たっと)” の例文
現界の富強をこいねがわず、神界の福楽を欣求ごんぐする鼻をたっとぶあつまりは、崇高幽玄、霊物を照破する鼻に帰依して財宝身命を捧げました。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「すべて陶器とうきは、かるい、薄手うすでのをたっとびます。ちゃわんのおもい、厚手あつでのは、まことにひんのないものでございます。」と、役人やくにんはおこたえしました。
殿さまの茶わん (新字新仮名) / 小川未明(著)
日光と雲との明暗キャロスキュロにいろどられた雪の重なりには、熱愛をもって見きわめようと努める人々にのみ説き明かされるたっといなぞが潜めてあった。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
私たちは、人類の生活の一部分のたっとい分担者として、自分を見ているのです。だが、あなた方は、私たちを資本家と思っている
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
それはりっぱなきぬ産着うぶぎ想像そうぞうしたところと、目の前の事実とはこのとおりちがっていた。でもそれがなんだ。愛情あいじょうとみよりもはるかにたっとい。
この動作は、身たっときも卑しきも同様にすべての客に負わされる義務であって、人に謙譲を教え込むためのものであった。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
肩幅広く、胸張りて、頬に肥肉ししつき、顔まろく、色の黒き少年なりき。腕力ちからもあり、年紀としけたり、門閥もたっとければ、近隣の少年等みな国麿に従いぬ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
政治界でも実業界でも何の仕事でも誠実な人をたっとぶようになるがことに文学界では誠実な精神のこもったものでなければ人が決して読まんという事になる。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
すなわち国家風教ふうきょうたっと所以ゆえんにして、たとえば南宋の時に廟議びょうぎ主戦しゅせん講和こうわと二派に分れ、主戦論者は大抵たいていみなしりぞけられてあるいは身を殺したる者もありしに
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
今迄は女神めがみの如くたっとく、人形の如く美しく見えた彼の女が、たちまち一変して、あの黒ん坊よりも一層恐ろしい、気味の悪い魔女まじょに見え出したゞけであった。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
君たちは金よりたっといものはないのだから、言ったってしかたはあるまいが、ちっとあ恥を知りたまえ。じゃもう会うまい。三千円はあらためて君にくれる
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
たっといものは周鼎漢彝玉器しゅうていかんいぎょくきの類から、下っては竹木雑器に至るまでの間、書画法帖ほうじょう琴剣鏡硯きんけんきょうけん陶磁とうじの類、何でもでも古い物一切をいうことになっている。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
詩ハ淡雅たんがたっとブトイヘドモマタ郷野きょうやノ気有ルベカラズ。いにしえ応劉鮑謝李杜韓蘇おうりゅうほうしゃりとかんそ皆官職アリ。村野そんやノ人ニラズ。
小説作法 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
大多数は伝統を重んじて、自分の村丈けをたっとしとする。ほんの少数が目を覚まして、心配している。それは主に兵隊に行って来たものと中学校へ通ったものだ。
ある温泉の由来 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
こういうふうに考えて来ると学問の素材の供給者が実にたっといものとして後光を背負って空中に浮かみ上がり
空想日録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その上羽織はおりはかまも持ち合せなかった。そうして余のごとき位階のないものが、みだりにたっとい殿下の前に出てしかるべきであるかないかそれが第一分らなかった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「和をもったっとしとなす」(以和為貴)と、聖徳太子も、すでにかの有名な十七条の憲法の最初に述べられているごとく、何事によらず「和」が第一です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
此の桑は、たゞ蚕の食物になるその葉を除いては何の値うちもない。広い地域が、此の桑の栽培に当てられてゐる。それほど此の虫の手細工はたっといものなのだ。
江戸の遊女や芸者が「婀娜あだ」といってたっとんだのも薄化粧のことである。「あらひ粉にて磨きあげたるかおへ、仙女香をすりこみし薄化粧は、ことさらに奥ゆかし」
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
「人間の一芸一能はたっとい、そなたの仕立てた芸人たちの業を、そのうち一度見せてもらいたいものじゃ」
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
知行五百石でお旗本、代々の主人がつましかったからか、旗本仲間での大金持ち、富豪といってもよいほどで、本所錦糸堀に屋敷があり、無役ではあるがたっとまれている。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
幸「此処は大層てえそう香の物をたっとむてえから、奈良漬を出すのは東京の者へ対しての天狗なんだよ」
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
すると総理大臣の言うにはこれはたっとい物ゆえあたいをいって貰いたい。その価を上げたいからということであった。私は殿下に上げたものですから価を戴く必要はないと答えました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
これは金よりもたっとい物だ、博物館か帝大へ寄付するようにしよう、今までの費用は私が全部持つ、綾子さんは今日から燿子と姉妹になるのだ、それでいいでしょう? ——海の底や
水中の宮殿 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
彼らには生命以外のものはなんでもたっとかったのである。生命はなんと交換しても惜しくないものであった。だから右衛門の哀訴は彼らにとって、実に奇跡であった。彼らは一斉にわらった。
