なか)” の例文
ところが慌てて福神漬の口の方を下にしたもんだから、おつゆがおなかの中へこぼれてぐぢやぐぢやなの。氣味が惡いつたらなかつたわ。
梅龍の話 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
しからず、親に苦労を掛ける。……そのくせ、他愛たわいのないもので、陽気がよくて、おなかがくちいと、うとうととなって居睡いねむりをする。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あのなあ、いつやあんた家い来て苦しがったわなあ、あの時ほんまにおなかの中に子供あったん?」「ああ、あの時のこと」いうて
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「キヤノンさん、先刻さつきから拝見してゐると、貴方はしきりと玉蜀黍をあがつていらつしやるやうですが、おなかに悪かありませんか。」
眼のすごい、口がおなかの辺についた、途方もない大きなふかが、矢のように追いかけてきて、そこいらの水を大風おおかぜのように動かします。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
妹と義妹が、一人の男を戀してしかも義妹はおなかが大きくなつてゐたのである。相手は彼も知つてゐる、教會に出入する青年であつた。
貝殻追放:016 女人崇拝 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
丁坊は餓死がしするか、さもなければこのへんの名物である白熊に頭からぱくりとやられて、向うのおなかをふとらせるか、どっちかであろう。
大空魔艦 (新字新仮名) / 海野十三(著)
にがい/\くすりでしたが、おなかいたときなぞにそれをむとすぐなほりました。おくすりはあんなたかやまつちなかにもしまつてあるのですね。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「Pのおじさん、どうもお待たせしました。さぞおなかがすいたでしょう。兄さん、御馳走を用意してください。食後にゆっくり話すから」
現場の写真 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
なかがいくらでもひろがるので食べるも/\一どに牛肉の千貫目やパンの千本ぐらいは、どこへ入ったかわからないくらいです。
ぶくぶく長々火の目小僧 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
「しんせつにしてやらないからですよ。鰹節かつぶしをたくさんかけてやれば、おなかがすいているのなら、べないことはありません。」
小ねこはなにを知ったか (新字新仮名) / 小川未明(著)
烏の新らしい少佐は、おなかいて山から出て来て、十九隻に囲まれて殺された、あの山烏を思ひ出して、あたらしい泪をこぼしました。
烏の北斗七星 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
お猫さんとお黒さんはそれから二時間もそこにがんばつてゐましたが、段々におなかがすいて来ました。のどもかわいてゐました。
お猫さん (新字旧仮名) / 村山籌子古川アヤ(著)
自分はちひさい時乳母うばから、或お姫様がどう云ふ間違からか絹針を一本おなかの中へ呑込んでしまつた。お医者様も薬もどうする事も出来ない。
海洋の旅 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
と云ふのは、おなかかした大きな少女等は、機會さへあれば、下級生をすかしたり脅したりして、彼等の分前わけまへを掠めたのだから。
もし母さんがおなかをすかしてれば、僕も、母さんの腹いっぱい食うんだ。自分の皿へ取るだけ、僕の皿へも、うんとつけてくれるからね。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
なかの大きかった猫が子を産んで、身も軽げに見えるという事実と、更衣をして自分の身も軽くなったという事実とを取合せたのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
なかが痛くなればいいと思ったり、頭痛がすればいいと思ったりしたけれども、その日に限って虫歯一本痛みもしないのです。
一房の葡萄 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
はとはおなかいてゐました。あさでした。羽蟲はむしを一つみつけるがはやいか、すぐ屋根やねからにはびをりて、それをつかまえました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
「私らの方では痛いという言葉が五つあります。例えばおなかが痛いときにはニガル、歯の痛いときにはハシルと申します……」
故郷七十年 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
なかっている者は、決して食物を選ばない。水に溺れている者は一筋の藁さえ掴もうとする。民弥の心は手頼たよりなかった。
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
先生、牛肉や鳥の肉は肉挽器械にくひききかいで細かくしたのを戴きますと口へ入ってぐ溶けるような気がしておなか心持こころもちが大層よろしゅうございます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
なかのなかで、ちやんと承知ができる。木原先生は、それになんだかだと理窟をつけなさる。そこが違ふ。一種の詭弁家だ、この先生は……。
ピカピカ光るおなかや、澄ましたつらした自動車を見ると、藤一郎の胸にはふんわりと訳のわからぬ感情が浮き上るのであった。
少年 (新字旧仮名) / 原民喜(著)
子供の方はお母さんのおなかの下へはいりこんで、そこからまんまるな眼をぱちぱちさせながら、あっちやこっちを見ながら歩いて行きました。
手袋を買いに (新字新仮名) / 新美南吉(著)
旦那だんな、またいらしったの。わたし一人のときにこんなところへいらしったりしちゃあ、みなに痛くもないおなかを探られて、わたし困るわよ」
宝石の序曲 (新字新仮名) / 松本泰(著)
