とどこお)” の例文
旧字:
「お前は勤めの身でないか。花代さえとどこおりなく貰って行ったら、誰も不足をいう者はあるまい。まだほかにむずかしいおきてでもあるか」
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
別荘の門を入る時には、雨はぱったり止んで、又まんまるい月が、けろりとした顔をして、とどこおりなく晴れた中空の風に吹かれていた。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
御当家の大命が、とどこおりなく、おすみになった後のお思召と申すなら格別、当座は、何ぞ、しるしだけの物で、よくはないかと心得まするが
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
間借の人の義務はとどこおりなく間代を払いたたみ焼焦やけこがしをしなければよいのである。間代を払っても古家の雨漏りは速急に直るものではない。
仮寐の夢 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
然し、万事は親戚や出入りの衆によって、何のとどこおりもなく運ばれ、愈々いよいよ四月のはじめに、自宅で式を挙げることになったのである。
血の盃 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
それがまたさいわいと、即座に話がまとまって、表向きの仲人なこうどこしらえるが早いか、その秋の中に婚礼もとどこおりなくすんでしまったのです。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
大家はその金でその男の簡単な葬式をしてやったばかりでなく自分のところのとどこおっていた家賃もみな取ってしまったという話であった。
のんきな患者 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
そのまにも試合は番組通りに開始されて、最初の十二番の槍術がとどこおりなく終ってから、呼びものの馬術にかかったのが丁度おひる
ある時外へ散歩に出て居りますと、何か喉の所に塊がとどこおって居るようであるから何心なく吐いて見ると血の塊を吐き出したです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「利子は今まででもとどこおりなくちょうだいしておりますから、利子さえ取れればい金なら、いつまででも御用立てて置きたいのですが……」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうなれば、自分一個人だけではなく、我々の住んでいる社会全体がいかにもなめらかにとどこおりなく愉快なものとなるであろう。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
「矢っ張り成績のお宜しい方は違いますわ。御就職にしても御縁談にしても、とどこおりなくお運びになるんでございますから」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ここにも、流るる水のごとくとどこおることなき清らかさと、軽さの美しさが、淡い哀感の中に、滲みでているのであります。
日本の美 (新字新仮名) / 中井正一(著)
……そうでしょう、下宿料が月の九つ以上もとどこおった処だから、みじめな女郎買じゃないけれども、油さしも来やしない。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その中でし得た者は白玉しろたまそこなうた者は黒玉くろだま、夫れから自分の読む領分を一寸ちょっとでもとどこおりなく立派に読んでしまったと云う者は白い三角を付ける。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ただそのために君は筆の先をとぎ僕はハサミを使い、そのときいささかのとどこおりもなく、僕も人を理解したと称します。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「本来無一物」とも説かれた。もとよりこの「無」は無にとどこおる無ではない。有無の二を超えた「無」である。この境に入らずば何ものも真実ではない。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それでもついに吉田よしだてゆきました。そして黒板こくばんこたえをきました。それはとどこおりなくできていたので、吉田よしだかおはなやいでうれしそうでありました。
残された日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
よく知っているよ、なア、黒助兄哥、お前さんのとっさんは御用金がかさんだ上、上納がとどこおって水牢みずろうで死んだはずだ。
袈裟けさ、むらさきの袈裟——高僧の読経どきょうの声に、香烟、咽ぶがごとくからんで、焼香はとどこおりなくすすんでゆく。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
以前にもわしが勘定のとどこおりに気を詰らせ、おずおず夜、遅く、このようにして度び度び言い訳に来ました。
家霊 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
えらい商売を始めたものやと思っているうちに、酒屋への支払いなどもとどこおり勝ちになり、結局、やめるにかずと、その旨柳吉に言うと、柳吉は即座そくざに同意した。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
長年ながねんの顔があるところから、暫くは無理がいたけれども、坪十五銭の地代が二年近くもとどこおつて、百二三十円にもなつてゐるのは、どうにも返済の見込みが立たない。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「御別家様、まず以てとどこおりなく運びましておめでとう存じまする。御結納ごゆいのうはこの暮のうちに日をえらんでお取交とりかわしなさいますように。お婚礼は来春になりまして花々しく」
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
パリのガール・デュ・ノールでは誰だか知らない人が書式へいい加減のことを書いてくれてそれで万事がとどこおりなくすんだのであった。到る処の青山に春風が吹いていた。
チューインガム (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
