むしろ)” の例文
主君の秀吉も、友の黒田官兵衛も、こうして一つむしろに月を賞しながらも、共に自分の病を気づかっていてくれるらしい容子ようすを察して
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある日、五番目の孫の八重は学校から帰ってくるなり納屋の前でむしろをひろげ、草履ぞうりを作っているかやのそばへ、でんと坐りこんだ。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
小屋の前にむしろを敷いて葛岡はいたちる罠だという横長い四角い箱の入口の落しぶたの工合をかたん/\いわせながら落し試みていました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
道庵の身の上こころもとなしと戻って見れば、道庵は狼にも食われず、無事にむしろの上に熟睡していますから、米友も安心しました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
家のない竹薮の中にむしろを張って転がっている者もある。繃帯材料はなくなった。婦長さんと椿山君とが二里の焼け路を大学まで補給に行く。
長崎の鐘 (新字新仮名) / 永井隆(著)
饂飩うどん屋のガラスのはこの中にある饂飩の玉までがあざやかである。往来には軒先にむしろいたり、を置いたりして、それに消炭けしずみしてある。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
むしろの上の籾は黄な山を成して居る。音作も亦た槌の長柄に身を支へて、うんと働いた腰を延ばして、濃く青い空気を呼吸した。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
火葬場などいつたものではなく、むしろで囲つた小さな掘立小屋であつた。その夕方、長々と斜陽のさす田圃みちを、俥に揺られて骨拾ひに行つた。
地獄 (新字旧仮名) / 神西清(著)
僕の酒宴のむしろを奪いながら平気で書籍ほんを読んで居るなんてと、僕はそれで貴様を見つめながら此処を去らなかったのです。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
いわおり抜いて造った家の部屋と部屋との仕切りにはむしろが釣ってあるばかり有明ありあけの灯も消えたと見えて家の内は真っ暗だ。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「おっ母さん、もう始末をなすったんですね。今帰って来て、芭蕉の下をひょいと見たら、むしろでくるんであって、足の先がちょっと出ていて……」
黒猫 (新字新仮名) / 島木健作(著)
弘法小屋には毛布や、むしろや、鍋等がたくさん置いてありました。弥陀ヶ原はなかなか広いので霧に巻かれるとどこを歩いているのかわかりません。
単独行 (新字新仮名) / 加藤文太郎(著)
そうして立ち退くかと思うと、矢っ張りグズグズして、屋根の破れにむしろをのっけたり、壁の穴に紙を貼ったりしている。
車にとりつけた大きなむしろの日除けは、牛に日があたらぬようにするものである。足も藁の草履をしばりつけて保護する。
よしありましても、直線ちよくせんなどをほそんだもので、まへべた土器どきのように、曲線きよくせんだとかなはだとかむしろだとかのかたちしたものは見當みあたりません。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
あんまりひどいと思つたが、我慢をすることにして、むしろの上に寝ころんでゐると、その晩、忽ち悪寒を覚え咽喉がかわき体温を計ると四十一度ある。
風邪一束 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
むしろなどしきちらして、郵便配達夫までが仰向けに昼寝している。そのそばに杉の皮でいた風流な門があった。額には青い字で掬水園きくすいえんと題してあった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
陶はそこでかばむしろで菊を包んで、それを数台の車に載せて何所かへ往ったが、翌年の春の中比なかごろになって、南の方からめずらしい種を持って帰ってきた。
黄英 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それは、家の中を風が吹きぬく、影の多い、小暗いほどの土間に、摘んだばかりの桑の葉が、青々と、籠のまま、もしくはむしろにあけられてあるのを見た。
桑摘み (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
小屋の表では、しきりに客を呼んでいた。むしろを敷いただけの上へ、群衆は、寝たり、坐ったりして、物を食べながら
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
煙草を買うお金があったら、むしろ一枚でも、下駄げた一足でも買えるんじゃないかしら。コンクリイトの上にじかに寝て、はだしで、そうして煙草をふかしている。
美男子と煙草 (新字新仮名) / 太宰治(著)
八幡樣裏の小屋にゐざりはまだ歸らず、四方あたりに人影もないのを見定めると、平次はいきなり小屋の後ろに廻つて、念入りに掛けた風除けのむしろを捲くり上げました。
「はい、どうぞ……」と、男は気の毒そうに云いながら、顔のあたりのむしろを少しくまくりあげて見せた。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
また砂利の上にむしろを敷きまして、其の上に高手小手たかてこてくゝされて森山勘八が居りますお目付が席を進みて。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
勝手元かってもと御馳走ごちそう仕度したくだ。人夫がって来た茶盆大ちゃぼんだい舞茸まいたけは、小山の如くむしろまれて居る。やがて銃をうてアイヌが帰って来た。腰には山鳥やまどりを五羽ぶら下げて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
