せり)” の例文
あの田圃の畔を流れる川の水は綺麗だったなあ、せりが——芹が川の中に青々と沈んでいやがった。ふなを捕ったり、泥鰌どじょうを取ったり……
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「なるほど、二十一歳、身分はなし、年に千二百フラン、ポンメルシー男爵夫人が八百屋やおやに二スーのせりを買いに行こうってわけだな。」
せりの香に、良雪はふと膳へ顔を向ける。さかづきを取って一こんという余裕を相手に見せたが、それを内蔵助の考えこんでいる顔の前へ出して
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
塩に貯蔵したたけのこせりの葉を入れたとある。十一日はやはり仕事始めで、大畑の湊には船玉の祝があり、初町が立って塩と飴と針とを売った。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
真後まうしろせりなずなとあり。薺は二寸ばかりも伸びてはやつぼみのふふみたるもゆかし。右側に植ゑて鈴菜すずなとあるはたけ三寸ばかり小松菜のたぐひならん。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そっとその女の傍へ寄ってせりなずなを懐へ押し入れさせ、此の者は懐姙ではござりませぬ、腹がふくれておりますのは、これ、御覧なさりませ
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
大根の葉はいうまでもなく、人蔘にんじんの葉から尻尾しっぽ、ジャガいもの皮や、せり、三つ葉の根、ふきの葉まで捨てることはなかった。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
十二、三ばかりの、女の子が前かがみに何か線の細かなをすすいでいる、せりかときいてみるとかすかに顔を赤らめながら、人参にんじんの葉だという。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
まだ北風の寒い頃、子を負った跣足はだしの女の子が、小目籠めかいと庖刀を持って、せり嫁菜よめななずな野蒜のびるよもぎ蒲公英たんぽぽなぞ摘みに来る。紫雲英れんげそうが咲く。蛙が鳴く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
村端むらはづれの溝にせりの葉一片ひとつあをんではゐないが、晴れた空はそことなく霞んで、雪消ゆきげの路の泥濘ぬかるみの処々乾きかゝつた上を、春めいた風が薄ら温かく吹いてゐた。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
さすがに朝鮮古渡ちょうせんこわたりの名器、焼きのぐあいといい、上薬の流れあんばいといい、たとえば、せりの根を洗う春の小川のせせらぎを聞くようだと申しましょうか。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「夜のいとまに摘めるせりこれ」(同・四四五五)等の「に」と同系統のもので色調の稍ちがうものである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
わが庭広からず然れども屋後おくごなほ数歩の菜圃さいほあまさしむ。款冬ふきせりたでねぎいちご薑荷しょうが独活うど、芋、百合、紫蘇しそ山椒さんしょ枸杞くこたぐい時に従つて皆厨房ちゅうぼうりょうとなすに足る。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
また時には零余子ぬかごを拾ったり、せりをつんだりする時もあるのである。そんな事にもあきた時には山麓まで行って田にある所の落穂を拾って穂組を造ったりするのである。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
僕はこのコペンハーゲンという都会も好きだけど、君の故郷のオーデンセという町も好きだね。君の生家の窓辺には、えぞねぎとオランダせりの植っている大きな箱が置いてあるよ。
聖アンデルセン (新字新仮名) / 小山清(著)
娘は小さなかごを手にしていた。林の向うの小川からせりを摘んで来た帰りなのだった。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
水瓜すいか冬瓜とうがんせり独活うどの如きは利水性にて小水を促す。妊婦の初期には禁ずべし。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
いよいよ酔漢の放言として、嘲笑されるくらいのところであろう。唐突に、雪溶けの小川が眼に浮ぶ。岸に、青々とせりが。あああ、私には言いたい事があるのだ。山々あったのである。
善蔵を思う (新字新仮名) / 太宰治(著)
藪では柑子こうじが珠をつづった。沼の氷が日に日に解け、せりがはっはっと芽を吹いた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さらに加役として支那せりと菊の華をあしらい、ついで餅と狸の肉を入れるのだ。
たぬき汁 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
あの阿闍梨あじゃりの所から、雪解ゆきげの水の中から摘んだといって、せりわらびを贈って来た。
源氏物語:48 椎が本 (新字新仮名) / 紫式部(著)
川床かわどこは岩や小石で、ところどころに深みをつくり、そこには柳や杉などが岸にしげり、また浅瀬あさせとなり、そこにはこまかい砂で、せりなどの水草がはえて、小さな魚がおよいでいました。
山の別荘の少年 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
こんなことを言って、せりの香のするかゆなぞを勧めてくれるのもこの細君だ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
