容子ようす)” の例文
何故ともなく塚原の容子ようすを見ると、一同の者がふつとわらつたりした。二十貫もありさうな巨漢おほをとこで、頭は五分刈のいが栗坊主だつた。
海路 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
これがまた、白あばたの、年に似合わず水々しい、大がらな婆さんでございましてな、何さま、あの容子ようすじゃ、狐どころか男でも……
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして夜中に目をさました。もう全くの深更であつた。そつと頭を上げて女の容子ようすをうかがつた。すやすやと女の微かな寐息がする。
計画 (旧字旧仮名) / 平出修(著)
夫人は頻りにページを繰って何か探し求めている容子ようすだったが、軈て見つかったものと見えて、自分の手帖を出して書き留めていた。
情鬼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
山田八蔵はその容子ようすを見て、急に気が変った。やはり彼がふいに辞去したのは、体の加減で、ほんとに悪酔いしたものにちがいない。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「相変らず元気がいいね。結構だ。君は十年前と容子ようすが少しも変っていないからえらい」と鈴木君は柳に受けて、胡麻化ごまかそうとする。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「簡単に申しますと!」と松川理学士も、相手が子供に似合わぬしっかりした容子ようすなのに幾分力を得たらしく、膝を乗り出していった。
幽霊屋敷の殺人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
おくれ馳せの老女いぶかしげに己れが容子ようすを打ちみまもり居るに心付き、急ぎ立去らんとせしが、何思ひけん、つと振向ふりむきて、件の老女を呼止めぬ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
そして未だ年少としわかな、どうにでも延びて行く屋根の上の草のような捨吉の容子ようすながめた。この主人は成るべく捨吉を手許に置きたかった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
其内奥さんは何か用事で一寸内地へ帰られました。奥さんが内地へ帰られてから、二週間程経つと、如何どうも妻の容子ようすかわって来ました。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「さうかい、つてたね、まああがりな」内儀かみさんはランプを自分じぶんあたまうへげて凝然ぢつくびひくくしておつぎの容子ようすた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
人樣に辛抱人しんばうにんほめたのが今となりては面目めんぼくない二階へなりときくされつらみるのも忌々いま/\しいと口では言ど心では何か容子ようすの有事やと手を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ほそくあいた、ひとみあかくなつて、いたので睫毛まつげれてて、まばゆさうな、その容子ようすッたらない、可憐かれんなんで、おかうちかづいた。
迷子 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
かれらは気むずかしく哀しげな容子ようすを、ドアのそとから忍び込む光が間もなく卓子テーブルの脚にまでとどくまでつづけていたのである。
みずうみ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
固より根がお茶ッぴいゆえ、その風には染り易いか、たちまちの中に見違えるほど容子ようすが変り、何時しか隣家の娘とは疎々うとうとしくなッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そうしたことを考えている間に、かごは、どこまで来たであろうか? もう大分、長いこと乗っているのに、柳ばしに着いた容子ようすもない。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「奴、晩酌ばんしゃくをたのしむくせがありますから、酒のの廻ったころを見計って襲うのも手でござりまするが、——もう少し容子ようすを見まするか」
流行暗殺節 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
老師の部屋へも彼はほとんど行かなくなつた。老師はかえつて時々、彼の容子ようすあやしんで見舞つて来た。が、彼は言葉すくなに炉へ炭をくべてゐた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
「え、女郎のやうだと仰有るんですか。」勧誘員はすつかり度胆を抜かれた容子ようすで目を白黒させた。「何故でございますね。」
そう云いながら、瑠璃子は勝平に近づいて、ふとった胸に、その美しい顔をうずめるような容子ようすをした。勝平は、心の底から感激してしまった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
これはチベット人ということは分るし、またラブチェその者とは余程体格といい容貌ようぼうといい容子ようすといい習慣風俗の点に至っても違って居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
その顔に仔細しさいらしい表情を浮かべて、上唇を下唇でかくしたまま、勝負がつづいている間じゅう、その容子ようすを変えなかった。
彼は、いま、ぬすむやうに眼を上げた。おづ/\した、またかきみだされた容子ようすで、私をちらと見た。彼は再び繪に眼を移した。
黒子の男も何がなしに台の反対側に跼みこんで、相手の落したものを捜してやろうとした容子ようすだった。別の台の方で、誰かが馬鹿に大きな声で
撞球室の七人 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
と、今度はガルールが、相手の容子ようすをじろじろと見かえした。その男も陽にけて筋骨逞ましく、手の甲のおや指のところに碇の入墨がしてある。
せめて外からでも飯島の別荘の容子ようすを見ようと思って、其の朝神田昌平橋かんだしょうへいばしの船宿から漁師を雇って来たところであった。
