独言ひとりごと)” の例文
旧字:獨言
おいら可厭いやだぜ。」と押殺した低声こごえ独言ひとりごとを云ったと思うと、ばさりと幕摺まくずれに、ふらついて、隅から蹌踉よろけ込んで見えなくなった。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
申上げてもうそだといっておしまいなさいましょう。(半ば独言ひとりごとのように、心配らしく。)ははあ、あの離座敷はなれざしきに隠れておったわい。
「本当に沈没したかな」独言ひとりごとが出る。気になって仕方がなかった。——同じように、ボロ船に乗っている自分達のことが頭にくる。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
つは彼れ如何に口重き証人にも其腹のうちに在るだけを充分吐尽はきつくさせる秘術を知ればお失望の様子も無くあたか独言ひとりごとを云う如き調子にて
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
大人がかたわらにいるうちは黙っているが、それでも独言ひとりごとや心の中の言葉が数を増して、感情のようやくこまやかになって行くのがよくわかる。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
こんなことを独言ひとりごとのやうに言つた。で、そこを出て、かれは用水縁ようすゐべりの路にその都人士らしい姿を見せつゝ寺の方へとやつて来た。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
「折角教わったお経だ。よく覚え込むまで、何度もやっておこう」と独言ひとりごとをいいながら「香炉や、花立や、花立や、香炉や……」
でたらめ経 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
私は得意になってあたりを見まわして、こう独言ひとりごとを言った。——「さあ、これで少なくとも今度だけはおれの骨折りも無駄むだじゃなかったぞ」
黒猫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
だれにいうともない独言ひとりごとながら、吉原よしわらへのともまで見事みごとにはねられた、版下彫はんしたぼりまつろうは、止度とめどなくはらそこえくりかえっているのであろう。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
やがて、これから晩まで何をして暮らそうかしらと独言ひとりごとのように云って、不意に思い出したごとく、たまはどうですと僕に聞いた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
心臓のしびれてしまう様な恐怖に、二人はおびえ切った目と目を見合わせて、黙り反っていたが、やがて姫が独言ひとりごとの様に呟く。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いつもひとりで黙っていて、人形や木片で一つ所にじっと音もたてず遊びながら、ぶつぶつくちびるを動かして何か独言ひとりごとを言っていた。
と、後は何かぶつぶつと口の中で独言ひとりごとをいうて、草藪の中を分けて行きます。二郎は悲しくなって、涙ぐんで黙って後についてまいりました。
迷い路 (新字新仮名) / 小川未明(著)
主膳はこんな独言ひとりごとを言っているうちに、立てつづけにあおりました。浴びるように飲みました。気がようやく荒くなりました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
とも独言ひとりごとしているのを見て、玉鬘の母であった人は、前に源氏の言ったとおりに、深く愛していた人らしいと女王は思った。
源氏物語:22 玉鬘 (新字新仮名) / 紫式部(著)
(突然活溌かっぱつになりて二三歩前の方へで、独言ひとりごと。)そのくせゆうべヘレエネと話しているうちにすぐにでもかき始められるように思ったのだが。
「なるほど独創は平凡じゃございませんわね」と独言ひとりごとのようにつぶやいてから、再びもとどおり冷酷な表情に返って、法水を見た。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
どう云う筋の近附きだろうかと、純一が心のうちに思うより先きに、大村が「妙な人に逢った」と、独言ひとりごとのようにつぶやいた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「茨城県磯崎に『ウルフ』の巣を見付け出したのは、何といっても驚嘆きょうたんすべきお手柄だ」草津大尉は、前方を注視しながら、独言ひとりごとのように云った。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
美奈子の心の大きな動揺を、夢にも知らない瑠璃子るりこ夫人は、その真白な腕首に喰い入っている時計を、チラリと見ながら独言ひとりごとのようにつぶやいた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
酒屋の御用を逐返おいかえしてから、おお、斯うしてもいられん、と独言ひとりごとを言って、机を持出して、生計くらしの足しの安翻訳を始める。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
友達の旆騎兵中尉は、「なに、色文いろぶみだろう」と、みずから慰めるように、跡で独言ひとりごとを言っていたが、色文なんぞではなかった。
くやしいにつけゆかしさ忍ばれ、方様かたさま早う帰って下されと独言ひとりごと口をるれば、利足りそくも払わず帰れとはよく云えた事と吠付ほえつかれ。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
馬鹿らしい独言ひとりごとを云って机の上にらばった原稿紙かみふるペンをながめて、誰か人が来て今の此の私の気持を仕末しまつをつけて呉れたらよかろうと思う。
秋風 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「往かなくったって好いよ、あんたは独言ひとりごとを云ってるから、それがほんとなら、今晩来た時に、そのかたから証拠になるものを貰っておきなさいよ」
