ねむ)” の例文
机を置いてこれに対し、浴衣に縮緬ちりめん扱帯しごきめて、ひじをつき、けざまの目をねむるがごとくなるは、謂うまでもなく鴨川であった。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
船が沈んで行くとき、わたくしはひどく気分が悪くなりましたので、無意識に今までより強く樽にしがみ付いて、目をねむつてゐました。
うづしほ (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
初は面白半分に目をねむって之にむかっているうちに、いつしかたましい藻脱もぬけて其中へ紛れ込んだように、恍惚うっとりとして暫く夢現ゆめうつつの境を迷っていると
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
博士は暫く長くなつてゐるうちに、午後から常にない感動を受けた頭に疲労を感じたので、飲みさしの烟草を棄てて目をねむつた。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
其事一わたり済むと、おのれはおのれで、眼を少しねむったようにし、口の中でかすかに何か念ずるようにしていたという。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
もし他人ひとに聞かれでもすると一層外聞ざまが悪い。此処は一つ観念の眼をねむって、長田の心で、なろうようにならして置くより他はないと思った。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
小さい目をしつかりねむつてゐる。そのぼやけた顔附が丸で酒に酔つておめでたくなつたといふやうな風に見えるのである。ゴロロボフは微笑んで答へた。
プラトンはソフアへ担がれて行きながら、「不朽です、不朽です」と、目をねむつて囁いでゐたが、ソフアの上に置かれる時、手で遮るやうな挙動をした。
板ばさみ (新字旧仮名) / オイゲン・チリコフ(著)
埃及エジプト御代みよしろし召す人の最後ぞ、かくありてこそと、チャーミオンは言い終って、倒れながらに目をねむ
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
往つたり返つたりしたのに草臥くたびれたらしく、主人は老人に暇を取らせた。家政の報告などは聞きたくないと云ふことを知らせるには、只目をねむつて頭をつたのである。
「どうだっていじゃないか。」病人は両手を頭の上で組合せて、目をねむって寐入ねいってしまった。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
恐々こわ/″\熊の脊中を撫でて見ますと、いかにも温順おとなしくジッとして居りますから、思い切って熊の脊中へしっかり取付き、一生懸命神々を念じながら目をねむって居りますと
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
先刻さっきから覚めてはいるけれど、尚お眼をねむったままでているのは、閉じた眶越まぶたごしにも日光ひのめ見透みすかされて、けば必ず眼を射られるをいとうからであるが、しかし考えてみれば
そこで目をねむつて考へると、直ぐに人類の楽園を造り出す事が出来る。さつき君がこゝから出て行つた跡で、僕は直ぐに発明に取り掛かつたが、午後の中に系統を三つ立てた。
人々は母上の目をねむらせ、その掌を合せたり。この掌の温きをば今まで我肩に覺えしものを。遺體をば、僧たち寺にき入れぬ。マリウチアは手に淺痍あさで負ひたる我を伴ひて、さきの酒店さかみせに歸りぬ。
しづかにねむゆふまぐれ、ややきし落葉樹おちばぎ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
己は目をねむって楽んでもいのだが。7800
木賃の枕に目をねむったら、なお歴然ありあり、とその人たちの、姿も見えるような気がするから、いっそよく念仏が申されようと考える。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そばている人のかおに掛けた白い物を取除とりのけたから、見ると、て居る人は父で、何だか目をねむっている。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
イヤあのばうさんに困つてるのだよ、店請たなうけがあつたんだけれど其店請そのたなうけ何所どつか逃亡かけおちをしてしまつたので、今にもアノばうさんにねむられると係合かゝりあひだと思つて誠にあんじてるのサ。
黄金餅 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
エロチックの方面の生活のまるでねむっている秀麿が、平和ではあっても陰気なこの家で、心から爽快そうかいを覚えるのは、この小さい小間使を見る時ばかりだと云っても好い位である。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
病人の寝台の側で目をねむらずに、長い沈黙のを過している。病人は大抵静かにしている。女は折々病人が寐た振りをして、こっちに安心をさせようと思うのではないかと疑った。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
受話器を鉤に掛けた時には、常のやうに椅子へかへることが出来ないで、重い荷をしよはせられて、力の抜けた人のやうに、椅子の上に倒れた。そして目をねむつて、長い間ぢつとしてゐた。
板ばさみ (新字旧仮名) / オイゲン・チリコフ(著)
そうして二分間ほどして魂魄こころの脱けたものゝように、小震いをさせながら、揺々ゆらゆらと、半分眼をねむった顔を上げて、それを此方に向けて、頬を擦り付けるようにして、ひとの口の近くまで自分の口を
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
靜かにねむる夕まぐれ、稍散り透きし落葉樹おちばぎ
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
片々の目をねむって
「ええ、縁起の悪い事を言わさる。……明日にも江戸へ帰って、可愛い孫娘の顔を見るまでは、死んでもなかなか目はねむらぬ。」
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
