しぼ)” の例文
見巧者みごうしゃをはじめ、芸人の仲間にも、あわれ梨園の眺め唯一の、白百合一つしぼんだりと、声を上げて惜しみ悼まれたほどのことである。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかしてその妖巫の眼力が邪視だ。本邦にも、飛騨ひだ牛蒡ごぼう種てふ家筋あり、その男女が悪意もてにらむと、人は申すに及ばず菜大根すらしぼむ。
しぼんだ軽気球が水素ガスを吹込まれると満足げにふくれあがつて、大きな影を落しながら、ゆるゆると昇つて行くのを眺めたり
日本三文オペラ (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
今朝は臘梅ろうばいの花がしぼんでいるのに心づいて、侘助椿わびすけつばきに活けかえようと思って行ったら、あの時と同じ所にあの鍵が落ちていた。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私はなんに限らず、例えば美しく咲く花を見れば、これ散りしぼむ時の哀れさを思わせるために咲いているのではないかと思う。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
小豆あずきを板の上に遠くでころがすような雨の音が朝から晩まで聞えて、それが小休おやむと湿気を含んだ風が木でも草でもしぼましそうに寒く吹いた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「七人の子をもてば大概の女の容色はしぼむものなのに、あの人はくびにも、耳の下のあたりにさえ、衰えをも見せていない」
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
幾人の子を生み、幾人の子をくして、貧苦の中に耐えてきた肉体か、その姿はいかにも小さい。そしてしぼみきっている。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
花大に色ふかく、陰りたる日は晩までもしぼまず。あさがほの名にこそたてれ此花は露のひるまもしをれざりけりとよみ候。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それに、やはらかくて同時に、生き/\としてきび/\したあの人特有のあの聲だ。それが私のしぼんだ心を明るくする。その中に生命を吹き込む。
樹木もすべて死んだやうで、寒気の強い朝などには、厚ぼつたい常磐木の葉ですらわるくしぼんだやうになつてゐる。
樹木と空飛ぶ鳥 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
わきに「これしぼけた所と思い玉え。下手まずいのは病気の所為せいだと思い玉え。うそだと思わばひじを突いて描いて見玉え」
子規の画 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ドアが開くと同時に白いしぼんだ顔を入ってゆく自分に向け、歩くから、椅子にかけるまで眼もはなさず追って、しかし、椅子にかけている体は崩さず
刻々 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
東天金星輝き、下弦の月、白馬峯頭に白毫びゃくごうの光りを添う。白馬連山、南国の果実の色を染め、ようやく覚めるや、空も紫気を払って碧光冴え、月しぼんで蒼白。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
足許あしもとを見廻して)この黄色な花、何という色の褪せたような花だろう、この白ちゃけた沙原に咲いて、沈黙のうちに花を開いて、やがてはしぼんでしまう花だもの
日没の幻影 (新字新仮名) / 小川未明(著)
湯に馴染なじめそうには見えず、花のしぼむような気の衰えが感じられるのだったが、湯を控えめにしていても、血の気の薄くなったからだに、赤城あかぎおろしの風も冷たすぎ
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
露が先に地に落ちるか、花が先にしぼんでしまうか、どちらにしても所詮は落ち、萎むべきものである。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
わざとらしくてこの人が携えて来たのでもないのに、よく露も落とさずにもたらされたものであると思って、中の君がながめ入っているうちに見る見るしぼんでいく。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
にぎやかな老紳士は息子を連れて、モナミを出て行った。あとでかの女は気がしぼんで、自分が老紳士にいった言葉などあれや、これやと、神経質に思いかえして見た。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「まあいいや。それは思い違いと言うもんだ」と、その男は風船玉のしぼむ時のように、張りをゆるめた。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
もしあなたの心に恋が生じたことが聖旨であるならば、それを私がしぼませようとすることは不謙遜でしょう。人間の純なやさしい心の芽を乾らばしてはなりません。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
青田あをた畦畔くろには處々しよ/\萱草くわんさうひらいて、くさくとては村落むら少女むすめあかおびあつやさないでも、しぼんではひらいて朱杯しゆはいごと點々てん/\耕地かうちいろどるのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
わが少壯の心は、かの含羞草ねむりぐさといふものゝ葉と同じくしぼみ卷きて、さきに一たび死の境界に臨みてよりこのかた、死の天使の接吻の痕は、猶明かに我額の上に存せり。
ですから済みませんが僕のへやを換えて下さい。イエイエ。口実じゃ無いのです。僕はソンナ恐ろしいお茶の中毒患者になって、青春をしぼましてしまいたくないのです。
