あえ)” の例文
切角せっかくの甲賀氏の作がその洗練されていないユーモアのために安手に感じられるということは如何にも残念です。あえて苦言を呈します。
で、作品として出来上った所の其作品が、何かの教訓を読者に与えるなれば、あえて作家の辞する所でない。一向差支さしつかえないのである。
予の描かんと欲する作品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これ実に祭司長が述べんと欲するものの中の糟粕そうはくである。これをしも、祭司次長が諸君に告げんとほっして、あえとがめらるべきでない。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
それであえて恋とか愛とかそんなものでなく、たゞ頼母たのもしい男性の友だちというものを得られたらわたくしはどんなに嬉しいでしょう。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
……御曹子、それでもなお、あなたはって、もう一度、生ける人にひき戻して、あえないお苦しみをそのお方にかけたいと思いますか
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朝鮮一条(一八七一年米国艦隊の江華こうか島事件)の関係をひそかに探索するに、此国(アメリカ)の政府あえて再びこれを討伐するの論なし。
黒田清隆の方針 (新字新仮名) / 服部之総(著)
僕は何故なにゆえにお稲荷さんが、特に女中をしていたお梅さんを抜擢ばってきしたかということまで、神慮に立ち入って究めることはあえてしない。
独身 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
折返して「そういうことならあえて反対もできまい。無いそでは振られぬというからね」と応じ、あっさり見放してしまったのである。
竜之助はあえて兵馬を怖れて逃げ隠れているのではない。兵馬は目の先に近づいて、それでどうもやいばを合せることができないのです。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それに対して抵抗し反撥することはむずかしかった。理不尽に陥ってまでもそれをあえてすることはないとかれは思っていたからである。
しかもあえてこのような文章を書くのは、老大家やその亜流の作品を罵倒する目的ではなく、むしろ、それらの作品を取り巻く文壇の輿論よろん
可能性の文学 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
私にとってナオミは妻であると同時に、世にも珍しき人形であり、装飾品でもあったのですから、あえて驚くには足りないのです。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一つにはその青年の思い出を葬り去るに忍びない私の或る気持ちが、こんな決心をあえてさしたのかも知れませぬけれども……。
能とは何か (新字新仮名) / 夢野久作(著)
吾輩はあえて重い荷物を担がせられたから憤慨するのではないが、一国の生命は地方人士の朴直勤勉なる精神にありとさえいわれているのに
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
悲劇とはみずからずる所業をあえてしなければならぬことである。この故に万人に共通する悲劇は排泄はいせつ作用を行うことである。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
女がどうかいう場合、男にもまさった決心とその実行とをあえてすることがあるのは、思慮分別の結果ではなくして、大抵は一時の発作による。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
文壇の表面に立って居る人は常に流行のさきがけにおる人である。青年には常に古いことがきらわれる。私はあえて文壇の表面に立とうとは思わない。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
王騎射もっとくわし、追う者王をるをあえてせずして、王の射て殺すところとなる多し。適々たまたま高煦こうこう華衆かしゅう等を率いて至り、追兵を撃退して去る。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それで私は今なお病床にある身だが、衰弱を押してもあえて「日本の眼」と題する一文をそうして世に訴えたい志を起すに至った。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
浜川平之進、大刀を、ぐっと腰に帯びると、そのまま、これも非常門から出たが、あえて、三郎兵衛をじかに追おうとはしない。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
事実、私は、いい作品ならば三度の飯を一度にしても、それに読みふけり、あえて苦痛を感じない。私は、そんな馬鹿である。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
世の多くの人達は、そういう幾パーセントかの幸福であり得る場合に望みをかけて、戸籍法違反をあえてするのかも知れない。
それに対する我当の弁解は、先年の捫着もんちゃくはそのあいだに種々の事情が潜んでいることで、先輩に対してあえて無礼を働いたというわけではない。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
今や本校の政治・法律を先にし而して理学に及ぼすものは、その意あえて理学を軽じてこれを後にせしものにあらざるべし。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
男の愛情が如何いかに猛烈に発現しても、女は拒む事をあえてしない。このごろの夜のように、女が控え目でなく自由になっていた事は、これまでない。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
ましてや鯉坂君のごとき、不道徳なことをまであえてして、学問的興味を満足せしめようとする人は、ずいぶん焦燥を感じたのにちがいありません。
新案探偵法 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
