆立てて、眼をいからせて、いよいよ獰猛どうもうな唸りを立てて、飛びかかって来ます。まだ私は、こんな恐ろしい犬を見たことがありません。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
多分体格の立派なのと、うなじそらせて、傲然ごうぜんとしているのとのためであっただろう。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
見えるのは只髪を短く刈つた頭とうなじと丈である。併し体は女で、それがレオネルロに違ひない。木の幹を攫むやうにしてゐる、小さい、優しい手は、見覚えのあるレオネルロの手である。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
しかるにこの民はうなじの固き民であって、モーセを苦しめ、怒らせ、退けました。
僅にうなじの皮少許せうきよにて首と胴と連りゐたる故、屍体をもたぐる時、首は胴より離れたり。首もその他の体部も甚しく損傷しあり。就中なかんづく胴と手足とは、殆ど人の遺骸とは認められざる程変形せり。