生命はとどこおるところなく流動する。創造の華が枯木にも咲くのである。藤原南家の郎女いらつめ藕糸はすいとつむいで織った曼陀羅まんだらから光明が泉のようにきあがると見られる暁が来る。
歌は、天平の寧楽ならの都の繁栄を讃美したもので、直線的に云い下してごうとどこおるところが無い。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
声音こわねも変えなければいけますまい。……木声もくせいは高く清らかく、火声はこがれてうるおいなく、土声は重く且つ沈み、金声は響鐘ひびきがねの如く、水声は円くとどこおりなく、これを五音と申します。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
勧修寺かんじゅじに隠れていた成法已講じょうほういこうが探し出されて、御斎会の儀はとどこおりなく済んだのであった。
「不幸ちゅうのさいわいには、すでに奉納のお役はとどこおりなく終ったあとでございました」
日本婦道記:箭竹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
将軍家の、オランダ人御覧が昨日とどこおりなく終ったので、カピタンを初め、二人の書記役シキリイバ、大小の通辞たちも、みなのびのびとした気持になっていたので、会談がいつになく賑わった。
蘭学事始 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
でも、今度はとどこおりなく江戸下りが出来まして、お目にかかられ、かように嬉しいことはござりませぬ。それに、ただ今道すがら、八幡さまにおまいりいたしますと、孤軒老師にはからず御対面。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
よほど大きな破風はふの窓を開いて風通しをつけないと、家のなかのしめった空気が上にとどこおって、屋根のいたみが早いだけでなく、炉の煙をじかにあてていぶして、防腐をすることもできなくなる。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
月謝のとどこおりが原因だったから、復籍するに造作ぞうさはなかったが、私は考えた
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そこで権兵衛はじぶんの代理として、総之丞に二三の下僚をつけて高知へやり、己は普請役所に留まっていると、十日ばかりして下僚の一人が引返して来て、藩庁の報告はとどこおりなく終ったと云った。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それはさて置き、当日の葬儀は、極めて盛大にとどこおりなく行われて行った。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
下宿げしゅくから通学していたとき、友人ぼうが九州の親もとより来る学資金がおくれたために寄宿料、食料、月謝の支払いにとどこおりが起こり大いに当惑とうわくせるを見、僕は彼を自分の下宿につれて来たことがある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
職工たちの俸給はそれから二日遅れただけで、とどこおりなく渡された。
オンチ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
また今更いまさらかんがえれば旅行りょこうりて、無惨々々むざむざあたら千えんつかてたのはいかにも残念ざんねん酒店さかやには麦酒ビールはらいが三十二えんとどこおる、家賃やちんとてもそのとおり、ダリュシカはひそか古服ふるふくやら、書物しょもつなどをっている。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
達人は 玄言げんげんとどこおらんや。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
観主かんず観主かんず院司いんじもおらんか。勅使は早や渭河いがの河口へお着きになるぞ。なぜ出迎えん。一山の用意はとどこおりなかろうな」——と。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
敬太郎は先刻さっき自分の報告がとどこおりなく済んだ証拠しょうこに、御苦労さまと云う謝辞さえ受けたあとで、こう難問が続発しようとはごうも思いがけなかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とどこおらないもの、常に自分自身からぬけだして発展していくものを、彼らは、「うるわしきもの」とよんだのであった。
日本の美 (新字新仮名) / 中井正一(著)
「一寸伺いますが、アノ、アノ、田村と云う女のお墓で御在ますが、アノ、それはこちらのお寺で御在ましょうか。」と道子はとどこおり勝ちにきいて見た。
吾妻橋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
こういう言葉を聞くというのは、途中とどこおりなく目的地へ到達し得るというおめでたい縁起になったかも知れない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
菊五郎自身もどうにかとどこおりなく舞台に出ているというだけのことで、ふだんの活気はまったく見られなかった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
下宿の払いがとどこおり滞りして、「もう、どうも。」と云う所まで来た時、持ち物をすべて取り上げられてそこを突き出されるのを彼はこばむ訳にはゆかなかった。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
冬の日は分けて短いが、まだ雪洞ぼんぼりの入らない、日暮方ひくれがたと云ふのに、とどこおりなく式が果てた。多日しばらく精進潔斎しょうじんけっさいである。世話に云ふ精進落しょうじんおちで、其辺そのへんは人情に変りはない。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
長年ながねんの顔があるところから、しばらくは無理がいたけれども、つぼ十五銭の地代が二年近くもとどこおつて、百二三十円にもなつてゐるのは、どうにも返済の見込みが立たない。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
百蔵も江戸へ出て小商こあきないでもして堅気になると言い、七兵衛もそれを賛成したのに、まだこの辺にとどこおっていて、ついにこんなだいそれたことをやり出すようになったのか
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)