“愈(いよいよ)” の例文
教師愈(いよいよ)仏頂面をして曰、「それはお断り申します。先達もここの寄宿舎へは兵卒が五六人闖入(ちんにゅう)し、強姦事件を惹き起した後ですから」
雑信一束 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
お繁さんは無事でしょうなと、聞きたくてならないのを遂に聞かずに居った予は、一人考えに耽(ふけ)って愈(いよいよ)其物足らぬ思いに堪えない。
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
物は言はで打笑(うちゑ)める富山の腮(あぎと)は愈(いよいよ)展(ひろが)れり。早くもその意を得てや破顔(はがん)せる主(あるじ)の目は、薄(すすき)の切疵(きりきず)の如くほとほと有か無きかになりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
と雪江さんが不審そうに面(かお)を視る。私は愈(いよいよ)狼狽して、又真紅(まっか)になって、何だか訳の分らぬ事を口の中(うち)で言って、周章(あわ)てて頬張ると
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
拝啓愈(いよいよ)御多祥奉賀候(がしたてまつりそろ)回顧すれば日露の戦役は連戦連勝の勢(いきおい)に乗じて平和克復を告げ吾忠勇義烈なる将士は今や過半万歳声裡(り)に凱歌を
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして、その音が開幕の合図となって、愈(いよいよ)法水は、真夏の白昼鬼頭化影の手で織りなされた、異様な血曼荼羅を繰り拡げて行く事になった。
夢殿殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ボートの舳(かじ)を返して燈台(とうだい)の方へ漕(こ)いだが、霧は愈(いよいよ)深くなり、海はますます暗くなり、ともすれば暗礁に乗り上げそうであった。
おさなき灯台守 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
さすれば、短歌に用ゐられる語は、当然愈(いよいよ)減じて来る訣である。其で、此欠陥を埋めるには、どういふ方便に従へばよいか。
古語復活論 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
変だとは思ッたが、ぶら/″\電車の路に従(つ)いて進むと、愈(いよいよ)混雑を極めてたが、突然後方(うしろ)から、僕の背をつゝく者が有ッた。
東京市騒擾中の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
彼奴(きゃつ)め長久保(ながくぼ)のあやしき女の許(もと)に居続(いつづけ)して妻の最期(さいご)を余所(よそ)に見る事憎しとてお辰をあわれみ助け葬式(ともらい)済(すま)したるが、七蔵此後(こののち)愈(いよいよ)身持(みもち)放埒(ほうらつ)となり
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
瑠璃子が、愈(いよいよ)窮したのを見ると、勝平は愈威丈高になった。彼は、獣そのまゝの形相を現していた。ほの暗い洋燈(ランプ)の光で、眼が物凄(ものすご)く光った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
水量は益(ますます)多くなるが反対に勾配は愈(いよいよ)緩くなって、大淵に至る迄の六、七里の間に於て二百余米の落差あるのみであるから
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
翁は其出版を見て聊(いささか)喜(よろこび)の言を漏(も)らしたが、五月初旬には愈(いよいよ)死を決したと見えて、逗子(ずし)なる老父の許(もと)と粕谷(かすや)の其子の許へカタミの品々を送って来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
午後一時に総員広場に集れの布令(ふれ)が廻って、時は愈(いよいよ)目睫(もくしょう)に迫った。山田は蒼白くなっては度々水で口を濡しながら「サア往こう」と昂然として言う。
監獄部屋 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
併(しか)し巧くゆけばもう少し位出させることは出来るかも知れないし、スヌッドにしても愈(いよいよ)現実に手に入るとなれば分前の高を増して呉(く)れるかも知れない。
赤い手 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
人(ひと)の心(こころ)が心(こころ)に乗(の)って、愈(いよいよ)調子(ちょうし)づいたのであろう。茶代(ちゃだい)いらずのその上(うえ)にどさくさまぎれの有難(ありがた)さは、たとえ指先(ゆびさき)へでも触(さわ)れば触(さわ)り得(どく)と考(かんが)えての悪戯(いたずら)か。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
