無情つれな)” の例文
「そうか、咲いたか。……今朝もほうきを持って掃いたに、気がつかなんだ。花も、武骨者の軒に咲いては、じょうなしよと、無情つれなかろうな」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此春より來慣れたる道なればにや、思はぬ方に迷ひ來しものかなと、無情つれなかりし人に通ひたる昔忍ばれて、築垣ついがきもとに我知らずたゝずみける。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
それあまりのおとりこし苦勞ぐらう岩木いわきなかにもおもひのなきかは無情つれなおほせのはづなしさて御戀人おんこひゞと杉原すぎはらさまとやおなんとぞ
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「ほんとうにですよ、今度いらっしゃって又無情つれなくされていらっしゃると又どんなにお歎きになるかそれを思うと私はたとえ様もないほど悲しいんです」
錦木 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
鼻は木石のように無情つれなく、まるでコルクみたいな奇妙な音をたててはテーブルの上へおっこちるのだった。
(新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
ロミオ 其樣そのやうまづしうあさましうくらしてゐても、おぬしぬるのがおそろしいか? うゑほゝに、逼迫ひっぱくに、侮辱ぶじょく貧窮ひんきうかゝってある。無情つれなこの浮世うきよ法度はっとはあっても、つゆおぬしためにはならぬ。
火を入れるところまで見届けて、焼場から帰つた後、丑松は弁護士や銀之助と火鉢を取囲とりまいて、扇屋の奥座敷で話した。無情つれない運命も、今は丑松の方へ向いて、すこし笑つて見せるやうに成つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
思ふにかの無情つれな男子をのこは君が色を愛して、君が心を愛せざりしなり。
さりげなき無情つれなさに晴れ渡りぬる。
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
菊枝 さても無情つれなの人々候ぞや。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
「ところが、その後は無情つれない。とんとふみの返辞もない。ひとつ御僧が参って、兼好流に小右京のかたくなを、説法してはくれまいか」
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無情つれなかりし妾をこそにくめ、可惜あたら武士ものゝふを世の外にして、樣を變へ給ふことの恨めしくも亦痛はしけれ。茲け給へ、思ひめし一念、聞き給はずとも言はではまじ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
わすれていだことばもなくよゝときしがおまへさまにそのやうな御覺悟おかくごさせますほどなら此苦勞このくらうはいたしませぬ御入來おいできは不審いぶかしけれど無情つれな御返事おへんじといふにもあらぬを
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そのため初めて人の無情つれなさをしみじみ身に知り申し候、まったく一途いちずに思いつめて心の知れぬ人のもとへ走り候ことはかえすがえすも私のあやま
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも世を捨てし其人は、命を懸けて己れを戀ひし瀧口時頼。世を捨てさせし其人は、可愛いとしとは思ひながらも世の關守せきもりに隔てられて無情つれなしと見せたる己れ横笛ならんとは。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
このやう取次とりつぎするなとさへおつしやりし無情つれなさ、これほどはぢをとこの、をめをめおやしきられねば、いとまたまはりて歸國きこくすべけれど、たま田舍ゐなかには兩親りやうしんもなく
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「その人前でなかったら、私こそお馬の脇へ、すがりついたかもしれません。だのに小殿は無情つれない。私は恨んでおりました」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さりとては無情つれなき仕打、會へば背き、言へば答へぬ意地惡るは、友達と思はずば口をくも要らぬ事と、少し癪にさはりて、摺れ違うても物言はぬ中はホンの表面うはべのいさゝ川
おのづと肩身せばまりて朝夕の挨拶も人の目色を見るやうなる情なき思ひもするを、其れをば思はで我が情婦こひの上ばかりを思ひつゞけ、無情つれなき人の心の底が夫れほどまでに戀しいか
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「おお、よく訪ねて来た。正成もいちど会いとう思っていた。さるを無情つれない兄と恨んでくれるな。おことら夫婦を、この地におくことは相ならぬのだ」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おのづと肩身せばまりて朝夕てうせき挨拶あいさつも人の目色を見るやうなる情なき思ひもするを、それをば思はで我が情婦こひの上ばかりを思ひつづけ、無情つれなき人の心の底がそれほどまでに恋しいか
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「半兵衛どのにも、度々のお訪ねに、無情つれなく門を閉じたまま、無礼を重ねたが、戦国のならい、お互い武門に生きる者のつらいところじゃ。……察しられよ」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おのづと肩身かたみせばまりて朝夕てうせき挨拶あいさつひと目色めいろるやうなるなさけなきおもひもするを、れをばおもはで情婦こひうへばかりをおもひつゞけ、無情つれなひとこゝろそこれほどまでにこひしいか
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「……ゆるせ。ゆるしてくれい。無情つれない者が、必ずしも、無情つれない者ではないぞ、其女そなたばかりが」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なん御覽ごらんじてなんとおうらみなさるべきにやぎしゆき邂逅かいごうふたつなき貞心ていしんうれしきぞとてホロリとしたまひしなみだかほいまさきのこるやうなりさりながらおもこゝろ幽冥ゆうめいさかひにまではつうずまじきにや無情つれなかなしく引止ひきとめられしいのち
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その後事を千浪にとくと頼んで併せて彼女に無情つれなかりし永年の罪も一言ひとこと詫びたい——と思った。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ゑがかぬもおなじこと御覽ごらんはずもあらねば萬一もしやのたのみもきぞかしわらはるゝからねどもおもそめ最初はじめより此願このねがかなはずは一しやう一人ひとりぐすこゝろきにおく月日つきひのほどにおもひこがれてねばよしいのちしも無情つれなくて如何いかるは
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「いや待て。——われにこそ無情つれないが、やはり関羽は真の大丈夫である。来ること明白、去ることも明白。まことに天下の義士らしい進退だ。——其方どもも、良い手本にせよ」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたくしが、世の常の白拍子しらびょうしのように、判官様へ無情つれなくあれば、年老いたあなたに、こんな艱苦かんくはおかけしないでもよいのに……私の婦道みさおのために……お母様までを、憂目うきめに追いやって
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「わしが迎えてやるまで、義父おやの花夜叉の許にいるがよい。無情つれないと、恨むか」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なぜ鎌倉殿が、あのように、源九郎様に無情つれないか。原因もとをよく考えてごらんなさい。——手前の観るところ、お二人のご性質は水と火です。元々合わないものでした。鎌倉殿は単に九郎様を
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)