御前おまえ川上、わしゃ川下で……」とせりを洗う門口かどぐちに、まゆをかくす手拭てぬぐいの重きを脱げば、「大文字だいもんじ」が見える。「松虫まつむし」も「鈴虫すずむし」も幾代いくよの春を苔蒸こけむして、うぐいすの鳴くべきやぶに、墓ばかりは残っている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
原稿の丁数を分ける為頁の間にせりの葉や田鴫の足が挟まっていた。
食魔に贈る (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
日輪寺は今の淺草公園の活動寫眞館の西で、昔は東南共にまちに面した角地面であつた。今は薪屋の横町の衝當つきあたりになつてゐる。寺内の墓地は半ば水に浸されて沮洳しよじよの地となり、を生じせりを生じてゐる。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
これきりにこみち尽きたりせりの中
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
葦茅あしかび萠えてせりきて
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
「オオ、もうそんなに青い菜が出ていますか、春だからなあ、せりも採れていますね、すず菜も、母子草も、ああ、み草ですね、おばあさん」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「飯も上出来だし魚の焼きかたもいいし、おまけにせりのしたしたあ驚いた、こいつあたいした驚きだ、かぶとをぬいだぜ」
泥棒と若殿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
花は兎に角、吾儕われら附近あたりは自然の食物には極めて貧しい処である。せり少々、嫁菜よめな少々、蒲公英たんぽぽ少々、野蒜のびる少々、ふきとうが唯三つ四つ、穫物えものは此れっきりであった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
中部以南の暖かい土地にもせりとかヨメナ・タンポポというような栽培せぬ野菜は今も存外多く、またヒユナやアカザの類の、特別の場合だけに食用とするものも若干ある。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
朝鮮古渡りの逸品いっぴんだけに、焼きのぐあいがしっとりとおちつき、上薬うわぐすりの流れは、水ぬるむ春の小川……せりの根をあらうそのせせらぎが聞こえるようだと申しましょうか、それとも
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
田圃たんぼとしての面白味を充分に持ち、その間を流れる田川の如きもせりやその他の水草が青々として滾々こんこんと水の湧き口などが幾つもへそのような面白い窪みをもくもくと湧き上げたものだが
さらに加役として支那せりと菊の華をあしらひ、次いで餅と狸の肉を入れるのだ。
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
余の郷里にては饂飩うどん椎茸しいたけせり胡蘿蔔にんじん、焼あなご、くずし(蒲鉾かまぼこ)など入れたるをシツポクといふ。これも支那伝来の意であらう。めん類は総て支那から来たものと見えて皆漢音を用ゐて居る。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そこここに咲きこぼれたるせりの花
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
古寺ふるでらやほうろく捨てるせりの中
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
うれひのせりの根を絶えて
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
その流れの水に屈み込んで、目笊めざるみ入れていたせりの根を洗っていたお人好しの率八が、木履のすそを見上げて声をかける。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その日も鹿といのししと山鳥に、しぎのつくね煮という献立てで、せり胡桃くるみの叩いたのを詰めた山鳥のあぶり焼きはうまかったが、鹿と猪には安宅も手が出なかった。
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
古寺ふるでらやほうろくすてせりの中
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
泥の手が、そのをつかんで、ずぼっと田から抜けて跳び上がった。足の甲には、田の泥をすくっているし、羅紗股引らしゃももひきや背中には、腐った稲やせりが取ッついていた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
汁椀の中には、せりの鮮やかなみどりを添えて、脂ののった、軟らかい鴨の肉が三片。
若き日の摂津守 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
『さっき、わしが台所へ渡しておいたせりのう。あれ、したし物か、胡麻ごまあえにして下さらんか』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……見ればお年寄が、せっかくまれた若菜やせりなどの種々くさぐさが後に散っているではないか。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
、西出丸の空地まで出て、懸命に摘みあつめて来たのです。——せり嫁菜よめなみつばなどを
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
せりんでいるのじゃがよ、この辺りにはたでばかりじゃい』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)