手桶ておけ)” の例文
ばあさんが古手桶ふるておけを下げて出て参り升て、私どもの腰かけてるかたはらの小川の中へ手桶ておけを浸し、半分ほどはいつた水を重気にもちあげ升た。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
そこへ相役の一人が供先から帰って真裸まはだかになって、手桶ておけげて井戸へ水を汲みに行きかけたが、ふとこの小姓の寝ているのを見て
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
手桶ておけ薬缶抔やかんなどげたる人だち我も我もと押し掛くる事故ことゆえ我ら如き弱虫は餓鬼道の競争に負けてただしりごみするのみなれば何時飯を
従軍紀事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
町はすぐ引返し、手桶ておけを提げて来て足盥へうめた。蝙也はざぶっと足を入れた、いや、実は爪先が入ったくらいであろう。そのとたんに
松林蝙也 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
左手へ退場。そこに水浴び場がある気持。やがて、彼女が家に歩いて行くのが見える。そのあとにトリゴーリンが、釣竿つりざお手桶ておけ
台所の戸の開捨てた間から、秋の光がさしこんで、流許ながしもと手桶ておけ亜鉛盥ばけつひかって見える。青い煙はすすけた窓から壁の外へ漏れる。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
勝手から持出した手桶ておけ、井戸端へ行って二た釣瓶つるべまで汲み入れ、満々と水をたたえたのを持って、東作の枕元に突っ立ちました。
癇張声かんばりごえに胆を冷やしてハッと思えばぐゎらり顛倒てんどう手桶ておけ枕に立てかけありし張物板に、我知らず一足二足踏みかけて踏みかえしたる不体裁ざまのなさ。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
茫然とそれを見送ったお蓮様が、ふと気がつくと、手桶ておけをさげた源三郎、露草にぬれる裾を引きあげて、むこうへ帰ってゆく。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
などとことばをかけたり水を汲んでやったり致しますが、妙なもので若い女が手桶ておけを持ってくと「姉さん汲んで上げましょう」と云いますが
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
冷水れいすいをたたえた手桶ておけ小柄杓こびしゃく、それに、あせどめの白布はくふをそえてはこんできた若い武士ぶしがある。一同にその使用をすすめたのち
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老爺が手桶ておけに汲んで来てくれた水を、竹の柄杓ひしゃくで一口飲んで、余水のこりを敷居越しに往還へ投げ捨てて、柄杓を手桶に差し込んでホッと息をつく。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
自分は子供ながら、この爺さんの年はいくつなんだろうと思った。ところへ裏のかけひから手桶ておけに水をんで来たかみさんが、前垂まえだれで手をきながら
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分はすぐに顔を洗いに行った。不相変あいかわらず雲のかぶさった、気色きしょくの悪い天気だった。風呂場ふろば手桶ておけには山百合やまゆりが二本、無造作むぞうさにただほうりこんであった。
子供の病気:一游亭に (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あの人もまた遣附やりつけないつまを取って、同じく駒下駄をぶら提げて、跣足はだしで、びしょびしょと立った所は、煤払すすはきの台所へ、手桶ておけ打覆ぶっかえった塩梅あんばいだろう。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
現時の文化は大は政治の大から小は手桶ておけの小に至るまでことごとく男子の天才によって作り上げられたものだといっていい。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
日曜日の朝、かれはしきびと山吹とを持って出かけた。庫裡くり手桶ておけを借りて、水をくんで、手ずから下げて裏へ回った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
お婆さんの傍にある手桶ておけの水で手を洗い、さて坐って見ますと、竹箸たけばしげて気味がわるいので、紙でいていただこうとして、「お兄さんは」と聞きますと
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
花畠の方で、手桶ておけから柄杓ひしゃくで水を汲んでは植木に水をくれているのは、以前生家さとの方にいた姉の婿であった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
まもなく手桶ておけをもって出てくるのを見ると、大石先生はあごをしゃくって墓地のほうをしめしながら
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
用意の手桶ておけの水を、ざぶりとその選手にぶっかけ、選手はほとんど半死半生の危険な状態のようにも見え、顔は真蒼まっさおでぐたりとなって寝ている、その姿を眺めて私は
トカトントン (新字新仮名) / 太宰治(著)
この汚いどぶのような沼地を掘返しながら折々は沙蚕ごかい取りが手桶ておけを下げて沙蚕を取っている事がある。
まずわたしはおの手桶ておけとをもって——それが夢でないならば——水をさがしに往くのである。寒い、雪の降った翌朝には水を見出すのは鉱脈占いの杖を要する仕事である。
釣瓶つるべだの、手桶ておけだの、かた手桶だの、注口そそぎくちの附いたのや附かない木の酌器だの、柄杓ひしゃくだの、白樺の皮でつくった曲物まげものだの、よく女が苧やいろんなくだらないものを入れる桶だの
手桶ておけに五六ぱい流しといて、といの水を引きながら湯かき棒で掻回かきまわそうとした時です。棒の先にぬらりと黒い物がからんできた。と、それに続いて、大きな白い影がゆらりと動いた。
浴槽 (新字新仮名) / 大坪砂男(著)
大勢がどやどや駈寄って、口々に荒い言葉で指図さしずし合って、燃えついている障子を屋根から外へほうりだしたり、バケツや手桶ておけ水甕みずがめの水をすくってきたりした。父の目も血走った。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