岐阜提灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そんな独言ひとりごとを云っているうちにタッタ一人で真青に昂奮したらしい銀次は、緊張した態度でセカセカと身支度を初めた。
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
部屋へ帰って来て床を敷き乍らも叔母さんは独言ひとりごとのように云っている。「どうも変だよ、あの人はまるで、うしろ暗い事でも持っているようだ。」
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
独言ひとりごとのようにこう云いながらしかも帰るような風情ふぜいもなく市之丞はじっと立っている。それになよやかに寄り添いながら芳江は言葉もなく立っている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
やがてもう一度「ふーむ」といってそれから独言ひとりごとの様に「そうか、何ちゅうのー。」と不平らしく恨めし相に言った。
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
おげんの内部なかに居る二人の人が何時いつの間にか頭を持上げた。その二人の人が問答を始めた。一人が何か独言ひとりごとを言えば、今一人がそれに相槌あいづちを打った。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
独言ひとりごとのように呟きながら腰を延し延し立ち上って、長い眉毛の老いたる眼をしばたたきながら、凝乎じっと幼い主人の後姿を見守っている様子であった。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
主人のコゼツは、粉袋や粉挽機械の間をせっせと働きながら、いよいよ心をかたくなにして独言ひとりごとを言うのでした。
『何を言っても命あっての物種ものだねだ、』と大きな声で独言ひとりごとを初めた、『どうせ自分から死ぬるてエなアよくよくだろうが死んじまえば命がねえからなア。』
郊外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「気の毒だからな、これから遺骨を迎えに行くときいては見捨ててはおけない」と彼は独言ひとりごとを云った。すると
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
妹が出て行ってしまうと、ミンチン先生は、思わず大きな声で独言ひとりごとをいいながら、部屋の中を歩き廻りました。
「道理で、ひどく不味いと思ひました。」と、ビスマルクは独言ひとりごとのやうに言つて、英吉利生れの婦人をんなでも見るやうに、馬鹿にした眼つきでその酒壜を見た。
「今日は駄目だ。」と独言ひとりごと云つて、シャボンを手に湯へ出掛けたのは余程過ぎてである。外はもう暗かつた。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
席の隅の方に居た生徒が「そこが天才の偉いところだ」と、独言ひとりごとのやうにつぶやくところが書いてありました。
一人の無名作家 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし感じの鈍い單四嫂子も魂は返されぬものくらいのことは知っているから、この世で寶兒に逢うことは出来ぬものと諦めて、太息といきを洩らして独言ひとりごとをいった。
明日 (新字新仮名) / 魯迅(著)
馬車は停車場ていしゃじょうを離れた。学士は真面目まじめな顔をして、しばらく見送っていて、「気の毒だなあ」と独言ひとりごとを云った。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
もはや誰にも道を聞くまいぞと、かれは思うた。「誰も彼も、えらそうに見えたって、実は何一つわかってやしないんだな」と悟浄は独言ひとりごとを言いながら帰途についた。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
お幸は思はず独言ひとりごとをしました。其処には轡虫くつわむしが沢山いて居ました。前側は黒く続いた中村家の納屋で、あの向うが屋根より高く穂を上げたきびはたになつて居ます。
月夜 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
独言ひとりごとを言つて吃驚びつくりした様に立上ると、書院の方の庭にあるかきの樹で大きな油蝉あぶらぜみ暑苦あつくるしく啼き出した。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
「ろくな酒も飲まねえ癖に文句ばっかり言ってやがる。」と独言ひとりごとを言って、新吉はもとの座へ帰って来た。得意先の所思おもわくを気にする様子が不安そうな目の色に見えた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そのなかに芝居土用やすみのうち柏筵はくえん一蝶が引船の絵の小屏風を風入れするかたはらにて、人参にんじんをきざみながら此絵にむかしをおもひいだして独言ひとりごといひたるをしるしたる文に
一枚物では五番目の「黒鍵こっけん=変ト長調(作品一〇ノ五)」ではビクターのパハマンのが面白く、例の独言ひとりごとの入っているのまで物々しい妖気ようきき散らす(JF五五)。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
大藏はそっあとへ廻って、三尺の開戸ひらきどを見ますと、慌てゝ締めずにまいったから、戸がばた/\あおるが、外から締りは附けられませんから石をって置きまして、独言ひとりごと
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
何か余程気にかかることがあると見えて、時々思い出したようにブツブツと独言ひとりごとをいうかと思うと、急に立止って腕組をする。見るさえ気の重くなるようなようすである。
張氏は半分独言ひとりごとのように、いかにも残念そうに申します。妻君はいまいましそうに夫を見て
耳香水 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
姉に向つても姉さん/\となついて、何かしきりと独言ひとりごとを云ひながら洗面台の掃除をして居た。
お末の死 (新字旧仮名) / 有島武郎(著)