狂人は笑う (新字新仮名) / 夢野久作(著)
非常に暑い日盛りに、枯れないばかりにしぼんだ植木に水をやらうとすると、次のやうな事が起るね。
若し権力をもって得たるものは、瓶鉢中へいはつちゅうの花の如く、そのえず、そのしぼむこと立って待つべし
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
しかし僕の学才は矢張りつぼみのまゝでしぼむ運命を持っていた。人の所為せいにするのではないが、本科に進んでから未だ学校が始まらない中に、菊太郎君はもう決心が生返って
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それはジャムにつぶされ、そこの自然愛好者の味覚を満足させる運命にあるのである。同様に肉屋は草原プレーリーの草から野牛バイスンの舌を掻き取り、折られてしぼむ植物をかえり見ない。
母は胸の皮を引張って来て(それはいつの間にか、しぼんだ乳房のようにたるんでいた)一方の腫物を一方の腫物のなかへ、ちょうどボタンめるようにして嵌め込んでいった。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
わたしたちのうえにおぼろげにほころびかけた夢の華はそれっきりしぼんでしまったのである。時は流れるという言葉を、しみじみ思う。イサベルのを聞いてからも、すでに数年になる。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
折角そうしてくれても、翌日になって見れば、その花がしぼんでいるかも知れない。
冷たい水にくずの花の流るるをくみ、またしぼまぬ対岸の月見草の野を望み、それからまた第二の家の横手を帰ってきたが、貧富の差はあっても家の作りはまったく一つであることを知った。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
色の一つのものだけが一時に咲き出して、一時にしぼむ。さうして、凡一月は、後から後から替つた色のが匂ひ出て、若夏の青雲の下に、禿げた岩も、枯れた柴木山も、はでなかざしをつける。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
尼も塩竈街道に植えられて、さびしく咲いて、寂しくしぼんだ白菊であった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一つの花が咲き、次のつぼみが咲き、株上のいくつかの花が残らず咲きくすまで見て、二十日はつかもかかったというのであろう。いくら牡丹でも、一りんの花が二十日はつか間もしぼまず咲いているわけはない。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
米良はソーマの花がしぼむのを感じた。イサックが悲しげに彼に握手して
地図に出てくる男女 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
堰近くにあったのだが、どうだ良い匂いがするだろう。タバヨス木精レセタ蓮と云う熱帯種でね。此の花は夜開いて昼しぼむのだよ。そして、閉じられた花弁の中に蛭がいたとすると、犯人が池の向岸で何を
後光殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
加徒力カトリック教の教義が極端にあらわれているんだが、それの結婚の尊重が度を過ごして、決して離婚ということを許さないおきてになってるので、間違って咲いた神の花はどうにもしぼみようなくて往生する。
今は見る影もなくしぼんで、口もろくにきけないような有様です。
朝顔は咲きてしぼみてくりかへしころりと鉢に散りにけるかな
小熊秀雄全集-01:短歌集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
朝顔のしぼみてちりし日かげをば見て見ぬごとし。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
けっしてしぼまないから、便利なこともあった。
幽霊船の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
チューリップひとたびしぼめば開かない。
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
世をばしぼみ去りて、——水は海に。
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
つぼには、しぼみゆくままに
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
咲く間を待たでしぼむらむ
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
雲はけ、草はしぼみ、水はれ、人はあえぐ時、一座の劇は宛然さながら褥熱じょくねつに対する氷の如く、十万の市民に、一ざい、清涼の気をもたらして剰余あまりあつた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
わきに「是はしぼけた所と思ひ玉へ。下手まづいのは病氣の所爲せゐだと思ひ玉へ。嘘だと思はゞ肱を突いていて見玉へ」
子規の画 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
もし誰かが、一枚の板を切窓の外から打ちつけて、獄人どもからこの一つの愉快を奪ったら、それだけでも、中の人間はみな自然しぼんでしまうだろう。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
享和二年いぬの四月十六日と十八日との中間に真野敬勝まのけいしようぬし漳州の牽牛花の種を給ひける、こはやまとのとはことにて、夕方までもしぼまで花もいとよろしと也
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)