もら)” の例文
彼女だって、僕と一緒になるなんぞ夢にも思わなかったろうし、結婚の夜の彼女が、「済まないわ……」と一言もらした言葉があった。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「男も、女も、どんなつまらない事でも聞きもらしちやならねえ。七平と懇意こんいなのや、七平に怨や恩のあるのは、とりわけ大事だよ」
雪吹にあひたる時は雪をほり身を其内にうづむれば雪暫時ざんじにつもり、雪中はかへつてあたゝかなる気味きみありてかつ気息いきもらし死をまぬがるゝ事あり。
ただ其折そのおり弟橘姫様おとたちばなひめさま御自身ごじしんくちづからもらされたとおむかしおもばなし——これはせめてその一端いったんなりとここでおつたえしてきたいとぞんじます。
この長兄は、要心深く戦争の批判を避けるのであったが、硫黄島が陥落した時には、「東条なんか八つ裂きにしてもあきたらない」ともらした。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
恋人の住む町と思えば、その名をいたずらに路傍の他人にもらすのが、心の秘密を探られるようで、唯わけもなく恐しくてならない。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あの手紙の中にある細田氏のことというのは実は須永さんの創作にして、且つ須永さん自身の体験の一部をもらしてあったのではないかと思うのです。
三角形の恐怖 (新字新仮名) / 海野十三(著)
而して相変らず医を業としつゝ、其熬々いらいらもらす為に「はまゆふ」なぞ云う文学雑誌を出したり、俳句に凝ったりして居た。曾て夏密柑を贈ってくれた。余は
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
しかしいくら試みても光った銀貨が落ちないのを知ると白痴ばかのようににったりと独笑ひとりわらいをもらしていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
もう、これからは浮気もすっかり納めて、いちずにこの若主人を守り通そうという心が、昨夜あたりからこっそり水ももらさない仕組みになりきってしまっているのです。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「ついさっき、ちょっと遊びに来たの。」と姉さんは澄まして言っていたが、後で木島さんは、うっかり、おとといの晩から来ているのだという事を僕たちにもらしてしまった。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
これから見ると富藏とみぞうばアさんなぞは五十八で身体が利かねえって、ヨボ/\して時々もらしますから、の人の事を思えば達者だ……是は汚いが茶碗は清潔きれいなのと取換えておくれよ
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
気質かたぎの父が時々瑠璃子を捕えて『男なりせば』の嘆をもらすのも無理ではなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ソフィヤ・リヴォヴナはその声の中にあざけるような調子のあるのをもらさなかった。何か辛辣しんらつなことを言ってやりたかったが、黙って我慢した。またもや忿怒ふんぬがむらむらといて来た。
天網恢々疎てんもうかいかいそにしてもらさず」なんて、あれはきっと昔からの為政者いせいしゃ達の宣伝に過ぎないので、或は人民共の迷信に過ぎないので、その実は、巧妙にやりさえすれば、どんな犯罪だって
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
脇屋わきやの罪にくらべて五十歩百歩でない、外交機密をもらした奴の方が余程の重罪なるに、その罪の重い方はうままぬかれて、何でもない親類に文通した者は首を取られたこそ気の毒ではないか
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
二人のまわりには大勢の学生たちが、狭い入口から両側の石段へ、しっきりなくあふれ出していた。俊助は苦笑くしょうもらしたまま、大井の言葉には答えないで、ずんずんその石段の一つを下りて行った。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼女は熱い吐息をボアの羽根毛のなかにもらした。彼女に何物かがうるんで見えた。何処どこかに生温い涙の匂ひをぐやうに思つた。明子は眼をつぶつてくびを縮め、ボアの羽根毛のなか深く顔を埋め込んだ。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
頬のあたりにかすかなるえみもらした。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
恋人の住む町と思へば、の名をいたづら路傍ろばうの他人にもらすのが、心の秘密を探られるやうで、たゞわけもなくおそろしくてならない。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ガラツ八が腹を立てたのも無理はありませんが、町内の衆が、浮世床で不平をもらしたのも理由わけのあることでした。
いずまた機会おりがありましたらあらためておもらしすることとして、ただあの走水はしりみずうみ御入水ごにゅうすいあそばされたおはなしだけは、うあってもはぶわけにはまいりますまい。
旱魃かんばつ饑饉ききんなしといい慣わしたのは水田の多い内地の事で、畑ばかりのK村なぞは雨の多い方はまだ仕やすいとしたものだが、その年の長雨には溜息をもらさない農民はなかった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
猶雪の奇談きだん他事たじ珎説ちんせつこゝにもらしたるもいとおほければ、生産せいさんいとまふたゝびへんつぐべし。
では、何故喜多公はその夜の行動を明らかに説明しなかったか? 土岐技手が其の夜国太郎にもらした言葉では、喜多公こと田中技手補はたしかにその頃は変電所に勤務中ではなかったのか? 