のぞき居たりしが終に一人の切殺さるゝを見て其まゝむしろかぶふるひ/\居たりける段右衞門は此體を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そこは河岸の倉庫の軒の下で、誰かがむしろを被って寝ていた。それはびくっと動いたようである。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
わずかな通り路を残しただけで、荒いむしろに包まれた箱が、ほとんど隙間すきまなく、積みこまれている。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
神を畏れず人を敬わざる不逞ふていの徒にして、何らの恐怖煩悶なくして一生を終る者はむしろはなはだ多い。罪を犯し悪のむしろに坐して平然たるがすなわち悪人の悪人たるゆえんである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
秋の日を浴びながら二三人の女がむしろを敷いて物の種を干してゐるとか、又は、林の間から夕日のあたつてゐる遠くの畠を眺めて豆の花や野菜の葉の色をめづると云ふやうな事で。
畦道 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
もう一つ参考になるのは、馬をギバの難から救う方法として、これが襲いかかった時に、半纏はんてんでも風呂敷ふろしきでもむしろでも、そういうものを馬の首からかぶせるといいということがある。
怪異考 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
あの寒い寒い朝鮮の冬の夜を、むしろ一枚与えられずに外に寝させられた犬を思い出した。
裸身はだかみを屈ませて小走りに、素早く岩かげへ廻ると、何の設備しつらえもないとは言え、女性の浴客のために建てられたささやかな脱衣場がある——竹を立て、むしろをめぐらしたほんの掘立小屋。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
次の日の夜、マンが、いつものように、土間にむしろをしいて、ワラジを編んでいると
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
十七八の娘が一人、土間にむしろをひろげて、せっせと小さな花の束を作っていた。
夕靄の中 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
其困苦と労働と粗喰そしょくと不自由と不潔とを以て、最下等の生活に当るの手初めとして、永く住み慣れたる旧宅を退き、隣地に在る穀物倉にむしろを敷きたるままにて、鍋一つにて、飯も汁も炊き
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
「いいえ、ここんところへむしろを敷いて、みんなその上にいることにしました」
小舎こやは山の上にあった。幾年か雨風に打たれたので、壁板したみには穴が明き、窓は壊れて、赤い壁の地膚があらわれて、家根やねは灰色に板が朽ちて処々ところどころむしろかぶせて、その上に石が載せられてあった。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
糞を集めたむしろを土の上に置くと、爺さんは歯のない口で三太に笑いかけた。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
母は毎日、「残飯」をにないにいった。柄の小さい叔母は、家の軒下にむしろを敷いて竹箸たけばしを削る内職をした。私も姉も、学校を退けると、手伝わされた。私はこの「箸削り」が一等嫌いであった。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
小屋にはとこはない、土の上にむしろを敷いたばかりだが、その土は渓の方へ低くなっている。囲炉裡に足を入れていては、勢い頭は低い方に向く、頭の足より低いのは、一体心地ここちのよいものではない。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
「なに大丈夫だよ。上にむしろをかけるから、少しも見えやしないよ。」
三十三の死 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
滿潮にふくれた河水がぺちやぺちやと石垣をめる川縁から倉庫までの間にむしろを敷き詰めて、その上を問屋の若い衆達が麻の前垂に捩鉢卷で菰冠こもかぶりの四斗樽をころがし乍ら倉庫の中に運んでゐるのが
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
枯菊にむしろのはしのかかりけり
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
のりの花のむしろに花咲きて
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
むしろに干すはなんの種。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
かつては、長陣の徒然つれづれに、この松の根がたへむしろをしき、月を賞しながら、官兵衛、半兵衛、秀吉と鼎坐ていざして、古今を談じたこともある。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大きな町では常設の小屋を借りることもあるけれど、普通は野天に丸太を組んでむしろで囲いをするのであるから、雨が降れば入り掛けになる。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
わらんだむしろいてある爐邊ろばたで、數衛かずゑのこしらへてれた味噌汁おみおつけはお茄子なすかはもむかずにれてありました。たゞそれが輪切わぎりにしてありました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
昔のあの広い仕事場にかわる土間の隅や、時には縁先の空地にむしろを敷いて、重吉は昔のとおりねじ鉢巻で、とんことんこと桶をたたいて鼻唄を歌った。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)