しばしば)” の例文
雑誌記者しばしば来って女子拒婚問題の事を問う。余初め拒婚の字義を解せず、為に婦人雑誌を購読して漸くその意をつまびらかにするを得たり。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
痩容そうようあに詩魔しまの為のみならんや。往昔自然主義新に興り、流俗の之に雷同するや、塵霧じんむしばしば高鳥を悲しましめ、泥沙でいさしきりに老龍を困しましむ。
「鏡花全集」目録開口 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
自宅へ帰ってから、又は旅行して平生の常識に立ち帰ってから……ああ、あすこはヒドかったなと気が付くような事がしばしばあります。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
諸侯の領内の治外法権地に拠り、百姓・町人をおびやかすばかりか、領主の命をも聴かなかつた。其為、山伏し殺戮がしばしば行はれてゐる。
こうした二つの物語をテレコに運んでいく手法は南北にも黙阿弥にもしばしば見られる江戸歌舞伎の常套的作劇法であるが、それを話術の上へ
かれはこの能力のために、今日まで一図に物に向って突進する勇気をくじかれた。かず離れず現状に立ちすくんでいる事がしばしばあった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし先生が訳詩の筆はミュッセがリュシイにとりかかられて間もなく事によってなげうたれて以来、再び執り上げられる機もしばしばないとすれば
「珊瑚集」解説 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
富之助がしばしば夜中に外出することは漸く人の氣付く所となつたが、その所謂いはゆる膽力養成と云ふ言葉が、凡ての疑問の發生する餘地を與へなかつた。
少年の死 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
知覚ノ能ハ実歴親験ノ重ナルニしたがヒテ長ジ、記憶ノ能ハ同一ノ観像ヲしばしば反復スルニヨリテ長ジ、弁別ノ能ハ原因結果ノ比較ヲ屡スルニヨリテ長ズ。
呉秀三先生 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
されども妻はく知れり、彼の微笑を弄するは、必ずしも、人のこれを弄するにあらざる時に於いてしばしばするを。彼は今それかあらぬかを疑へるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
渤海奇毒きどくの書、唐朝官家に達す。なんじ高麗こうらいを占領せしより、吾国の近辺に迫り、兵しばしばさかいを犯す。おもうに官家の意に出でむ。われ如今じょこんうべからず。
岷山の隠士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それでもさいわいに其人が適材であるならば立派な書物が出来上るであろうが、もない時には其編纂がかえって累をなして、取捨に迷うような記事にしばしば遭遇する。
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
然るに人生の複雑なる、安危交錯して、吾人の家庭と社会とにしばしば不測の惨禍を起して其調和を失うことを免れず。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
凡太はしばしば孤独に耽つてゐる折、突然人像の出現に脅やかされるとき、現前に転来した事実とはまるで別な一種不可解な無音無色の世界へ踏み迷ふことがあつた。
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
それから、どうした事やら、不思議なほどあの方はしばしばお見えになるようになった。この頃急に大人寂おとなさびてきたような道綱があの方のお心をもいたものと見える。
かげろうの日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ためによし無きうらみを負いて、迷惑することもありぬべしと、四辺を見廻わして、身を隠すべき所をもとめしに、この辺にはしばしば見る、山腹を横に穿うがちたる洞穴を見出したり。
黒壁 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
其のころ雀部ささべそう次といふ人、足利あしかが染の絹を交易するために、年々京よりくだりけるが、此のさと氏族やからのありけるをしばしば来訪きとぶらひしかば、かねてより親しかりけるままに
こうした作戦計画の下に行われるべき防空演習でなければ、如何にそれが大規模のものであり、また如何にしばしばそれが行われても、実戦には、何等の役にも立たないだろう。
関東防空大演習を嗤う (新字新仮名) / 桐生悠々(著)
稽古けいこする小娘が調子外れの金切声かなきりごえ今も昔わーワッとお辰のなき立つ事のしばしばなるに胸苦しく
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
然し、それがもし真実だとすれば、感動の伝導法則が根本からくつがえされてしまわねばなりません。勿論、痛みをその部分以外にも覚えると云う事は、日常しばしば経験される事でしょう。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
此の河岸の古本屋で珍書をあさる人もすくなくないが、掘出物は滅多にないらしい。僕もしばしば、眼を皿のようにし、片端から漁って歩いたが、ニザールの仏文学史四巻を二十フランで買ったのが関の山だった。
愛書癖 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
その後、彼女はしばしば彼の姿を気にとめて見かけるようになった。
或る母の話 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
私はこの琅玕洞で気に入った画家の個展をしばしば開催した。
ヒウザン会とパンの会 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
古人の教えに「朋友にしばしばすればうとんぜらるる」とあり。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
氏神の祭礼には町内の若者がたらふく酒に酔い小僧や奉公人が赤飯の馳走にありつく。新しい形式の祭にはしばしば政治的策略が潜んでいる。
花火 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
より文字の読める文科大学教授は往々——と言ふよりも寧ろしばしば、より文字の読めない大学生よりも鑑賞上には明めくらであります。
文芸鑑賞講座 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
