実家さと)” の例文
旧字:實家
ちょうど女房と子供が、実家さと餅搗もちつきの加勢にとるけに、この店をば慾しがっとる奴の処へて委任状と引換えに五十両貰うて来た。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そこを君は知らんぢやらう? え? 世間には伏せてあつたのだが、伯爵夫人は、ある不治の病のために、実家さとへ帰つてをられたんだ。
(新字旧仮名) / 岸田国士(著)
「なにか仔細しさいがあるのですか」と或る夜、妻のしのぶが訊いた、「いろいろ噂があるそうで、実家さとの篠原でも案じておりましたが」
饒舌りすぎる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「何をしとっか。つッ。赤坂へ行くといつもああじゃっで……たけも武、なみも浪、実家さと実家さとじゃ。今時の者はこれじゃっでならん」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
そして女の跡を追うて、此処ここへ来た頃には、かみさんまで実家さとへ返して、父親からは準禁治産の形ですっかり見限みきりをつけられていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いうまでもなく、一ノ宮の乳人めのと有子ありこであり、有子の実家さと、大夫宗兼の許には、そのときもう、三人の幼な子が、あずけてあった。
木場は父が死んでから母と共に静岡の実家さとに行き幾年かを送つた後、一人東京に帰つて来て、一しきり××先生の家に書生となつてゐた。
来訪者 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
見す見す実家さとの零落して行くのを、奈何いかんともする事の出来ない母の心になつて見たら、叔父の道楽が甚麽どんなに辛く悲く思はれたか知れない。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
実家さと両親りょうしんたいへんにわたくしうえあんじてくれまして、しのびやかにわたくし仮宅かりずまいおとずれ、鎌倉かまくらかえれとすすめてくださるのでした。
君がいわゆる実家さと話柄こととて、喋舌しゃべる杢若の目が光る。と、黒痘痕くろあばたまなこも輝き、天狗、般若、白狐の、六箇むつの眼玉もかッとなる。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
実家さとの方は其頃両親ふたおやは亡くなり、番頭を妹にめあはせた養子が、浄瑠璃につた揚句あげくみせを売払つて大坂へ遂転したので、断絶同様だんぜつどうやうに成つて居る。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
青木さんの奥さんは去年の暮あたりから、坊ちやんを青木さんの方へお置きになつて、牛込のお実家さとの方へ帰つてゐられるのださうであつた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
治「銀行、ヘエー前橋にも支店が有りまして御懇意の方もありますが、ヘエー左様でございますか、成程深川でいらっしゃいますかお実家さとは」
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
自分じぶん内職ないしよくかね嫁入衣裳よめいりいしよう調とゝのへたむすめもなく実家さとかへつてたのを何故なぜかとくと先方さきしうと内職ないしよくをさせないからとのことださうだ(二十日)
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
「今日は君も好いところへ来てくれた。操の奴が子供を連れて実家さとの方へ行ったもんだから、お婆さんと僕とでお留守さ」
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「だってお前が実家さとへ行っていたって、お友達がみなそう言っていましたよ。それにお前は行かないなんて、うそをくもんじゃありませんよ。」
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
実家さと様のお母様がさぬ仲でいらっしゃいましょう? 綾子様は御自分は死ぬより行途ゆくみちはないと仰しゃっていらっしゃいました位でございますから——
蛇性の執念 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
母親というは四十五六、早く夫に別れまして実家さとに帰り、二人の子を連れて兄の世話になっていたのであります。
春の鳥 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
少し金があればはれもの出来したり、不幸が続いたりしやして、しま伯父家おじげにも、お鳥が実家さとさも、不義理がかさみやす。確かに御年貢だけは取れやした。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
実家さと帰りはいいとしても、母子二代、刑務所の産室で子供を産むのかと思うだけで、身体中の血が逆流する。
虹の橋 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
みかどが日々恋しく思召おぼしめす御様子に源氏は同情しながらも、まれにしかないお実家さと住まいの機会をとらえないではまたいつ恋しいお顔が見られるかと夢中になって
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
お袋は田舎へ嫁入つた姉の処に引取つて貰ひまするし、女房にようぼは子をつけて実家さとへ戻したまま音信いんしん不通、女の子ではあり惜しいとも何とも思ひはしませぬけれど
十三夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
浜口夫人はその女中については、幾度か実家さとへ頼んでよこして貰つたが、なか/\気に入つたのが無かつた。
もしも以前借金で責られた時私の思った通りに責任をのがれる工風したり実家さとの親に金を借りたりするような小山でしたらば私も決してこんな幸福は得られないのです。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
あの鬼の絵は、もと、私の実家さとに秘蔵されて居たもので、御覧のとおり北斎ほくさいの筆で御座います。
印象 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
数日後、耕吉はひどく尻ごみする自分を鞭打して、一時間ばかし汽車に乗って、細君の実家さとへお詫びに出かけた。——細君は自儘には出てこれぬような状態になっていた。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