春が来て、私の家の小さな庭に香のある花が咲き、夕暮の残光が長く空を照らす頃になると、私のその郷愁は愈(いよいよ)募って来る。私は幾度となく旅行を思う。
素朴な庭 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
それが十一月二十九日のことだ。若しこれをあと一日という通知状だとすれば、翌三十日は、愈(いよいよ)その当日である。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
父の容態が愈(いよいよ)だめと思われた朝、近所の衍(えん)という世話好きの奥さんがやって来て、父の様子を一目見て驚き、あなたはまあ、何をぼんやりしているのです
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
殊(こと)に晩年に蒞(のぞ)みて、教法の形式、制限を脱却すること益(ますます)著るしく、全人類にわたれる博愛同情の精神愈(いよいよ)盛なりしかど、一生の確信は終始毫(ごう)も渝(かは)ること無かりき。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
いかさま町も愈(いよいよ)これが外れである。そこの裏からもうひろ/″\となだらかな起伏を流した畑になる。
盗まれた手紙の話 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
然るに一たび胃を病んで長く徒歩すること能わず、蝙蝠傘日和下駄漸く用なきに今年更に痔を病み愈(いよいよ)歩行に苦しむ。再び傘を杖にするに棒弱く棒の太きを選ぶに甚重し。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
甲田は愈(いよいよ)俺は訛(だま)されたと思つた。そして、其奴(そいつ)が何か学校の話でもしなかつたかと言つた。
葉書 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
この一首は、剣太刀(つるぎたち)をば愈(いよいよ)ますます励(はげ)み研(と)げ、既に神の御代から、清(さや)かに武勲の名望を背負い立って来たその家柄であるぞ、というので、「清(さや)けく」は清く明かにの意である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
そこで愈(いよいよ)復讐の決心をする。偶然或る日、日比谷公園のドライヴ中某紳士を発見する。いつか又出会(でっく)わす。之を知った子爵は某紳士の通る時間をはかって自動車を駈って摺れちがう。
彼は誰を殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
それからお玉が末造を遇することは愈(いよいよ)厚くなって、お玉の心は愈末造に疎くなった。
雁 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そのうちに西南の戦雲が、愈(いよいよ)濃厚になって来たので、県当局でも万一を慮(おもんぱか)ったのであろう、頭山、奈良原を初め、健児社の一味を尽(ことごと)く兵営の中の営倉に送り込むべく獄舎から鎖に繋いで引出した。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そんな連中(れんじゅう)のなかにお島をおくことの危険なことが、今夜の事実と照合(てりあわ)せて、一層明白(はっきり)して来るように思えた父親は、愈(いよいよ)お島を引取ることに、決心したのであったが、迎いが来たことが知れると
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
町はずれの怪しげな饂飩(うどん)屋に入って、登山の支度をし、秩父街道をすこしいって、上影森村の辺から左へ間道を抜けると、愈(いよいよ)山麓の樹立途(こだちみち)は爪先上りとなり、色の好い撫子(なでしこ)の咲いている草原(くさばら)の中に
武甲山に登る (新字新仮名) / 河井酔茗(著)
「どう致しまして、一向結構ぢやございません。結構と云や、先生、八犬伝(はつけんでん)は愈(いよいよ)出でて、愈(いよいよ)奇なり、結構なお出来でございますな。」
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その日の夕暮に一城の大衆が、無下(むげ)に天井の高い食堂に会して晩餐(ばんさん)の卓に就いた時、戦の時期は愈(いよいよ)狼将軍の口から発布された。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そう云われると、瑠璃子は、愈(いよいよ)不安になって来た。寝室へ退(しりぞ)くことなどは愚か、父の部屋を遠く離れることさえが、心配で堪(たま)らなくなって来た。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
愈(いよいよ)別れにくくなると気づいて、おそくも帰ろうとしたのだが、自分が少しもお松を離れないので、帰るしおが無かった。
