きま)” の例文
「それじゃ困りますよ。先方は新店だから勉強を看板にするにきまっています。此方は老舗しにせだから、今更勉強なんかしたくありません」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
きまって相互のもつれは論理と心理の判断のつかぬ分れ目で行われ、とどのつまりは政治がぬっとこの間に巨大な顔を出して終っている。
スフィンクス(覚書) (新字新仮名) / 横光利一(著)
肺炎は必ずなおるときまったわけでもなし、一つ間違えば死ぬだろうに、あの時は不思議に死と云う事は少しも考えなかったようである。
枯菊の影 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
家を持つ準備したくをする為には、きまった収入のある道を取らなければ成らなかった。彼は学校教師の口でも探すように余儀なくされた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いえわしは無理に金をもれえに来た訳じゃねえから金はいらねえが、ほかのお客には出ねえ若草だから、伊之助さんがのきまってるが
いつかは屹度神様にお目に懸るでせうが、その折彼得ペテロは私を天国に上げる前にこの五十弗の請取証を見せろといふにきまつてゐます。
何も、恋人ともきまらぬ相手とさへも、一旦和訳して見ると、恰で熱烈な恋愛者の言葉である通りの仰山な文字面が如何にも愉快であつた。
タンタレスの春 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
つ天の星の如くきまった軌道というべきものもないから、何処どこで会おうかもしれない、ただほんの一瞬間の出来事と云ってい。
一寸怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ああいう大富豪になるとなかなか面倒なものと見えて、代々総家の相続人が社長の椅子に座ることにきまっているらしいんですの。
蛇性の執念 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
「いやそれはまだ」と主殿が少し慌てて云った、「まだはっきりきまったわけではないので、まだ誰にもその話はしていないのだ」
いしが奢る (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
言葉は柔かいが、平次の胸の中には、勃然ぼつぜんとして、命がけの決心がきまったようです。後ろ指をさされるような心持で、そのまま外へ——。
仕舞には話がこゝに書いてある通に、確かにきまつて、近処に住む老若男女共、皆なくその始終を知つて居るやうになりました。
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
第一絵描きは職業として一定の名前すら、はっきりしていないように思う、きまった名があるのかも知れないが私はまだ知らない。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
けれど其の室だけはきまって居て、既に本箱などをヤタラに投げ込んである、其の室は昔此の家の主人が自分の居室にする為に建てたので
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
小さいおちょこで二ツお酒をのんで、田所町の和田平か、小伝馬こでんま町三丁目の大和田のうなぎの中串を二ツ食べるのがおきまりだった。
その薬味箪笥を置いた六畳敷ばかりの部屋が座敷をも兼帯していて緑雨の客もこの座敷へ通し、外にきまった書斎らしい室がなかったようだ。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
肝腎要かんじんかなめの茂右衛門の行き方が、きまらいでは相手のおさんも、その他の人々もどう動いてよいか、思案の仕様もないことになる。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
必ずしも自意識の強い女はああ云う風に終るもので、お糸のように順良な女は、ああ云う結果になるときまったものではない。
予の描かんと欲する作品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「私がここへ来ても駄目だ。私は追放されるにきまっている。」そして私のゆくところはやはり今の家庭より外にはないのだ。
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そういうようなことであると、甲斐という国名と「甲」の字とが結びついている故、これを「甲」の字で書くというきまりが自然に出来ましょう。
古代国語の音韻に就いて (新字新仮名) / 橋本進吉(著)
運命がきまつてしまつたのである。三つ子の魂百までだと思ふとあさましい。つく/″\幼時の修養のゆるがせにしがたいことを今更のやうに悟る。
成程なるほど一家いつかうちに、體の弱い陰氣な人間がゐたら、はたの者は面白くないにきまツてゐる。だが、虚弱きよじやくなのも陰欝いんうつなのも天性てんせいなら仕方がないぢやないか。
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「そんなものだったかネ、何だか大変長い間見えなかったように思ったよ。そして今日きょうはまたきまりのお酒買いかネ。」
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
どちらでも纏頭てんとうに出すのはきまった真綿であるが、それらなどにも尚侍のほうのはおもしろい意匠が加えられてあった。
源氏物語:31 真木柱 (新字新仮名) / 紫式部(著)
荷車は二頭の牛にかせる物ときまつて居るらしいが、牛はヒンヅ教でシヷ神しん権化ごんげである所から絶対に使役しない。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
かけがへのねえたつた一つ命だもの、一艘の船のキールをゑる時からちやんと何百人の職工中の誰れかが二十人の死人の仲間になるにきまつてるだ。
