いたみ)” の例文
し一方が余の見立通り老人は唯一突にていたみを感ずる間も無きうちに事切れたりと見定むるとも其一方が然らずと云わば何とせん
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
宮はやにはに蹶起はねおきて、立たんと為れば脚のいたみもろくも倒れて効無かひなきを、やうや這寄はひよりて貫一の脚に縋付すがりつき、声と涙とを争ひて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そのくるしみそのいたみ何とも形容することは出来ない。むしろ真の狂人となつてしまへば楽であらうと思ふけれどそれも出来ぬ。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
それがまたつけられるようで快い。今眼が覚めたかと思うと、また生体しょうたいを失う。繃帯をしてから傷のいたみも止んで、何とも云えぬ愉快こころよきに節々もゆるむよう。
死力をめたる細き拇指おやゆびに、左眼ゑぐられたる松島は、いたみに堪へ得ぬかほわづかもたげつ「——秘密——秘密に——名誉に関はる——早く医者を、内密に——」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
しかしこの私は学校を出て三十以上まで通り越せなかったのです。その苦痛は無論鈍痛どんつうではありましたが、年々歳々さいさい感ずるいたみには相違なかったのであります。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なほらざるとき全身ぜんしん冷水れいすゐそゝぎてそのいたみまつたりしゆゑに、其後そのご頭痛づつうおこごと全身ぜんしん冷水灌漑れいすゐくわんがいおこなひしが、つひ習慣しふくわんとなり、寒中かんちゆうにも冷水灌漑れいすゐくわんがいゆるをたり。
命の鍛錬 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
その日も何心なにごころなく一皿のうち少しばかり食べしがやがて二日目の暁方あけがた突然はらわたしぼらるるが如きいたみに目ざむるや、それよりは明放あけはなるるころまで幾度いくたびとなくかわやに走りき。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
怪我は両臂りょうひじを傷めたので骨にはさわらなかったがいたみが久しくまなかった。五郎作は十二月の末まで名倉へ通ったが、臂のしびれだけは跡にのこった。五十九歳の時の事である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
くすりるから……お美那みな其粉薬そのこぐすりしてんな……此薬これほかにないくすりだからな……血止ちどめにはくし、ぐにいたみるから、此薬これるから此方こつちへ足を出しな。
いたみおおきマリア様、どうぞおめぐみ深く、お顔をこちらへお向け遊ばして、わたくしの悩みを御覧なされて下さいまし」という句に始まる祈祷きとうは哀調にみちた美しい祈りであると思う。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
ああ神よじょし賜え、なんじは爾の子供をきずつけたり、彼はいたみのゆえに爾に近づくことあたわざりしなり、爾は彼が祈らざる故に彼を捨てざりしなり、な、彼が祈りし時にまさりて爾は彼を恵みたり
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
怪物ばけものに負けない禁厭まじないだ、とえいの針を顱鉄はちがねがわりに、手拭てぬぐいに畳込んで、うしろ顱巻はちまきなんぞして、非常ないきおいだったんですが、猪口ちょこかけの踏抜きで、いたみひどい、おたたりだ、と人におぶさって帰りました。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かみのべ腫物しゆもつの上に貼置はりおきけるに其亥刻頃よつごろより痛む事甚だしく曉方あけがたに成て自然しぜんつひうみの出る事夥多敷おびたゞしく暫時しばらく有ていたみわすれたる如くさりければ少しづつうごかし見るに是迄寢返ねがへりも自由に成ざりし足がひざ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
扨、先間便びんに差下候字はいたみなく相屆候哉、自然御披見被下候半。
遺牘 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
ひそやかないたみの種子をき、645
み渡る目のいたみを覚えて。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
いたみ知るささやきながら
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
あけいたみと、はたや
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
午後は体もぬくもり殊に今日はいたみもうすらぎたれば静かに俳句の選抜など余念なき折から、本所ほんじょの茶博士より一封の郵書来りぬ。ひらき見れば他のことばはなくて
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
で、いよいよ移居ひっこしを始めてこれに一朝ひとあさ全潰まるつぶれ。傷もいたんだが、何のそれしきの事にめげるものか。もう健康な時の心持はわすれたようで、全く憶出おもいだせず、何となくいたみなじんだ形だ。
恋という字の耳に響くとき、ギニヴィアの胸は、きりに刺されしいたみを受けて、すわやと躍り上る。耳の裏にはと音がして熱き血をす。アーサーは知らぬ顔である。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三右衛門はけるようないたみを頭と手とに覚えて、眩暈めまいきざして来た。それでも自分で自分を励まして、金部屋かねべやへ引き返して、何より先に金箱の錠前を改めた。なんの異状もない。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それ故段々いたみはげしくなり、したがって気分も悪くなり、ついにはどっと寝ました。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
妻の足のいたみたちまち下腹にうつりて、彼は得堪へず笑ふなりけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
恋愛のいたみしずむる妙薬。怨恨えんこんを激する昂奮剤。
火で焼くいたみが見たいのか。
余はいたみをこらへながら病床からつくづくと見て居る。痛い事も痛いが綺麗きれいな事も綺麗ぢや。(四月十五日)
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
沁み渡る目のいたみを覚えて。
この二、三日は右向になつての仕事が過ぎたためでもあるかようやく減じて居た局部のいたみがまた少し増して来たので、座敷へ移つてからは左向に寐て痛所をいたはつて居た。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)