のみ)” の例文
カチ、カチ、カチ! たえまのない石工いしくのみのひびきが、炎天にもめげず、お城のほうから聞えてくる。町人の怠惰たいだむちうつようだ。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
指さした縁側には、あつらへたやうに泥足、のみでこじ開けたらしい雨戸は、印籠いんろうばめが痛んで、敷居には滅茶々々に傷が付いてをります。
ところが、それから数日の後、ミケランゼロは、人夫を雇って、その石を自分のアトリエに運びこみ、セッセとのみをふるいはじめた。
青年の思索のために (新字新仮名) / 下村湖人(著)
彼は、自分の口から出る一語一語が、きき手の心臓へのみを打ちこむ程の苦痛を与えていることなどにはまるで気がついていないらしい。
予審調書 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
それはおそらく鬼とか夜叉やしゃとかいうのであろう。からだはあいのような色をして、その眼は円くひかっていた。その歯はのみのように見えた。
この現代の進歩のために、このような生活の装飾物の鮮明なのみのあとはなくなり、その活気のある浮彫は取り去られてしまった。
眼の鋭い、禿鷲はげわしのような男が訪ねてきて、欽二の行動について、お松の知ってる限りをのみのような舌の先きでほじくっていった。
反逆 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
「最後ののみを打つまでは、人に見せぬというのが、わしの心願じゃ。この山奥へこもっておるのもそのため。ごぞんじであろう」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
石工いしやが入って、のみなめらかにして、狡鼠わるねずみを防ぐには、何より、石の扉をしめて祭りました。海で拾い上げたのがの日だった処から、巳の日様。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いまお前がはいって来たあの木戸から左へ廻るんだ——いいか、のみの音や、かんなの音がしているだろう、あっちへ行くんだよ」
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ベルククリスタル Bergkristall と云う題で、水晶の周りに、髯の長い小人ツウェルクが三人かたまって、のみで削ってる置き物である。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
殊に彼女の口は、彫刻家ののみの力を借りなければ開かぬものゝやうにかたくしまり、ひたひは次第に石のやうな峻嚴しゆんげんさにすわつてゐた。
そして盛んな火炎に満ちた火鉢ひばちが現われ、中には白熱して所々まっかになってるのみがあるのが、はっきり捕虜の目にはいった。
それがいまわたしはわたしの恋ごころを必死ののみとしておまえの肉体の壁にわたしのいのちを彫り止めようと企てさした大きな原因らしい。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
が、その一瞬の間に一目見た青年の顔は、美奈子の心に、名工がのみを振ったかのように、ハッキリと刻み付けられてしまった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「何と何だって、たしかにあるんだよ。第一爪をはがすのみと、鑿をたたつちと、それから爪をけずる小刀と、爪をえぐみょうなものと、それから……」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
のみのようなやいばのついてゐる一寸いつすんぐらゐのちひさい石斧せきふもありますが、これは石斧せきふといふよりも、石鑿いしのみといつたほうてきしてゐるようにおもはれます。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
木取りは御造営の方で出来ていて、材料はチャンと彫るばかりになって私の手へ廻されておりますので、こっちはのみを下せば好いわけであります。
杜甫とほの詩は、彫琢ちょうたくのみのあとが覗えるけれども、一方には思い切って、背を向けて立ち去る者の、あの爽やかさがある。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
ときたまかんなのみを持つと、棟上げの済んだ柱へ穴をあけたり、紙のように薄くなるまで四分板を削るというような、とんでもないことをやりだす。
普通ののみではやれないので、正次さんという正宗系統の非常にうまい刀鍛冶かじに頼んで、いろいろな特別な鑿を拵えて仕事をしたことを覚えている。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
あれは宝の木といわれた綾模様の木目を持つ赤樫の古材で、日本中に私ののみしか受け付けない木だ。その上に外側の蒔絵まきえまで宝づくしにしておいた。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
墓はあの通り白い大理石で、「吾人はすべからく現代を超越せざるべからず」が、「高山林次郎たかやまりんじろう」という名といっしょに、あざやかなのみあとを残している。
樗牛の事 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
住むべき家を建てるんだからなあ。だからお前さん達も刀を捨て、のみやカンナや金鎚や、のこぎりきりを持って来るがいい。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
まるでのみででも仕上げたように、繊細をきわめた顔面の諸線は、容易に求められない儀容と云うのほかはなかった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
仕事場で、コツコツとのみを使いながら、釘を打ちながら、或は、刺戟しげきの強い塗料をこね廻しながら、その同じことを、執拗しつように考え続けるのでございます。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
工匠こうしょうの家を建つるは労働なり。然りといへどものみかんなを手にするもの欣然きんぜんとしてその業を楽しみ時に覚えず清元きよもとでも口ずさむほどなればその術必ずつたなからず。