ミチは超然として蛇口じゃぐちの前に突立つったち、ざあざあと手桶ておけの湯を幾杯となく浴びる。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
ァに玉川の水だ、朝早くさえ汲めば汚ない事があるものかと、男役に彼は水汲みずくむ役を引受けた。起きぬけに、手桶ておけと大きなバケツとを両手に提げて、霜をんで流れに行く。顔を洗う。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
横にもたてにも水をひく工事は発達して、掘井戸ほりいどは家々にちかくなり、共同のいずみまでみにゆくひつようが、多くの村里むらざとではなくなってしまった上に、さらに手桶ておけというものが発明せられて
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
湯づけを食べさせて宴を終り、一同を次の間に控えさせて、座敷に法の通りの切腹の仕度をととのえさせ、彼は庭へ降りて手桶ておけの水を三杯あびて白ムクに着かえ、その上に平時の服装をつけた。
安吾史譚:05 勝夢酔 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
女子が嫁に行くとき持参する第一の要具は、墓掃除の手桶ておけであるそうだ。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
河岸手桶ておけ
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
門内には水を張った手桶ておけが、幾十となく並べてあり、また夜戦に備えるためだろう、ところどころに松明たいまつを組んで立ててあるのが見えた。
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
武蔵が声をかけると、童はこころよ手桶ておけを差し出した。武蔵は手拭を取り出して、少しばかり包もうとする、童はそれを見て
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしておっこって、廊下をがさがさ這い廻るのを、男達がさらって、手桶ておけの底に水を入れたのを持って来て、その中へ叩き込んで運んできますの
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「ガラッ八、今朝食った物へ、みんな封印をしろ。鍋や皿ばかりでなく、水甕みずがめ手桶ておけも一つ残らずやるんだ、解ったか」
近所では火事と間違えて手桶ておけを持って飛出すもあれば鳶口とびぐちかついで躍り出すもあると云う一方ひとかたならぬ騒動でございます。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
黄ばんだ秋の光が葉越しにさしこんだので、深い影は地に落ちておりました。丁度、そこへ手桶ておけを提げて、水を汲んで帰って来たのが妻のお隅です。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
手桶ておけを右の手にげているので、足のさしに都合が悪い。きわどくこたえる時には、腰から上で調子を取るために、手に持ったものをほうしたくなる。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
鼠色の石持こくもち、黒いはかま穿いた宮奴みやっこが、百日紅さるすべりの下に影のごとくうずくまって、びしゃッびしゃッと、手桶ておけを片手に、ほうきで水を打つのが見える、と……そこへ——
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私が一銭銅貨をやつた時とは月と炭団たどんほどもちがふ顔して、大口にアハヽヽアハヽヽヽと笑い興じ升て、一時間余もたつたあとでやうや手桶ておけ下げて家へはいり升た。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
立ち並ぶ仮屋に売り声やかましくどよんで、うす木鉢きばち手桶ておけなどの市物が、真新しい白さを見せている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
例の東北から吹きつける雨は村の家々にはなかなか難儀なもので若い女たちは正面の入口に手桶ておけと長柄雑巾とをもって立ちはだかり侵入する水をふせぐのであるが、そういうとき
まきも割ってもらわなくちゃこまるし、糠味噌ぬかみそもよくきまわして、井戸は遠いからいい気味だ、毎朝手桶ておけに五はいくんで来て台所の水甕みずがめに、あいたたた、馬鹿な亭主を持ったばかりに
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しきりに水をかぶっている坊主頭、竹の手桶ておけと焼き物の金魚とで、余念なく遊んでいる虻蜂蜻蛉あぶはちとんぼ、——狭い流しにはそういう種々雑多な人間がいずれも濡れた体をなめらかに光らせながら
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
住職は頷付うなずいて折から手桶ておけしきみと線香とを持って来た寺男に掃除すべき墓石を教え示して静に立ち去った。わたくしは墓地一面に鳴きしきるせみの声を聞きながらおもむろに六基の古墳を展した。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
落ちた耳を拾って居る奴があるものか、白痴たわけめ、汲んで来たか、かまうことはない、一時に手桶ておけの水みんな面へ打つけろ、こんな野郎は脆く生きるものだ、それ占めた、清吉ッ、しっかりしろ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その一杯の水で下火になったところへ、私たちも手に手に手桶ておけを持って来て、水をかけて火を消しました。母は灰を厚くかけて食事に立ったのですが、炭火がはねて蒲団に燃えついたのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
水汲みずくみが手桶ておけになり、にない桶になり、また水道になった結果、女の頭の上に物をのせる練習が足りなくなったことは、もう前に話をしてしまったが、これを専門にさかななどを売りあるいた女たちも
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
すぐに大手桶ておけに水をくんでその洞口へ注ぎ込んだ。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)