褐色かっしょく)” の例文
肉眼で見る代わりに低度の虫めがねでのぞいて見ると、中央に褐色かっしょくを帯びた猪口ちょくのようなものが見える。それがどうもおしべらしい。
沓掛より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その褐色かっしょくに黒い斑紋はんもんのある胴中は、太いところで深い山中さんちゅうの松の木ほどもあり、こまかいうろこは、粘液ねんえきで気味のわるい光沢こうたくを放っていた。
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこでは、芝生しばふはもう緑に色づいていたのですが、まわりのやぶや木々は、まだ、はだかで、褐色かっしょくの木のはだを見せているのでした。
田舎の宿屋へ到着した時、多少ハイカラな構えの家では先ず第一に珈琲糖をうやうやしくささげてくる。褐色かっしょくの粉末が湯の底に沈んでいる。
「そうなんですか」と、Kは言い、笞刑吏をよくながめたが、水夫のように褐色かっしょくに日焼けして、野生的で元気のみなぎった顔をしていた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
(おまえ達には、わからぬか。あの童子の眸は、褐色かっしょくをおびて、に向うと、さながら瑪瑙めのうのように光る。なんで、凡人の子であろうぞ)
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
にはかに西の方から一ぴきの大きな褐色かっしょくふくろふが飛んで来ました。そしてみんなの入口の低い木にとまって声をひそめて云ひました。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
コレットの方へふり向いては、親しい眼つきを求めたり、自分が感じてる楽しみを分かとうとしたり、または褐色かっしょくの澄んだ眼で言いたがった。
そして、このとき梅の花は、その中央に雌芯雄芯めしべおしべの色や、ふくらんだ褐色かっしょくつぼみと調和して、最も質朴しつぼくに見え、古典的クラシックな感じを与えるのです。
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
その外、都にて園に植うる滝菜たきな水引草みづひきそうなど皆野生す。しょうりょうという褐色かっしょくの蜻蜓あり、群をなして飛べり。るる頃山田の温泉にきぬ。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その中央部に五室に分かれた部分があって、その各室内には二個ずつの褐色かっしょく種子たねならんでいる。そしてその外側に区切りがあって、それが見られる。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
色々の色にこがれて居る山と山との間の深い谷底を清滝川きよたきがわが流れて居る。川下がきとめられて緑礬色りょくばんいろの水が湛え、褐色かっしょくの落葉が点々として浮いて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その間にルブラン氏は、青いフロックの上に着ていた大きな褐色かっしょく外套がいとうをぬいで、それを椅子の背に投げかけた。
今安永時代の最も精巧なる浮絵を見るにその色彩はかつて湖龍斎の好んで用ひたる褐色かっしょくを主とし、これにきばみたる紅色と緑色とを配合したる処はなはだ調和を得たり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かれは褐色かっしょく法衣ころもを着て、その顔も風体ふうていもなんだか異様にみえたが、せきにむかって親しげに話しかけた。
ある日昼寝をしていると、一人の褐色かっしょくの衣を着た男がねだいの前に来たが、おずおずしてこっちを見たり後を見たりして、何かいいたいことでもあるようであった。とうは訊いた。
蓮花公主 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
このあたりを取り巻いているものは、ひろびろとした荒寥こうりょうたる環境かんきょうばかりでした。からびた褐色かっしょくのヒースと、うす黒くげた芝草しばくさが、白い砂洲さすのあいだに見えるだけでした。
まきは遠慮なく燃えあがった。ほのおは、木の皮でいた褐色かっしょくの屋根裏にまで届くかと思われた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
雪も消えて、つつじヶ岡おか枝垂桜しだれざくらも咲きはじめ、また校庭の山桜も、ねばっこい褐色かっしょく稚葉わかばと共に重厚な花をひらいて、私たちはそろそろ学年末の試験準備に着手していた頃であった。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あいのような青い顔に褐色かっしょくの肌をした大男はあるいは巌の変化へんげかも知れない。象牙ぞうげのような滑らかな肌に腰から下は緑の水藻でさも美しく装われているのは云うまでもなく水の精である。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
なつ時分じぶんには、小道こみちをふさいで、たかびていた、きびや、もろこしのは、褐色かっしょくれて、くきだけが、しろさびのたとおもわれるほど、かさかさにひからびて、気味悪きみわるひかっていました。
死と話した人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
他の二人も老人らしくつこらしい打扮だが、一人の褐色かっしょく土耳古帽子トルコぼうしに黒いきぬ総糸ふさいとが長くれているのはちょっと人目を側立そばだたせたし、また他の一人の鍔無つばなしの平たい毛織帽子に
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
青空が広く、葉は落ち尽くし、鈴懸すずかけが木に褐色かっしょくの実を乾かした。冬。こがらしが吹いて、人が殺された。泥棒の噂や火事が起こった。短い日に戸をたてる信子は舞いこむ木の葉にもおびえるのだった。
雪後 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
ほりという堀には水がいっぱいで、堀ばたにはフキの花がひらき、石壁いしかべの上にえている草のしげみは、つやつやとして褐色かっしょくになっています。
やっと取り出した虫はかなり大きなものであった、紫黒色の肌がはち切れそうにふとっていて、大きな貪欲どんよくそうな口ばしは褐色かっしょくに光っていた。