眼をねむって居ながらも時々細目に開いて、わざとムニャ/\と云いながら、足をバタァリと遣る次手ついでにグルリと寝転ねがえりを打ち、仰向あおむけに成って、横目でジイとお瀧の方へ見当を附けると
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
影になって居たから分らなかったのだろう、お糸さんはられた手をそっと離して、「貴方あなたは今夜は余程よっぽど如何どうかしてらッしゃるよ」と笑っていたが、私が何時迄経いつまでたっても眼をねむっているので
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「なにをするに及ぶものか。るがい。己もひどくがっかりした。これから寐なくちゃあならない。明りは消さずに置くのだよ。」こう云って男は目をねむって布団を口の隠れるようにかぶった。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
博士は手に本を持ちながら、頭を背後うしろ窓枠まどわくに寄せ掛けて目をねむつた。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
すると、お宮は、眼をねむった顔を口元だけ微笑みながら
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「毒には加減をしたけれど、私が先へ死にそうでな、幾たび目をばねむったやろ。やっとここまでこらえたえ。も一度顔を、と思うよって……」
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
言いかけて婦人おんなこうべを傾け、顔をななめに眼をねむりて手をその耳にあてたるが、「ね。」とばかり笑顔寂しく、うっとり眼を開きてわが顔をば見し。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
実は、と目をねむって切掛きっかけたが、からッきし二の太刀が続きません。酌をして下さい、と一口に飲んでまた飲んだ飲んだ。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(私はまだ起きる時間ではございません。)と背後うしろも向かず自若として目をねむった。その時も梓は顔の色を変えたのであるが、争うこともせず。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし何分なにぶん生胆いきぎもを取られるか、薬の中へ錬込ねりこまれさうで、こわさが先に立つて、片時も目をねむるわけにはかなかつた。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
いまは、ただお米さんと、間に千尺の雪を隔つるのみで、一人死を待つ、……むしろ目をねむるばかりになりました。
雪霊続記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どうにかしてくれないことはなかろうと思って、そのかわり、自分の思ってることはみんなうちあけて、いって、そうしちゃあ目をねむって尼様に暴れたんだね。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「看護婦に聞きました。ちょうど十日間ばかり、まるッきり人事不省で、驚きました。いつの間にか、もう、七月の中旬なかばだそうで。」とねむったままで云う。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いまは、たゞよねさんと、あひだ千尺せんじやくゆきへだつるのみで、一人ひとりつ、……むしねむるばかりにりました。
雪霊続記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
何不足のない、申分もうしぶんのない、目をねむれば直ぐにうとうとと夢を見ますような、この春の日中ひなかなんでございますがね、貴下あなた、これをどうお考えなさいますえ。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(何や、)と一ツ突慳貪つッけんどんに云ってにらみつけたが、低声こごえで、若いのが何か口上を云うのを、フーフーと鼻で呼吸いきをしながら、目をねむって、真仰向けに聞いたもんです。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
汝等うぬら一体節穴を盗んで来て鼻の両方へ御丁寧に並べてやあがるな。きょろきょろするない、こうにらむない、蛙になるぜえ、黙って目をねむって、耳の穴を開けて聞け。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
灯をつけるももどかしく、良人おっとの膳を、と思うにつけて、自分の気の弱いのが口惜くやしかったけれども、目をねむって、やがて嬰児ちのみを襟に包んだ胸をふくらかに、膳を据えた。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
驚破すわ、この時、われは目をねむりて、まっしぐらにその手元に衝入つきいりしが、膝を敷いて茫然たりき。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ちらりと姿が見えたが勝負で、わっしあ目をねむって、江戸児だ、お前さん何の用だ、と言いました。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
目をねむつて耳をすまして居ると、二重、三重、四重ぐらゐ、壁越かべごしに、ことの糸に風が渡つて揺れるやうな音で、ほそく、ひゆう/\と、おばあさん、今お前さんが言つてる其の糸車だ。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
自然おのずから気が映ってなったらしく、女の児と同一おなじように目をねむって、男の児に何かものを言いかけるにも、なお深く差俯向さしうつむいて、いささかも室の外をうかが気色けしきは無かったのである。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
百合 (じっとしばし)まさかと思うけれど、ねえ、坊や、大丈夫お帰んなさるわねえ。おおおお目ン目をねむって、うなずいて、まあ、可愛い。(と頬摺ほおずりし)坊やは、おつぱをおあがりよ。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)