一夕 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
彫み手はさきの鋭い小刀を、しっかりと手に持ち、それを手前へ素速く動かして、紙ごと木を彫む。字の輪郭を彫り終ると、円のみで間にある木を取り去る。
市街の大半を占めてゐる焼跡には、仮屋かりや建てののみの音が急がしく響き合つて、まだ何処となく物のくすぶ臭気にほひの残つてゐる空気に新らしい木の香が流れてゐた。
札幌 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
外はくまなくえ渡った月夜である。で、僕は和やかな波の合間に耳を澄して見ると、はるかの彼方かなたからカチン、カチンとしきりに響いているのみの音が伝って来る。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
行灯の灯がさし入る小部屋には、なるほど厚い木地の仕事机、いちいちさやをかけた、小形ののみやら、小刀やらが、道具箱のなかにおさまっているのが見えた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
後に『草枕』のモニューメントを築き上げた巨匠ののみのすさびにきざんだ小品をこの集に見る事が出来る。
夏目先生の俳句と漢詩 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかしこの二つになるとすばらしくうまく彫刻する。そしてどこであろうとのみを入れる場所さえあれば、実に不思議なくらい器用にそいつを方々彫り散らすのだ。
鐘塔の悪魔 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
それによって私はあの山地のほうにできかけている農家の工事が風呂場ふろばを造るほどはかどったことを知った。なんとなくのみつちの音の聞こえて来るような気もした。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二百年ぜんに作つたと云ふがの室もすゝびずに白くのみあとが光つて居る。何より寒い今夜の馳走は火が先だとエジツが倉から小柴を抱へて出て炉をきつける。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
偉大な思想家には必ず骨というようなものがある。大なる彫刻家にのみの骨、大なる画家には筆の骨があると同様である。骨のないような思想家の書は読むに足らない。
読書 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
それでもつてち殺してある、かんなのみや鋸や、または手斧ておの曲尺まがりかねすみ縄や、すべての職業道具しようばいどうぐ受け出して、明日からでも立派に仕事場へ出て、一人の母にも安心させ
もつれ糸 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
普請場にはのみや、手斧てうなや、まさかりや、てんでんの音をたててさしも沈んだ病身ものの胸をときめかせる。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
のみる事があるとも、その趣味はいつしか消えて見えなくなり、それに代つて全身の心が現はれ
此山は東南の方向に狭い頂上を展開しているので、東京からは真竪に望む為にのみのように鋭く尖って見えるが、少し東北から眺めると可なり秀麗な富士形を呈示する。
望岳都東京 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
若い者は、のこぎりのみ、棒を持って、走り出した。近所の若い者が、それについて、同じように走った。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
それでもいつとはなしにのこぎりが見えなくなっているのだ。四分のみが消えたり、二枚がんなの台だけが残っていたりした。置き忘れた陣笠が川口に浮ぶくらいは我慢も出来た。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
万力のような顎は依然として強く張りだし、握力も、むかし南方の海底で、十五ポンドの鑿岩用ののみ棒でダイバーの背柱を突き砕いて殺しまわったあのころと変らない。
三界万霊塔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
秋はことに晴れやかな墓地の彼方に、色づいたくぬぎの梢が空高く連っているのが見えた。線香と菊の香がほんのり彼等の歩いている往来まで漂った。石屋ののみの音がした。
一本の花 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
少年の時から読書のほかは俗な事ばかりして俗な事ばかり考えて居て、年をとっても兎角とかく手先てさきの細工事さいくごとが面白くて、ややもすればかんなだののみだの買集かいあつめて、何か作って見よう
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
障子は、のみで、上皮の薄膜を剥ぎ取って、中から夜の黒い地肌を露出したように無残に見えた。
森の暗き夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ていねいにのみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、むかしはたくさん居たさ。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
茶微塵ちゃみじん松坂縞まつざかじま広袖ひろそで厚綿あつわたの入った八丈木綿の半纒を着て、目鏡めがねをかけ、行灯あんどんの前で其の頃鍜冶かじの名人と呼ばれました神田の地蔵橋の國廣くにひろの打ったのみと、浅草田圃の吉廣よしひろ
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
やつと灌木くわんぼくの高さしか無いひひらぎよ、僞善ぎぜんの尻を刺すのみ愛着あいぢやくきざたがね、鞭の手燭てしよく取手とつて
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
石工ののみでも、工夫の鶴嘴でも、鋤でも、其他物を切つたり、刻んだり、裂いたり、板にしたり、綴ぢたり、強い打撃を加へたり、受けたりする種々の道具は、皆鉄なのだ。