簔虫と蜘蛛 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
俄かに西の方から一疋の大きな褐色かっしょくの梟が飛んで来ました。そしてみんなの入口の低い木にとまって声をひそめて云いました。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「まア、なにを言ってるの、貴方こそお逃げなさい、今のうちに」そう云って彼女は袖の中から褐色かっしょくの表紙のついた本を僕に手渡すではないか。
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼女は背が高くせたかなり姿のいい女だった。褐色かっしょくの曇った美しい眼は、やや表情に乏しかったが、時とすると、陰気なきつい炎が輝きだした。
彼女は三十歳になるかならずで、髪は褐色かっしょくで、かなりの美貌びぼうで、大きな黒い目でぼんやり物をながめた。そしてほんとに見てるのかどうか疑わしかった。
戸を開けて這入はいって来たのは、ユダヤ教徒かと思われるような、褐色かっしょくの髪の濃い、三十代のせた男である。
花子 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しいの実よりもやや大きい褐色かっしょくの木の実があられのようにはらはらと降って来るのを、われ先にと駈け集まって拾う。懐ろへ押し込む者もある。紙袋へ詰め込む者もある。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
然れども当時の板画はことごとく単色の墨摺すみずりにして黒色こくしょく白色はくしょくとの対照を主とし、これにたん及び黄色おうしょく褐色かっしょく等を添付したれども、こは墨摺のあとに筆を以て補色したるものなるが故に
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
要するに新らしき何物かを創造せんとするものは、それはカンヴァスの作り方でも絵の具の並べ方でも、パレットナイフの使用でも、褐色かっしょくの乱用でも黒の悪用でも何んでもない。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
扉が開き、ランツ大尉がはいってきたからである。Kはこの男を初めて間近に見たのだった。大柄な、およそ四十ばかりの男で、褐色かっしょくに日焼けした、肉づきのいい顔をしていた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
つたの葉には赤らみがえ、白樺の葉はぺらぺらとしてもはや褐色かっしょくに変りつつある。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
花がわると果実ができ、じゅくしてそれが開裂かいれつすると、中の褐色かっしょく種子が出る。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
散りかゝった満庭まんていのコスモスや、咲きかゝった菊や、残る紅の葉鶏頭はげいとうや、蜂虻はちあぶの群がる金剛纂やつでの白い大きな花や、ぼうっと黄を含んだ芝生や、下葉したは褐色かっしょくしおれてかわいた萩や白樺や落葉松や
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
にじがたってゐる。虹の脚にも月見草が咲き又こゝらにもそのバタの花。一つぶ二つぶひでりあめがきらめき、去年の堅い褐色かっしょくのすがれに落ちる。
秋田街道 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
と、治明博士は、横に立っていた褐色かっしょくの皮膚を持ったせた男へおどろきの目を向けた。どこかで見た顔ではあるが……。
霊魂第十号の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ブールゴーニュ街やサン・ドミニク街の幌馬車ほろばしゃははでやかに付近をゆききし、黄色や褐色かっしょくや白や赤の乗合馬車は向こうの四つつじにゆききしてはいたけれど
生命の気があふれていた。自分の持ち役だけにとどまろうと努力しながらも、その肉体や身振りや笑ってる褐色かっしょくの眼から、青春と喜悦との力が輝き出していた。
目の前のガンたちは、じぶんよりもずっと小さくて、おまけに、はねの白いものは一もいないのです。みんながみんな灰色はいいろで、あちこちに褐色かっしょくがまじっています。
また少し脱線ではあるが雲紋竹うんもんちくと称して、竹の表面に褐色かっしょくの不規則な輪紋を呈したものがある。
自然界の縞模様 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
さればその色彩もまた春章の如く褐色かっしょく(柿色)と黒色こくしょくの対照によれる画面の活躍を欲せず
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
女は、附いて来て戸口に立ちどまっている給仕をちょっと見返って、その目を渡辺に移した。ブリュネットの女の、褐色かっしょくの、大きい目である。この目は昔たびたび見たことのある目である。
普請中 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ただ一叢ひとむらの黄なる菜花なのはなに、白い蝶が面白そうに飛んで居る。南の方を見ると、中っ原、廻沢めぐりさわのあたり、桃のくれないは淡く、李は白く、北を見ると仁左衛門の大欅おおけやきが春の空をでつゝ褐色かっしょくけぶって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
頭にまいたさらし木綿はにじみでる血で褐色かっしょくに染まっていた。打撲の皮下出血や裂傷から無理に吹きだした血の色であった。それが凝結し変色して、人相も見えないほど深い繃帯ほうたいにくるまれていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
花穂かすいほうが多少褐色かっしょくびる黄色なのとすぐ区別がつく。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
それからよこの方へ少しまがったように見えましたが、たちまち山が水瓜すいかを割ったようにまっ二つに開き、黄色や褐色かっしょくけむりがぷうっと高く高く噴きあげました。
その目は揚々ようようと輝き、その瑞々みずみずしい頬には笑いが浮かんでいた。一人はくり色の髪で、一人は褐色かっしょくの髪をしていた。その無邪気な顔は驚喜すべきものだった。