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
摂待というのは「仏寺あるいは街衢がいくにて往来の人に茶湯を施すこと」と歳時記にある。日は別にきまっておらぬらしい。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
が、余りいろいろな慾張よくばりなかんがえが次から次と頭の中にいて来ますので、どうと言って急に考がきまらない風でした。
蕗の下の神様 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
だってお父様、こんな拝啓とか頓首とかおきまり文句ばかりですもの、いくら長々と書いてあっても何にも意味わけのないことばかりですから、そんなことを
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
晝夜二囘の𢌞診の時は、醫者はきまつて「變りはありませんか?」と言ふ。予も亦定つて「ありません」と答へる。
郁雨に与ふ (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
決心はきまりました。露子は殺されなければなりません。何時、如何にして彼女を殺すか、之が残された問題です。
悪魔の弟子 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
彼女は女のさとさで伸子のきまりが半月も遅れていることを知っている、と仄めかしたのだ。祖母は、ただ漫然と
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
なんでも一人むすめで、親類の男の子がそこの養子になることにきまっていたところで、私といっしょにその学校で教師をしていた友人と関係が出来てしまった。
妖影 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
きまった一人の旦那を守っているのでは無いらしく、大勢の男にかかり合って一種の淫売じごく同様のみだらな生活を営んでいるのだと近所ではもっぱら噂された。
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「どうもそうらしいんだよ。あんな人に係り合ってゝは、末々きっと損をするにきまっていると私は思うんだよ」
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
のみならず餅は中世以前でもやはりきまった形があり、且つ個人の所属の明らかな御供えであって、この点が飯や汁の共有状態にあるものから一歩出ている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼氏はその時刻に二馬路から三馬路にかけて歩道を散歩して居れば必ずその白い馬車を必ずきまつて見かけた。
上海の絵本 (新字旧仮名) / 三岸好太郎(著)
こんな言ひ方をすると、純小説はまるで読者といふものを無視してゐるのかと、反問されるにきまつてゐる。
ヂョウジアァナは「御機嫌ごきげん如何?」と云つて、二言三言私の旅行のことや、天氣その他のおきま文句もんくを、どちらかと云ふとまだるい、ものうげな調子で附け加へた。
きまった寝床さえありませんでしたが、ただ名前ばかりは当り前の人よりもずっと沢山に持っておりました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
梅は春咲くにきまってますね。その梅、水晶の花を咲かせましたの。私がそれを水晶と言いますと加奈子はそんな馬鹿なことがって笑ってます。私は実に不平です。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
憂欝いううつの色が見えるんですもの、そりや梅子さん貴嬢ばかりぢやない、誰でも、としと共に苦労も増すにきまつて居ますがネ、だ私、貴嬢の色に見ゆる憂愁いうしうの底には
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
たとい病気というに譃はないにしても、背後うしろに誰か金を出す者が付いているにきまっている。……心の中ではそんなことが鶯梭おうさのごとく往来する。それをじっとこらえて
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
かゝさま、そのどくって使つかひをとことやらがきまったら、くすりわたし調合てうがふせう、ロミオがそれをれたら、すぐにも安眠あんみんしをるやうに。おゝ、彼奴あいつくとふるへる。
こんな時誰でもが交す様なあの変に物静かなおきまりの挨拶が済むと、瞼をしばたたきながら、夫人は大月の問に促されて目撃したと言う兇行の有様に就いて語り始めた。
花束の虫 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「え、何んだって? 計画だって? きまり文句を云ってるぜ、お前の計画も久しいもんだからの」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
同じ階級内では、節句せっく七夕たなばたの団子などはもちろん、きまりきったお正月のもちまでもやり取りした。
唯私一人苦しむのなら何でもないが、私の身がきまらぬ為めに『方々ほうぼう』が我他彼此がたぴしするので誠に困る
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
まだ形もきまらずに茫然とした神は火の消えた釣燭臺つりしよくだいのやうに、暗闇の「三角」が自然に出來た。
さしあげた腕 (旧字旧仮名) / レミ・ドゥ・グルモン(著)
そして、十七ついの男女の組合せが出来上った訳です。男同志どうしでさえ、誰が誰だか分らないのですから、まして相手ときまった女が何者であるか、知れよう道理はありません。
覆面の舞踏者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)