)” の例文
それは如何いかにも智識階級だけのもので、あくまで雅潤な味をたのしむものではあっても、民族の間にはみこんでゆかないのである。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
今までの怖ろしかった心が、だんだんに消えて行って、水の肌にみ込む気持が何とも言えぬ清々すがすがしさになってゆくのでありました。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
真実の二人になり切ろうと全能で脈搏しているほど、そのつよい低声こごえが、武蔵の耳以上へとおっているか否かはわからなかった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と思うとたちまち想像が破れて、一陣の埃風ほこりかぜが過ぎると共に、実生活のごとく辛辣しんらつな、眼にむごとき葱のにおいが実際田中君の鼻を打った。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そのカークの言葉を身にむように聴きながら、座間はくらい海の滅入るような潮騒しおさいとともに、ひそかにむせびはじめていたのだ。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
何ももよかつたのです、その時は。清らかで健康で、どんなに外から水がみ込んで來ても汚ならしい水溜みづたまりにはならなかつたのです。
縦令たとい蔑ろにしたところが、実際に於て過去は私の中にみ透り、未来は私の現在を未知の世界に導いて行く。それをどうすることも出来ない。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
土にみ入るように降りしきって、軒端をつたうしずくのおとがそゞろに人を物思いに誘うと云う晩、織部正はよいの口から夫人の部屋に閉じ籠り
浮世の風をみ込ませようとする時に、最も陥り易い短所であるが、しかし之も見様に由れば、技術の洗煉されないせいで、もちように由っては
FARCE に就て (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ヨハンの云うことは、ここしばらく渡り鳥の生活をしている彼には、特につよく胸にみとおる語感でさみしく迫った。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
鳰鳥は心身疲労つかれ切っていた。汗が全身にみ通っていた。しかし精神はさわやかであった。肉身さながら仙となり、羽化登仙する思いがあった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
これは例の富本とみもと一件で、腹にみ込んでいることであるから、声の方の芸事は問題ではないが、声を出さない方の芸事ならば、師匠の申さるる通り
松住町まで行くと浅草下谷方面はまだ一面に燃えていて黒煙と焔の海である。煙が暑くむせっぽく眼にみて進めない。
震災日記より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それは太陽たいやう強烈きやうれつ光線くわうせんわたしひとみつたからではなかつた。反對はんたいに、ひかりやはらかにわたしむねつたのである……。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
自分の細君がすっかりけこんで、容色きりょうが落ちて、身体じゅう糠味噌ぬかみそにおいがみこんでしまってい、いっぽう自分の方はまだ若く、健康で、新鮮で
富籤 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
部屋部屋の柱がみ割れる音を聞きながら高瀬が読書でもする晩には、寒さが彼の骨までもとおった。お島はその側で、肌にあてて、子供を暖めた。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼はその光る身体で私の原稿紙の上に寝たものだから、油がずっと下までとおって私をずいぶんな目にわせた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その長い歴史は京都の言葉を作り、風俗を作り、習慣を作りました。それらは根強く京都人の血にみ込みました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そのうちに彼女はとうとう決心して、ピンでわたしの腕を軽く刺して、そこからみ出る血を吸いはじめました。
奪い取られた百二十両の惜しさが、身にみたものか、女隠居はこの時はじめてポロポロと涙をこぼしました。
断崖はかなりに高いので、ややもすれば真っ逆さまに落ちそうである。その上に湿しめりがちの岩石ばかりで、踏みしめるたびに水がみ出してすべりそうになる。
前夜のこと、………けるとすこしばかし溝をつたうクレオソートの臭いが鼻にみたが、築地河岸附近にあるダンシング・ホールで僕はその夜、踊っていた。
初めて東京へ来るとき、東京で流行はやらないような手縞の着物を残らず売り払って来てから、不断ふだん着せるものに不自由したことが、ひどく頭脳あたまみ込んでいた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
窓から眺める街路にはもう薄っすらとゆうべもやがかかって暮れかかる秋の模糊たる町々の景色は、あわただしい中にも妙に一抹のわびしさを私の胸にみ入らせていたが
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
殆ど無意識に頭を押えていた私の右手が、やはり無意識のまま前額部の生え際の処まで撫で卸して来ると、突然、背骨にみ渡るほどの痛みを感じたのは……。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
お雪は、ぞっとするほど碧く澄んだ天地の中に、ぼんやりとしてしまった。皮膚にまで碧緑あおさがみこんでくるように、全く、此処ここの海は、岸に近づいてもあい色だ。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
