日永ひなが)” の例文
日永ひながの頃ゆえ、まだくれかかるまでもないが、やがて五時も過ぎた。場所は院線電車の万世橋まんせいばしの停車じょうの、あの高い待合所であった。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見ると日はもうかたぶきかけている。初夏しょか日永ひながの頃だから、日差ひざしから判断して見ると、まだ四時過ぎ、おそらく五時にはなるまい。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
がまた日の短い頂上の冬至を過ぎると今度は反対に少しずつ延びてきていよいよ春にはいったとなるとよほどもう日永ひながの心持がしてきます。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
髪床の上りがまちに大胡坐をかいて、鳶の若い者や老舗の隠居を相手に、日永ひなが一日将棋を囲みながら四方山よもやまの座談を交すのが藤吉の日課であった。
稲葉山城の白壁にも、日永ひながの陽があたっている。惰気だき倦怠けんたい陽炎かげろうが、そこの白壁にも見てとれる。そんな日に、絶頂の山城やまじろふもとから仰ぐと
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
非常ひじやう甘味うま菓子くわし舌皷したつゞみちつゝ、や十五ふんすぎたとおもころ時計とけい午後ごご六時ろくじほうじて、日永ひながの五ぐわつそらも、夕陽ゆふひ西山せいざんうすつくやうになつた。
其の頃の觀察や解剖は今から考へると生活ライフのスタヂイではなくて、長閑のどか日永ひながのアミユウズメントだと云つてもよい。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
うららかなはる日永ひながを、あなからひだした田螺たにしがたんぼで晝寢ひるねをしてゐました。それをからすがみつけてやつてました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
一、長閑のどかあたたかうららか日永ひながおぼろは春季と定め、短夜みじかよすずしあつしは夏季と定め、ひややかすさまじ朝寒あささむ夜寒よさむ坐寒そぞろさむ漸寒ややさむ肌寒はださむしむ夜長よながは秋季と定め、さむし、つめたしは冬季と定む。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
いつでも心細い山荘住まいのうちにも、春の日永ひながの退屈さから催される物思いは二人の女王から離れなかった。いよいよ完成された美は父宮のお心にかえって悲哀をもたらした。
源氏物語:48 椎が本 (新字新仮名) / 紫式部(著)
答 風流と云ふ事をどう解釈するかは、文人墨客ぶんじんぼくかくの風流は、先づ日永ひながの遊戯である。南画南画と云ふけれど、二三の天才をのぞいたほかは、大部分下らないものと云つて差支さしつかへない。
東西問答 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
さもなくとも色事にだけは日本一おしの強い腰抜け侍に腑抜ふぬけ町人。春の日永ひながの淀川づたいを十何里が間。右に左にノラリクラリと、どんな文句を唄うて、どんな三味線をあしろうて行ったやら。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
立出たちいで江戸馬喰町熊谷屋利八方へとまこみしが日永ひながの頃なれば退屈たいくつなりとて直八は兩國淺草又は上野うへの山下邊やましたへんなど見物なし廣小路ひろこうぢへ出で五條の天神まへへ來りし所に天道干てんだうぼし道具屋だうぐやに二尺五寸程の脇差わきざしありしが何やら見覺えのある品ゆゑ直八は立止たちとゞまり此脇差を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
奈良は日永ひなが
青い眼の人形 (新字新仮名) / 野口雨情(著)
春の日永ひなが
歌時計:童謡集 (旧字旧仮名) / 水谷まさる(著)
やがて日永ひながの窓に赤くなった耳朶みみたぶのあたりを、平手ひらてで支えて、右のひじを針箱の上に、取り広げたる縫物の下で、隠れたひざを斜めにくずした。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
見張りの衛兵は、春の日永ひながを、あくびしていたが、ふと幽楼ゆうろうの上から、哀しげなうたの声が聞えてきたので、聞くともなく耳を澄ましていると
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
源氏が熱心に言うので、大輔の命婦は迷惑になりそうなのを恐れながら、御所も御用のひまな時であったから、春の日永ひながに退出をした。父の大輔は宮邸には住んでいないのである。
源氏物語:06 末摘花 (新字新仮名) / 紫式部(著)
時候は立春、暮春ぼしゅん余寒よかんあたたかうらら長閑のどか日永ひながの類をいふ。人事は初午はつうま二日灸ふつかきゅう涅槃会ねはんえ畑打はたうち雛祭ひなまつり汐干狩しおひがりの類をいふ。天文は春雪、雪解、春月、春雨、霞、陽炎かげろうの類をいふ。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
それから談話はなしにはまた一段いちだんはないて、日永ひながの五ぐわつそらもいつか夕陽ゆうひなゝめすやうにあつたので、わたくし一先ひとま暇乞いとまごひせんとをりて『いづれ今夜こんや弦月丸げんげつまるにて——。』とちかけると
殊に昼舟と断ったのは、朝でもなく夕方でもなく——勿論夜でもなく——春の日永ひながの頃の、しかも真昼中まひるなかであるというところに、一層ゆったりしたような心持を含ませたものであろう。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それまでも、何かそれらしい音はしたが、極めて散漫で、何の声ともまとまらない。村々のしとみ、柱、戸障子としょうじ、勝手道具などが、日永ひながに退屈して、のびを打ち、欠伸あくびをする気勢けはいかと思った。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
キキキ、キッ、とわだちの音がどこからかしてくる。見ると、日永ひなが遊山ゆさんに飽いたような牛が、一台のくるまを曳いてのろのろと日野の里を横に過ぎて行く。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夏の日永ひながのだるい時などは、絶息したまま五分も道場に死んでいて、それからかつを入れさせると、生れ代るような好い気分になる——ただし人の話だが。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
即ちよいあかつきとの場合が多い。なお筆のついでであるからちょっとここでいって置きたいのは、日永ひながが春で、短夜が夏で、夜長よながが秋で、短日みじかびが冬であるのは、理窟からいったら合わぬ話になる。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
近所も近所、すぐ壁隣かべとなりの家で、いつのまにかそんな運びが出来ていようとは、ゆめにも知らない武大ぶだだった。春は日永ひながになり、武大の帰りもだんだん遅くなっている。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
初期の浮世絵師が日永ひながにまかせて丹青の筆をこめたような、お国歌舞伎かぶきの図を描いた二枚折りの屏風が立て廻されてあって、床には、細仕立ほそじたて乾山けんざんの水墨物と香炉には冷ややかな薫烟くんえん
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
熱海あたみへ行った釘勘の返辞を待っている約束で、根岸へ帰った後、しばらくおとなしくしておりましたが、春かんとする呉竹くれたけの里に、歌をよむでなく詩を作るでもなく、無為むい日永ひながを歎じていますと
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)