三浦右衛門の最後 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それでもとも言兼ねて、私は其時伯父に連れられて久振で帰省したが、父のかおを見るより、心配を掛けた詫をするどころか、卒然いきなり先ず文学のたっと所以ゆえんを説いて聴かせて、私は堕落したのじゃない
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
作者としては充分な学殖がくしょくたっとき未来とをもった、若く美しい楠緒女史は春のころからのわずらいに、夏も越え、秋とすごしても元気よく顔の色もうつくしく、語気も快活にいゆる日を待ちくらして
大塚楠緒子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
幾頭幾台の馬や車に附けて奪い去ったのです、咒語に有る妖髠ようこんとは此の僧侶を指したのです、けれど此の僧侶も取り出した者の何しろ王位よりもたっといと云われる程の宝ゆえ、隠して置く所もなく
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
この国第一のたっとい役目と身分とを持っている公爵美留楼という人の末娘で、今年十四になったばかりであるが、生れ付きお話が大好きで
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
「はしり」を喜び「しゅん」をたっとぶ日本人とはこうした点でもかなりちがった日常生活の内容をもっている。
日本人の自然観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
人間は道の動物であるから、道に従うのが一番たっといのだろうと思っています。道に従う人は神も避けねばならんのです。岩崎のへいなんか何でもない。ハハハハ
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
我邦の人は折々君のように何でも硬い物の方がみしめて味があるというけれどもそれは野蛮風の食方たべかたで、西洋人は舌であじわうから柔くって美味いものをたっとぶ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
一 既に優美をたっとぶと言えば、遊芸はおのずから女子社会の専有にして、音楽は勿論、茶の湯、挿花いけばな、歌、誹諧、書画等の稽古は、家計の許す限り等閑にす可らず。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
大学卒業生は五十円六十円で、並等なみとうは教頭、成績の好いのは直ぐ校長になれた。大学は未だ東京の帝大丈けだったから学士がたっとかった。恐らく昨今の博士以上だったろう。
首席と末席 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
今になって毎日毎日の何でも無かったその一ㇳ眼がたっといものであったことがさとられた。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
美醜をみわけるのめいを失っているから、美のうちにたっとぶべきものの存するのを発見することができない。醜を感知するの能を失ってから、醜のいとうべきを知って避けるの明がない。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
おつは、さおを大事だいじにしてりをしました。そして、こう恩義おんぎながかんじて、こうこまったときはたすけてやりましたので、こうはいまさらながら、一ぽんりざおをたっとおもったのであります。
一本の釣りざお (新字新仮名) / 小川未明(著)
なんだか人間の仕事の内では、一番神様の仕事に近い、高尚な、幽玄な、云わば現象の底を流れて居る宇宙永遠の実在とでも云うようなものを、暗示するに足るたっとい事業だと思いたかった。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「おれたちを月給盗棒どろぼうみたいに考えることは、まるで違ってるってことをハッキリ思い知らせた方がいいだろうよ」彼は、何だかほんとうに、人間として、労働者として、たっとい犠牲的な
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
されどごうも疑わざりき。渠等はへいげん君の富かつたっときを信ずればなり。
金時計 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
湖の御殿は、ありとあらゆるたっとい美しい石で出来ておりまして、真珠の屋根が林のようにいくらもいくらも並んでおりました。
ルルとミミ (新字新仮名) / 夢野久作とだけん(著)
黄金おうごんたっときも知る。木屑きくずのごとく取り扱わるる吾身わがみのはかなくて、浮世の苦しみの骨に食い入る夕々ゆうべゆうべを知る。下宿のさいの憐れにしていもばかりなるはもとより知る。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一斤一円二十銭するものは牛肉にない。西洋料理でも上等ハムの料理は牛肉料理よりたっといとしてある。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
市在しざいの老人たちもしきりに説諭、また一方には、日本の人民も久しく太平文化の世に慣れて、教育のたっときゆえんを知り、貧苦の中にも、よくその子を教育の門に入らしめ
小学教育の事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
パウロは之をキリストと其教会の一体なるになぞらえ、又汝曹なんじら婚姻の事を凡てたっとべと教えたり。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
はかりごとは密なるをたっとぶとはこのことだ、孔明や楠だからといって、なにもそんなに他人がましくするには及ばねえ、さあ、ならず者、これから大いに師をねぎらってやるから庭へ下りろ」
砲煙弾雨の中に身命をして敵の陣営に突撃するのもたしかにたっと日本魂やまとだましいであるが
天災と国防 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
たっといとは云え多寡が土細工の茶碗だ、それに俺ほどの者が心を動かしたのは何事だ、エエ忌々いまいましい、と其の茶碗をって、ハッシ、庭前の石へ叩きつけて粉にしてしまったということがある。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
たっと宝玉ほうぎょくも、そのうつくしさにくらべることができなかったのであります。
黒い塔 (新字新仮名) / 小川未明(著)
優しい女性! それは、彼らには、何物よりもたっとい宝玉であった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)