尾が裂けてゐたからなのなら、他動にをさきとは言はぬ訣で、しばしば、人の手に尾を裂いて残すなど言ふ考へを、含めてゐるのではあるまいか。
狐の田舎わたらひ (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
さてしばらくまどろんだと思ふ時分にくびの処に焼けるやうなかゆさを覚えて目をました。私は維也納ウインナ以来のしばしばの経験で直ぐ南京ナンキン虫だといふことを知つた。
南京虫日記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
喜多流宗家六平太ろっぺいた氏未ダ壮ナラズ、嘱セラレテ之ヲ輔導ス。しばしば雲上高貴ニ咫尺しせきシ、身ヲ持スルコト謹厳恬淡てんたんニシテ、芸道ニ精進シテ米塩ヲカヘリミズ。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
華やかな白熱燈の下を、石甃いしだたみの路の上を、疲れ切つた流浪人るらうにんのやうな足どりで歩いて居る彼の心のなかへ、せつなく込上げて来ることが、まことにしばしばであつた。
かれつたへやなかで、一二度あたまを抑えてうごかして見た。彼はむかしから今日こんにち迄の思索家の、しばしばかへした無意義な疑義を、又脳裏のうり拈定ねんていするに堪えなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
葛西善蔵はしばしばさう言つてゐたさうであるし、又その通り実行した勇者であつたと谷崎精二氏は追憶記に書いてゐるが、この尊敬すべき言葉——私は、汗顔の至であるが
FARCE に就て (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
少憩して用意の朝食を済し、社の前から二町ばかり西へ行って、甲府に通ずる広い道を北に向って進んだ。昔武田信玄が海道筋へ出兵する時に、しばしば軍押しをした道であろう。
春の大方山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
私は教室で、しばしば、教科書の蔭から、彼のほっそりしたくびぬすみ見ているようなことさえあった。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
余がしばしば赤布をかたわらの壁際へ寄せたるに、同人もまたそれに応じて、埋もれんばかりに身体からだを片寄せるかと思えば、また銃器に触れると、同時に身体を離し、その儘静止する事もありき。
夢殿殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
景隆は長身にして眉目疎秀びもくそしゅう雍容都雅ようようとが顧盻偉然こべんいぜん卒爾そつじに之を望めば大人物の如くなりしかば、しばしばでゝ軍を湖広ここう陝西せんせい河南かなんに練り、左軍都督府事さぐんととくふじとなりたるほかには、すところも無く
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
此の佐用が家はすこぶる富みさかえて有りけるが、丈部母子のかしこきをしたひ、娘子をとめめとりて親族となり、しばしば事にせて物をおくるといへども、口腹こうふくの為に人をわづらはさんやとて、あへくることなし。
悉達多は車匿しやのく馬轡ばひを執らしめ、ひそかに王城を後ろにした。が、彼の思弁癖はしばしば彼をメランコリアに沈ましめたと云ふことである。
侏儒の言葉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「殺しの場」のやうな血腥ちなまぐさき場面が、しばしばその伴奏音楽として用ひられる独吟と、如何に不思議なる詩的調和を示せるかを聞け。
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
さうしてしばしば、製作時の境遇・作者等について、伝来の誤説や、筆録者の誤解などが交つて居る。年代の古い歌の序文は、大抵此追ひ書きである。
相聞の発達 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
後年父はしばしばその話をした。文明開化の学問をした教員を負かしたといふところになかなか得意な気持があつた。けれども単にそれのみではなかつたであらう。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
彼は又夢に得た心臓の鼓動を、覚めた後まで持ち伝える事がしばしばあった。そんな場合には聖徒セイントの如く、胸に手を当てて、眼を開けたまま、じっと天井を見詰めていた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一年のなかばは雪に鎖され、残りのなかばさへ太陽を見ることはさしてしばしばでないこの村落では、気候のしみが人間の感情にもはつきり滲み出て来るのだつた。夏も亦一瞬ひとときである。
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
何かの都合で、隣家の声も、犬の声も、鶏の声も、風の音も、妻の声も、彼自身の声も、その外の何物の声も、音も、ぴつたりと止まつて居る瞬間を、彼はしばしば経験して居た。
ごとにこの高原に来ていた数年前のこと、これと殆どそっくりな眺望ちょうぼうを楽しむために、私はしばしば、ここからもう少し上方にあるお天狗様まで登りに来たのだけれど、そのたび毎に
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
はなはだしいのになると或る温柔おとなしい軍人が、片足を切断されると間もなく夢中遊行を起すようになって、自分でも知らないうちに、他所よそのものを盗んで来る事がしばしばあるようになった。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
太祖おおいに喜び、これより後しばしば諸将をひきいて出征せしむるに、毎次功ありて、威名おおいふるう。王既に兵を知りたたかいる。加うるに道衍どうえんありて、機密に参し、張玉ちょうぎょく朱能しゅのう丘福きゅうふくありて爪牙そうがる。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
悉達多は車匿しゃのく馬轡ばひらせ、ひそかに王城を後ろにした。が、彼の思弁癖はしばしば彼をメランコリアに沈ましめたと云うことである。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
此輩しばしば隊をなして昼夜を問わず市中の車道を疾走す。然れども警官看て之を咎めず行人亦怪しまず路上の野良犬喜んでその後に尾して走る。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
年少不良の徒の歌に、私はしばしば、飛びあがる様に新しくて、強い気息を聴いて、ひそかにうらやみ喜んだ事も、挙げよとなら若干の例を示す事が出来る。
歌の円寂する時 (新字新仮名) / 折口信夫(著)