山谷八百善という派手な家業のうちではあり、九代目団十郎のおかみさんは、八百善が実家さとになっているという親類たちなので、時代は、丁度、明治二十四、五年ごろでしたでしょうから
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ある日だしぬけに実家さとへ尋ねて来て、どうか離縁を申し込んでくれと云う。
お住の霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
実家さとに戻ったばかりには、恋にやつれて、正真の病人らしく見えるまでに、やつれ衰えても見えた浪路、雪之丞と、かたく誓いをかわしたと信じ切った今は、頬のいろも生き生きと、瞳には
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「お実家さとへ帰つたと思うて、ゆつくり泊つて下はれませぬ。」
念仏の家 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
「あれみい。そなたが、この楠木家へ輿入こしいれの日に、実家さとから移し植えた柿苗も、はやあのような木になって、大きな実をつけ出している」
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
実家さとには親御様お両方ふたかたともお達者なり、姑御しゅうとごと申すはなし、小姑一にんございますか。旦那様は御存じでもございましょう。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひょっとこれがさかさまで、わたしが肺病で、浪の実家さとから肺病は険呑けんのんだからッて浪を取り戻したら、おっかさんいい心地こころもちがしますか。おんなじ事です
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
そのひとつはわたくしがまだ実家さところ腰元こしもとのようにして可愛かわいがってた、香織かおりという一人ひとり女性じょせいとの会合かいごう物語ものがたりでございます。
私の右には母の実家さとを相続して、教会の牧師になっている二番目の弟、左には、私を出迎でむかえに来た末の弟が制服の金ボタンいかめしく坐りました。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
はじめの内は、よく実家さとからお金を取つたりして、つと青木さんの手前をつくろつてゐられたやうな事もあつたらしい。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
何か少し高いものを買ふと、きつとそれとなしに値段をいはないぢやゐないの。お実家さとから補助があるつてことが、そんなに自慢になるか知ら……。
すべてを得るは難し (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
お話しなすったのでしょう、わたくしもそれで辛抱がきれましたから、お願いして実家さとへ戻ることにいたしましたの
艶書 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
親戚しんせきは田舎にたくさんござんすが、私の実家さとは、これでまア綺麗に死に絶えてしまったようなものだで……。」
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
何かにつけて頼りになるべきお君の実家さとは、却って自分が頼られるほど貧しい、哀れな生活をして居た。
栄蔵の死 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
私の実家さとは少し地位もあり資産もあった方ですから私は浮世の風波を知らずに育って学校へ入ってからもその時分の教育法で無闇むやみ突飛とっぴ高尚こうしょうな事ばかり習ったものです。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そして無理算段をしては、細君を遠い郷里の実家さとへ金策にたしてやったのであった。……
子をつれて (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
小児こども着飾きかざらせて一人々々ひとり/\乳母を附けて芝居を見せようと云ふ豪奢がうしや性質たち、和上が何かに附けて奥方の町人気質かたぎを賎むのを親思おやおもひの奥方は、じつと辛抱して実家さとへ帰らうともせず
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
するとよめあね番頭ばんとうとでいぢめたので、よめつらくてられないから、実家さとかへると、親父おやぢ昔気質むかしかたぎ武士ぶしだから、なか/\かない、られてるやうな者は手打てうちにしてしまふ
塩原多助旅日記 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
「でもお実家さとの犬だし、何だか気味がわるくてね。」と言っていた。そして私には
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
私の母は、何時でも「那麽あんな無精な女もないもんだ。」と叔母を悪く言ひながら、それでも猶何ににつけて世話する事を、怠らなかつた。或時は父にかくしてまでも実家さとの窮状を援けた。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
中橋というのは、叔母の沼間ぬま夫人の実家さとで、悦二郎氏はその家の三男である。
キャラコさん:06 ぬすびと (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
いつそ賃仕事してもお傍で暮した方がつぽど快よう御座いますと言ひ出すに、馬鹿、馬鹿、その様な事を仮にも言ふてはならぬ、嫁に行つた身が実家さとの親のみつぎをするなどと思ひも寄らぬこと
十三夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「不知哉丸の身は、その後も、つつがなく、田舎童いなかわらべのあいだで育っておると、右馬介の実家さとから便りもあった。親は無うても子は育つとか」
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「養生には逗子ずしがいいですよ。実家さとでは子供もいますし、実家さとで養生さすくらいなら此家うちの方がよっぽどましですからね」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)