気魄きはく)” の例文
旧字:氣魄
あか染みた、こわい無精髭が顔中を覆い包んでいるが、鼻筋の正しい、どこか憔悴やつれたような中にも、りんとした気魄きはくほの見えているのだ。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それに参入した作者の気魄きはくと相融合して読者に迫って来るのであるが、如是荘大雄厳の歌詞というものは、遂に後代には跡を断った。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
氏は用語に於いて、子規よりも内律を重んじた先師左千夫の気質をいで、更に古語によらなければ表されない程の気魄きはくを持って居る。
歌の円寂する時 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
夫婦めおと岩、蓬莱ほうらい岩、岩戸不動滝、垂釣潭すいちょうたん、宝船、重ね岩、宝塔とう等等の名はまたあらずもがな、真の気魄きはくはただに天崖より必逼ひつひつする。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
二三十秒の現状を維持するに、彼等がどれほどの気魄きはく消耗しょうこうせねばならぬかを思うとき、る人は始めて残酷の感を起すだろう。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何よりも黄山谷の書は内にこもった中心からの気魄きはくに満ちていて、しかもそれが変な見てくれになっていない。強引さがない。
黄山谷について (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
それだけかれは不屈不撓ふくつふとう気魄きはくをもっているのだが、ときとして負けるのがいやさにずいぶん卑劣ひれつ手段しゅだんを用うることがある。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
自分さえよければ人はどうでもいい、百姓や町人はどうなってもいい、そんな学問のどこに熱烈峻厳しゅんげんな革新の気魄きはくが求められましょうか——
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼の気魄きはくに励まされて、一戦の決意はすぐ一致した。とはいえ、この土塀ひとえの妙覚寺では防ぐよしもない。すぐ間近には二条城がある。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時好に投ずることのみを目的としている作者は別として、少しでも気魄きはくのある作者なら、この危険には存外おちいりやすい。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一人でも多く番士をたおしたほうがいいから、源助町の剣をひっぱずして、長駆ちょうく、番士の群へ殺到すると、その気魄きはくの強さにおそれを抱いたものか
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
予は和蘭ヲランダ派のリユウバンスについその気魄きはくと精力の偉大、その技巧の自由を驚歎しながら、何となく官臭とも云ふべき厭味いやみのあるのに服しなかつたが
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
かようにして志と気魄きはくとのある青年は、ややもすれば甘いものしか好むことを知らない娘たちに、どんな青年が真に愛するに価するかを啓蒙して
学生と生活:――恋愛―― (新字新仮名) / 倉田百三(著)
私が訊いたのは何も背丈せたけのことばかりではない。西洋人にして角逐かくちく出来る体力や気魄きはくついて探りを入れたのである。
巴里のむす子へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
二十八九、せいぜい三十くらい、若いにしては分別者らしい男で、浅黒い引緊ひきしまった顔にも、キリリと結んだ口にも、やり手らしい気魄きはくがあります。
細いすねに黒いゲートルをき、ひょろひょろの胴と細長い面は、何か危かしい印象をあたえるのだが、それをささえようとする気魄きはくも備わっていた。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
森厳たる必死の気魄きはくがイエスの五体から発して、ガリラヤよりお伴して来た婦人たちを始め、道連れの旅人まで、何かしら怖ろしい予感に打たれ
憎みは憎み、愛は愛、人の危急を見ては捨ておけぬ江戸まえの気魄きはくを小者は小者並みに持っていたものでしたから、けたたましく怒号いたしました。
そして、すべてが気魄きはくかんぜられると、どうしてこんなにおどりが上手じょうずだろうかと不思議ふしぎでならなかったのでした。
ある冬の晩のこと (新字新仮名) / 小川未明(著)
現代とても在来の経典をもって満足し、更に一歩を進めて真理の追窮ついきゅうに当ろうとする、気魄きはくのとぼしき者は多いであろう。それ等に対してわれ等は頓着とんじゃくせぬ。
そして始めて女体を知った道鏡の肉慾も淫縦いんじゅうだった。二人は遊びに飽きなかった。けれども凜冽りんれつな魂の気魄きはくと気品の高雅が、いつも道鏡をびっくりさせた。
道鏡 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
この地にてなしあたわずんばさらにかの地に行くというような、いわば天下を家として随所に青山あるを信ずる北海人の気魄きはくを、双手もろてを挙げて讃美する者である。
初めて見たる小樽 (新字新仮名) / 石川啄木(著)
どうしても自分の全生涯をとして運動をやろうという気魄きはくも持たず、しかも他方私の組織的な仕事はまでも守ってゆかなければならぬドタン場に来ている以上
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
政変前はアグラムの有名なニーシュ百貨店の総支配人をしてゐたといふことだが、そんな出身とはちよつと受取れぬほどの、見るからに精悍せいかん気魄きはくと武人型の峻厳しゅんげんさが
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
さればこれらの心なき芸術家によりて新に興さるる新しき文学、新しき劇、新しき絵画、新しき音楽が如何にも皮相的にして精神気魄きはくに乏しきはむしろ当然の話である。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
去年のチイムにくらべて、ことしのチイムは、その気魄きはくに於ても、技術に於ても、がた落ちだ。これでは、今学期中に、よそと試合できるようになるかどうか、疑問である。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