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
つもる思いのありたけを語りつくそうとあせれば、一時ひとしきり鳴くとどめた虫さえも今は二人が睦言むつごとを外へはもらさじとかばうがように庭一面に鳴きしきる。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
五人の中で悧口りこうな信太郎は、隙を見て土藏を脱出ぬけだしましたが、村右衞門におどかされた言葉が恐ろしくて祕密をもらす間もないうち、鑄掛屋いかけやの權次にさそひ出され
わたくしいまここでその全部ぜんぶをおもらしするわけにもまいりませんが、せめて現世げんせかた多少たしょう参考さんこうになりそうなところだけは、るべくれなくおつたえしたいとぞんじます。
猶雪の奇談きだん他事たじ珎説ちんせつこゝにもらしたるもいとおほければ、生産せいさんいとまふたゝびへんつぐべし。
種彦は半ば呑掛のみかけた湯呑ゆのみを下に置くと共に墨摺すみする暇ももどかしに筆をったがやがて小半時こはんときもたたぬうちに忽ち長大息ちょうたいそくもらしてそのまま筆を投捨ててしまった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
くはしく言ふとかうです。あの山之助が、黒雲五人男の素姓や名前を、あつしにもらしたでせう」
銭形平次捕物控:239 群盗 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
広重が描ける東都名所(横絵)の全部を蒐集しゅうしゅうしてあたかもゴンクウルが北斎歌麿に対せしが如く細大もらさずこれを説明せんことは今余の微力のよくする所ならず。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「それより、昨夜の和七と仙之助の足取りを調べて來い。時刻を訊きもらしちやならねえよ」
お常に惡い癖のあることを、庵崎數馬にもらしたのはあの内儀のお角だ。お常にして見れば、お角は憎いには憎いが、四十女を殺したところで張り合がないと思つたことだらう。
敵娼あいかたの女が店を張りにと下りて行ったすきうかがい薄暗い行燈あんどう火影ほかげしきり矢立やたての筆をみながら、折々は気味の悪い思出し笑いをもらしつつ一生懸命に何やら妙な文章を書きつづっていた。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
河岸の騒ぎ——、あわただしい人の足音を遠く聞いて、要次郎は苦笑をもらしました。
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
自分はなにも現時の社会に対して経世家的憤慨をもらさうとするのではない。
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
夫人のマリアは頑迷がんめいで虚栄心が強くて、芸術などには全く理解がなく、夫のハイドンをして「彼女にとって、夫が靴屋であろうと芸術家であろうと同じことだ」と嘆声たんせいもらさしめたが
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
思い掛けないこの空気の動揺は、さながら怪人の太い吐息をもらすがよう。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
死んでからまで芝居をしているのだ——と、後で係官の一人が不道徳な歎声をもらしたほど、それは惨憺たる魅惑というか、命がけの観物みものというか、比類を絶してすさまじい一カットでした。
今日こんにち浮世絵の研究は米国人フェノロサその他新進の鑑賞家出でて細大もらす処なく完了せられたるののちさかのぼつてゴンクウルの所論をうかがへば往々おうおう全豹ぜんぴょうを見ずして一斑いっぱん拘泥こうでいしたるのそしりを免れざるべし。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「お孃さん、昨日訊きもらしたことを、ほんの二つ三つ訊き度いんですが」
初めてあつと疲れの吐息といきもらすばかり。
黄昏の地中海 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「それでは一應納戸町へ歸すと致さうか。その代り此事を一言ももらしてはならぬぞ。その丸藥の祕密向う一ヶ月の間に解き、解き了つたら合圖をいたせ、早速迎ひの者を遣はすであらう、よいか」
ワーグナーがベルリオーズにったとき、思わず安心の吐息といきもらした。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
源吉はいくらか心持が解けた樣子で、苦い笑ひをもらします。
一言ももらしません。