円朝の牡丹灯籠 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
私は理由もなしに虐待されるのだと思つたときにS先生の悪々にくにくしい朝からの容子ようすを思ひ出さずにはゐられませんでした。
君子きみこ不審いぶかしさに母親はゝおや容子ようすをとゞめたとき彼女かのぢよ亡夫ばうふ寫眞しやしんまへくびれて、しづかに、顏色かほいろ青褪あをざめて、じろぎもせずをつぶつてゐた。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
泰然と落着いて二本の箸をあやつっている容子ようすに、どことなく中華大人の風格があって、なかなか頼母たのもしい眺めである。
松島のがり切つたる容子ようすに、山木は気の毒顔に口を開きつ「——実は、閣下、其れも矢張篠田の奸策で御座りまする」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
容子ようすがドウモ来客らしくないので、もしやと思って、佇立たちどまって「森さんですか、」と声を掛けると、紳士は帽子に手を掛けつつ、「森ですが、君は?」
鴎外博士の追憶 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
すつかり自信を無くしてしまつたらしい修一の容子ようすを見て、楢雄は将棋を挑んだが、やはり修一には勝てなかつた。
六白金星 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
濱萵苣はまさじ、すました女、おまへには道義のにほひがする、はかりにかけた接吻せつぷんの智慧もある、かしの箪笥に下着したぎが十二枚、をつ容子ようす濱萵苣はまさじ、しかも優しい濱萵苣はまさじ
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
僕はあそこを読んでからは女の手らしい古い写経を見るごとに、あの藤原の郎女いらつめの気高くやつれた容子ようすをおもい出して、何んとなくなつかしくなる位だ。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「妙な感違いをしないでおくれよ。からだといったって容子ようすがいいっていうまでのことさ。ほんとに、お前は話がわからないから、いやになっちまうよ」
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
如何どうして居るか知らないが、何でも誰かの内室になって居る容子ようすだと如何いかにも冷淡な答で、何ともおもって居らぬ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しかし口には何事も言わずにただ身形みなり容子ようすで——もう日が暮れて時刻が遅くなるぞ。早くやっつけてしまわねえかと催促するようにせわしげに動き始めた。
捕われ人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
啓吉は、草の繁った小暗いところまで行って、離れたまま対峙たいじしている蟋蟀たちの容子ようすをじいっと見ていた。
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
異様な沈黙が法廷を重くるしくしつけているらしく、満廷、水をうったようにシーンと静まり返っている。群集はまだ何ものかを待っている容子ようすであった。
(新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
妾の容子ようすの常になくつつましげなるに、顔色さえしかりしを、したしめる女囚にあやしまれて、しばしば問われて、秘めおくによしなく、ついに事云々しかじかと告げけるに
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
かうは言つてゐるものの、封書は固くお文の手に握られて、源太郎に渡さうとする容子ようすは見えなかつた。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
父は散らばった熊手を方附けている処でしたが、容子ようすを聞くと、スリが馴れ合い喧嘩をしたのだという。
最前船に乗って渡御しつつあった神輿が今は陸上に上げられてかれつつあるのであった。群衆のそれを取り囲んでいる容子ようすがその篝火の光に照し出されていた。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
三郎は一生懸命になってなだめたので、阿繊もそれからは何もいわなかったが、山はどうしてもけなかった。彼は善く鼠をとる猫をもらって来て女の容子ようすを見た。
阿繊 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
漢名は鼠麹草そきくそうまたは鼠草、色も形も大きさも短い毛のある容子ようすも、鼠の耳にならば似ていると言える。
そして大急ぎで髪のほつれをかき上げて、鏡に顔を映しながら、あちこちと指先で容子ようすを整えた。衣紋えもんもなおした。そしてまたじっと玄関のほうに聞き耳を立てた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
男振りもまんざらではない、道楽者だけに容子ようすも野暮ではない。お花が頻りに褒めちぎっているのも、あながちに欲心からばかりでもないことをお絹も承知していた。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
女の人は不馴れな容子ようすでそちこちの押入を開けたりして、有り合せの西洋皿を一枚出してくれた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
彼は片腕を切断された幸子が、壊れた玩具のように畳の上でごろごろ転っている容子ようすを頭に浮かべると、対象の解らない怒りが込み上げて来た。彼はペンをとって葉書へ
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)
あなたのそばのデッキ・チェアにすわり直してはみましたが、やはり、はげしい羞恥しゅうちにいじかんだような、かたいあなたの容子ようすをみていると、ぼくも同様あがってしまい、そのくせ
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)