少しおなかがふっくりとなって悪阻つわりの悩みに顔の少しおせになった宮のお美しさは、前よりも増したのではないかと見えた。
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
段々月日が立ちますと、お照は重二郎の養子に来る前に最う身重みおもになって居りますから、九月の月へ入って五月目いつゝきめで、おなかが大きく成ります。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
数年前の大杉と少しも違わない大杉であった。そのあとから児供こどもを抱いて大きなおなかの野枝さんと新聞の写真でお馴染なじみの魔子ちゃんがついて来た。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
だからかれが死ぬまで、智恵子の肉体がかれのおなかのうえにあって、かれの胃と腸をあたためていた。かれが死ななかったら智恵子も死なない。
我が愛する詩人の伝記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
『それは眞個ほんとう結構けつかうことだわ』とあいちやんは分別ふんべつありげにつて、『けど、それなら——それでもおなかかないかしら』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
したがっておなかも、地球上の人間のように、太いずんどうになっている必要はない。こういうふうに考えたあげく、火星人という生物を想像した。
体も精神も成長の慾望に溢れている少女達は、おなかいているのと一緒に精神の空腹にも曝されていると思われます。
美しく豊な生活へ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
文麻呂 お父さんはお酒を召し上らない代りに、甘いものとなると眼がないから、ちょっと油断をして食べ過ぎをなさるとすぐおなかをこわします。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
ひるには汽車の中でまずいサンドウイッチを少しばかり食べただけで、それでこの山の中まで登って来たのですから、随分おなかが空いているので
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
純金色じゆんきんしよく薔薇ばらの花、理想りさう寶函たからばこともいふべき純金色じゆんきんしよく薔薇ばらの花、おまへのおなかかぎをおくれ、僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
足は疲れるし、おなかは減るし、どこか人家がないものかと思って、なおも重たい足を引き擦って行きますと、その中に一面の唐黍畑もろこしばたけの中へ出ました。
(新字新仮名) / 久米正雄(著)
其の時はまだ午後の一時頃でしたが、愚助は少うしおなかがすいてゐましたので、早速大きなお茶碗ちやわんに山盛り三杯食べました。それを見て、お父様は
愚助大和尚 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
まず第一に赤ん坊がおなかのすいた様子をみせたときにあたえましょう。産まれて何時間目ぐらいという一般の標準もまたわれわれの育児の知識です。
おさなごを発見せよ (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
「おなかがすいとるのに、みな面白そうに笑ってからに、わたしばかりこんなことさせて——おごらんかったら怒る。」
それにしても、おなかのすき方はあまりひどいし、全くどうしていいやら分らないので、彼はまた大きな声で、その上たいへん悲しそうに唸りました。
三宿みしゅくの停留場に、しばらく私は電車に乗る人か何かのように立ってはいたけれど、おなかがすいてめがまいそうだった。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
そして、暫く、左の手でなかをもんでいたが、膝の前の、鎧通を取って、鞘を払った。人々が、時々、軽い咳をするだけで、何んの物音もしなかった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
松子さんは、ふだん丈夫で風邪をひいたこともありませんでしたが、梅雨あがりの暑い日のこと、夕方になつて、急におなかがいたいと云ひ出しました。
身代り (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
ものの利害はそんなところ相伴あいともな相償あいつぐなっているというものだ——と二人はおなかの中で思い合って歩いて居るのだ。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
家へ入ると、通し庭の壁際に据ゑた小形の竈の前に小くしやがんで、干菜でも煮るらしく、鍋の下を焚いてゐた母親が、『けえつたか。おなかつたべアな?』
足跡 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
もっと見てゆきたいが、なにしろみんなおなかがペコペコだった。とりあえず持参の折弁当を一同でくりひろげる。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……一月の十五日に大雪が降つたでせう、あの日に私途中でおなかいたくなつたから、ある人の家で休ませて貰つて、家へ使ひをやつて迎へに來て貰つたの。
孫だち (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
縹緻きりょうがよくって孝行こうこうで、そのうえ愛想あいそうならとりなしなら、どなたのにも笠森かさもり一、おなかいためたむすめめるわけじゃないが、あたしゃどんなにはなたかいか。……
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「さあ、おすしをいただいておなかができたから、もうひとかせぎして来ましょうか、ねエ女中さん」とうばの幾は宿の女を促し立てて、また蕨採りにかかりぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)