守の家 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
一人で骨折って呉(く)れた日高君が、愈(いよいよ)七月十日の夜に出発しようとする数日前になって、急に都合が悪くなって同行を断られたのは遺憾であったが
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
と、何が何やら分らぬ話しながら、続けざまの包囲攻撃に、客は愈(いよいよ)逃げ度を失ひて、立膝になり、身をもぢ/″\して
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
悪い事をした、窓からなんぞ覗くんじゃなかったと、閉口している所へ下女が呼びに来て、愈(いよいよ)閉口したが、仕方がない。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
其につれて呪言の本来の部分は、次第に「地(ヂ)の文」化して、叙事気分は愈(いよいよ)深くなり、三人称発想は益(ますます)加つて行く。
されば流れざるに水の溜(たま)る如(ごと)く、逢(あ)わざるに思(おもい)は積りて愈(いよいよ)なつかしく、我は薄暗き部屋の中(うち)、煤(すす)びたれども天井の下、赤くはなりてもまだ破(や)れぬ畳の上に坐(ざ)し
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
愈(いよいよ)春だ。村の三月、三日には雛(ひな)を飾る家もある。菱餅(ひしもち)草餅(くさもち)は、何家でも出来る。小学校の新学年。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
手振(てぶ)りまでまじえての土平(どへい)の唄(うた)は、月(つき)の光(ひかり)が冴(さ)えるにつれて、愈(いよいよ)益々(ますます)面白(おもしろ)く、子供(こども)ばかりか、ぐるりと周囲(しゅうい)に垣(かき)を作(つく)った大方(おおかた)は、通(とお)りがかりの、大人(おとな)の見物(けんぶつ)で一杯(ぱい)であった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
そして、愈(いよいよ)画中の孔雀明王を推摩居士の面前に誘(おび)き寄せたのだが……、そうすると支倉君、あの神通自在な供奉鳥は、忽ちに階段を下り、夢中の推摩居士に飛び掛かったのだよ
夢殿殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
謹直な教師たちに屈辱感を与えたにちがいないその問題は、しかし、愈(いよいよ)物的条件の切迫した来春どんな形で再燃するだろうか。それ迄に、適切な策が立てられることを切望する。
女性週評 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
聖体受領も終つて愈(いよいよ)死を待つばかりといふときに、光彩を放ちながら病床に立ち現はれて、日本に渡つて天主のためにその生血を灑(そそ)ぐ誓を立てるなら病気は平癒するであらうと言つた。
こうして、愈(いよいよ)見込が付くと、一人の選手が出て誘惑に取りかかる。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作、杉山萠円(著)
彼の無言でいるのを見た伝右衛門は、大方(おおかた)それを彼らしい謙譲な心もちの結果とでも、推測したのであろう。愈(いよいよ)彼の人柄に敬服した。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
代助は床屋の鏡で、わが姿を映しながら、例の如くふっくらした頬を撫(な)でて、今日から愈(いよいよ)積極的生活に入るのだと思った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
愈(いよいよ)俥(くるま)が出ようとする時、母は悲しそうに凝(じっ)と私の面(かお)を視て、「じゃ、お前ねえ、カカ身体を……」とまでは言い得たが、後(あと)が言えないで、涙になった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
眼病を得て処世上正則の進行を妨げらるるに及びては、愈(いよいよ)私心的自己の希望を絶対に捨てねばならぬ事になった。
家庭小言 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
が、幾何(いくら)強く思い切ろうとしても、白孔雀(くじゃく)を見るような、﨟(ろう)たけた若き夫人の姿は、彼が思うまいとすればするほど、愈(いよいよ)鮮明に彼の眼底を去ろうとはしなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
軒端を貸した秦の氏神が、母屋までもとられて、山を降つたものとすれば、客人神(マラウド)は、蓋(けだし)、其後、命婦の斡旋によつて、愈(いよいよ)、動かぬ家あるじとなられた事であらう。
狐の田舎わたらひ (新字旧仮名) / 折口信夫(著)