鋼鉄のような弾性と剛性を備えた肉体全体に精悍せいかんはやぶさのような気魄きはくのひらめきが見える。
映画雑感(Ⅲ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
一と口にいえば、恋愛の天才家といったような気魄きはくちた、魅力のある眼つきである。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
大口屋暁雨ぎょうう侠気きょうきと、男達おとこだて釣鐘庄兵衛の鋭い気魄きはくを持って生れながら、身分ちがいの故に腹を切るという、その頃では、まだ濃厚に残っていた差別待遇をふうした作を残している。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そして此等の者の報告によって、至って危い中から至って安らかな道を発見して、精神気魄きはくの充ち満ちた力足を踏みながら、忠三郎氏郷はかぶとの銀のなまずを悠然とおよがせたのだろう。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
よいものを描くには、さまざまな研究をしなくてはならないことはいうまでもございませんが、一番に必要なのは「信念」というか一つの「気魄きはく」であろうと私は思っております。
その気魄きはくのけ高さが、当時のことばでいうたけ高しを文字通りあらわしているものであり、定家が最高の姿として『毎月抄まいげつしょう』の中に述べた秀逸の体を、巧まずして得られたものである。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
それほど、ゴオルでは、へたばっていながらも、気魄きはくでは、敵を追っていたらしい。四艇身ていしん半の開きも、わずかにみえるほど、日本人の気魄は、彼等を追いめていたのでしょうか。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
故意と声を立てて大きな欠伸あくびを連発していたが、それでも白浪を蹴って進む林技師の雄弁丸が、どうしてもSOSの長短波に感じないので、とうとう精も気魄きはくも尽き果てたらしく
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そして、その間にかれが示した気魄きはくと機知と、明徹めいてつな論理と、そして自然のユーモアとは、異変に眩惑げんわくされていた塾生たちを常態に引きもどすのに大きな役割を果たしたのである。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
雁の姿態は一羽一羽変化の妙を極めているが、放胆な気魄きはくを以て、その複雑さを貫通している。二階には大きな波のうねりを見せ、波の上を鶴がのどかに舞っている。襖四枚である。
左様さよう——そなたの人相、気魄きはくをうかがうに、一かたならぬ望みを持つものと観た——と、いうても驚くことはない——わしは、自体他人の運命さだめうらのうて、生業なりわいを立てるもの——何も
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
しかも高い気魄きはくのこもっているところは正宗の作に相違ないと思う、そうくり返して云って、ともかく自分の手で研いでみたいから預かってゆくということで、一座はしんとしてしまうし
末っ子 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それに代って、駐仏日本大使館付武官ちゅうふつにっぽんたいしかんづきぶかん福士大尉ふくしたいい烈々れつれつたる気魄きはくが蘇って来た。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
これに依って、戦国女性の気魄きはくも分るが陣中に女を伴っていたことも分る。
大阪夏之陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
日本を代表しての古今独歩とはし難い……日本を代表する以上は、そのすべてが日本化されて、そうして独自の境に立って、天下を睥睨へいげいするという渾成こんせいと、気魄きはくが無ければならないのです。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
すなわち明治政府において外国のかねを借り、またその人をやとうて鉄道海軍の事を計画けいかくしたるとごうことなるところなし。小栗は幕末に生れたりといえども、その精神せいしん気魄きはく純然たる当年の三河武士みかわぶしなり。
悟空の戦いぶりが、その真剣な気魄きはくにもかかわらず、どこか遊戯ゆうげの趣を備えているのは、このためであろうか。人はよく「死ぬ覚悟で」などというが、悟空という男はけっして死ぬ覚悟なんかしない。
野呂も孫の気魄きはくに圧倒されたのか、若干あおざめていました。孫は入って来た時と同じように、全然跫音を立てず、スイスイと庭を出て行きました。跫音を立てないのも、修練のひとつなのでしょう。
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
雅楽頭は、俗に思案顔という気魄きはくうすげな面持で
無惨やな (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
六双ろくそうの屏風に描く気魄きはくかな
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
この様に考えて来ると、信頼出来る様に見えた古人の気魄きはく再現の努力も、一般の歌人には、不易性をそなえぬ流行として過ぎ去りそうである。
歌の円寂する時 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
そしてそれに対して反省せんとする気魄きはくは、そのころの家持にはもう衰えていたのであっただろうか。私はまだそうは思わない。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
木剣の冷たい肌を頬に当てると、幼年のころ、寒稽古かんげいこゆかで、父の無二斎むにさいからうけた烈しい気魄きはくが、血のなかによみがえってくる。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この物質的に何らの功能もない述作的労力のうちには彼の生命がある。彼の気魄きはく滴々てきてき墨汁ぼくじゅうと化して、一字一画に満腔まんこうの精神が飛動している。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)