そういう明らかな定った考があれば前に既に二度までも近寄って来た機会をつかむにおいあえ躊躇ちゅうちょするところは無いはずだ。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
時あってこれらの動機が非常なる力を現わし来り、人をして思わず悲惨なる犠牲的行為をあえてせしむることも少くない。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
そうして自分じぶん哲人ワイゼかんじている……いや貴方あなたこれはです、哲学てつがくでもなければ、思想しそうでもなし、見解けんかいあえひろいのでもい、怠惰たいだです。自滅じめつです。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
この点において新聞記者の猛省を乞はざるべからざる者また少からず。しかれども論旨ここにあらざればあえて記さず。
従軍紀事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
門末の私が先生についてあえて論讚にわたる言をなすのは、おのずから僭越せんえつしょうを免れず、不遜の罪を免れぬであろう。
呉秀三先生 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
榎本氏のきょ所謂いわゆる武士の意気地いきじすなわち瘠我慢やせがまんにして、その方寸ほうすんの中にはひそかに必敗を期しながらも、武士道のめにあえて一戦をこころみたることなれば
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その無慈悲をあえてしても、ものごとの真相を突きとめなければ、犯人の姿もまた、つきとめることが出来ないのですよ。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
墓を発くような詮索は、奇談クラブの名においてもあえてすべきではありません。だが、発いた事が事実と全く違って居たとしたら、どんなものでしょう。
それが私にとっては自己克服の精進の道として、あえて難きに就き、成功のない世界に向かっての義務的の向上であることが肯かれる時もあるであろう。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
筆者は……実は、この時の会の発起人の一人いちにんであった。あえて言を構うるのではないが、塔婆のねやの議にはあずからない。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それにしてもこの人たちは、何故に自分たちのための新詩型を創造しようとしないで、三十一音の短歌形式をまもりながら彫心鏤骨をあえてしたのだろう。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
集合的しふがふてき独立どくりつのぞんで個人的こじんてき独立どくりつあえてせざるものは独立どくりつするとも独立どくりつ好結果かうけつくわあづかり得ざるなり、我等は厄介者と共に独立するを甚だ迷惑に感ずるなり
時事雑評二三 (新字旧仮名) / 内村鑑三(著)
それに前にいった様に温雅な——むしろ陰気と言う方のたちだったから、あえて立派なとこへ嫁に行きたいと云う様なのぞみもない、幸いことは何よりも好きの道だから
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
あえはじず、その有様をらせ、そのまた写真を公然と新聞に掲げていたのが、ようやく影を見せなくなったのは、やっと、大正十二年大震後のことではないか。
明治大正美人追憶 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
おのれたまあらざることをおそれるがゆえに、あえて刻苦してみがこうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々ろくろくとしてかわらに伍することも出来なかった。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
初めは親類縁者から金を借りた。親類縁者が、見放してしまうと、高利貸の手からさえ、借ることをあえてした。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「事務に懸けちゃこう云やア可笑おかしいけれども、跡に残ッた奴等にあえて多くは譲らん積りだ。そうじゃないか」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
如何いかなる露国ロシアの、日本に対する圧迫、凌辱りょうじょくって、日本の政府が、あのごとく日本国民を憤起させてあえて満洲の草原に幾万の同胞のしかばねさらさせたかは、当時
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
罪悪と不良行為とをあえてしてじず、いわゆる経済学とか社会学とか商業道徳とかいう事は講壇の空文たるにとどまってごうも実際生活に行われていないのである。
婦人と思想 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
灸所きゅうしょの痛手に金眸は、一声おうと叫びつつ、あえなくむくろは倒れしが。これに心の張り弓も、一度に弛みて両犬は、左右にどう俯伏ひれふして、霎時しばしは起きも得ざりけり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
殊更ことさらそれが文政天保の交の訳文だけに、一段の面白味を添えて、あえて新奇ではないが、幽婉なこの挿話を読んで情趣溢るる南島の空を偲ぶこと更に切であった。
私は同君が譲ってくれたこの興味ある記録を、そのまま私の名で活字にすることをあえてしたからである。
悪霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と一生懸命に組付いて長二の鬢の毛を引掴ひッつかみましたが、何を申すも急所の深手、諸行無常と告渡つげわたる浅草寺の鐘の冥府あのよつとあえなくも、其の儘息は絶えにけりと
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
佐久間の佐久間たるは、おのが信ずる所を公言せずんば、あえて休せざる光明なる勇気と、己が信ずる所にあらざれば、これを公言するあたわざるの正大なる精神とに在り。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)