エルマン氏は、禿げ上つた前額ぜんがくみ出る汗を無雑作に手帛ハンカチで拭きとりながら、ぶつきらぼうに答へた。
テーブルも椅子いすもなかった。恐ろしく蒸し暑くて体中が悪い腫物しゅもつででもあるかのように、ジクジクと汗がみ出したが、何となくどこか寒いような気持があった。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
一郎は風が胸の底までみ込んだように思ってはあと強く息をきました。そして外へかけ出しました。
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
朝から驟雨性しゅううせいの雨がざあと降って来たり、ほそい雨が煙ったり、蛞蝓なめくじが縁に上り、井戸ぶちに黄なきのこえて、畳の上に居ても腹の底までみ通りそうな湿しめっぽい日。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
だんだんその落葉の量が増して行って、私のくつがその中に気味悪いくらい深く入るようになり、くさった葉の湿しめがその靴のなかまでみ込んで来そうに思えたので
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
このお題目を、但馬の周囲の連中は、なんかというと但馬から聞かされて、頭にみこませている。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
腰をかけてゐる下から石の冷たさがしりみて来るのが快よい時候だつた。礼助は擬ひアストラカンの冬帽を手に持つて、頭を太陽にさらした。時時かすかな風が髪の先を渡つた。
曠日 (新字旧仮名) / 佐佐木茂索(著)
咀嚼して消化こなれたそれは、逸作の心か体か知らないが、かく逸作の閑却された他の部分の空間にまでみて行く——つまり逸作が、かの女の自由な領土であるということだ。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかしその骨の髄までみ透るような貧困のどん底生活は、いろいろと彼にめげないたくましさを与えた。持ち味のおかしさにも、もっともっと本物の底力ある磨きをかけてくれた。
随筆 寄席囃子 (新字新仮名) / 正岡容(著)
鼻の頭に真珠を並べたようにみ出している汗までが、約束通りに、遺れられずにいた。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
たといそれが親しい者の死というごとき重大な瞬間でない場合でも、たとえば夕暮れ、遊び疲れてとぼとぼと家路をたどる時などに、心の底までってくるあの透明な悲哀。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
それに、舞台が私の故郷に近いので、いっそうその若い心が私の心にみとおって感じられるように思われた。日記を見てから、小林秀三君はもう単なる小林秀三君ではなかった。
『田舎教師』について (新字新仮名) / 田山花袋(著)
そればかりではない建物のほとんど一丁四方ほどは、道も雑草もみんな死灰にまみれ、それが日光の下でひどく匂っている、稀塩酸きえんさんを朽木にませたようにせっぽい酸い匂いだ。
蛮人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
主人公の顔貌かおだちが能面でもあるかのように上品すぎることと、その胆汁たんじゅうみだしたような黄色い皮膚と、そして三十女の婦人病を思わせるような眼隈めのくまくろずみぐらいなものであった。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
桜島の生活は、既に余生よせいに過ぎぬ。自然に手に力が入り、揃えた毛布を乱暴に積み重ねると、私は服を着け、洞窟を出て行った。午後の烈しい光線が、したたかに瞼にみわたった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
鞭打ちなどより、慄毛おぞげの立つような恐ろしい目に会ったりした。が、弥吉には、それが又不思議に、そうされるごとに、かえって児太郎の美しさをみ込むように体内に感じるのだった。
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
私の恋しているひとの身のまわりの雰囲気ふんいきに、私のにおいがみじんもみ込んでいないらしく、私は恥ずかしいという思いよりも、この世の中というものが、私の考えている世の中とは
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
喜「ムヽ、是は何うもひどいな、此奴ア、ムヽ、脳天迄みるような塩梅あんばいで」
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
人の眼や鼻やくちびるや皮膚のあらゆる毛穴から肉体の底までみ込む、生の流れよ、パンよりもなおいっそう生命には必要な光よ——北方の覆面をぬいでる純潔な燃えたった真裸のなんじを見る者は
それは彼に巻きつき、四肢を緊めつけしぼりあげ、その怖ろしい分泌物を彼の全身にみ込ませるのだった。彼は涙をぼろぼろこぼしながら、敵に投げつける呪詛の文句の合間あいま合間あいまに神に祈った。
骨の中までみて来る心持はなさいませぬか、(戦慄)何かの水が身体中からだじゅうを流れる——(胸を掴み苦悶しつつ)だんだん乳が、うみをもったはれもののように動悸どうきして、こんなに重くなって来ました
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
「何考へてなはる、んち。」と、言つた聲は、文吾の耳にみた。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「道を尋ねな」と日本語流にくだいたのも、既に当時の人の常識になっていたともおもうが、なかなかよい。この歌には前途の安心あんじんを望むが如くであって、実は悲哀の心の方が深くみこんでいる。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
やはらかに髪かきわけてふりそそぐ香料のごとみるゆめかも
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)