嘲笑あざわら)” の例文
「何を俺は早飲み込みしてゐるんだ……どうして今そんなことが云へる……。」と彼はあまりの苦しさに今度は自分を嘲笑あざわらつて見た。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
卜斎ぼくさい鉄拳てっけんをくったせつなに、仮面めんは二つにられてしまった。そして二つに割られた仮面が、たたみの上に片目をあけて嘲笑あざわらっている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
われ、遂にその面を見知らざりしかば、否と答えけるに、その人、忽ち嘲笑あざわらうが如き声にて、「われは悪魔「るしへる」なり」と云う。
るしへる (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と署長の頭の上で、頓狂とんきょうな声がした。おどろいて署長がうしろを向くと、そこには彼と犬猿けんえんの間にあるK新報社長の田熊氏が嘲笑あざわらっていた。
人間灰 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「そりゃあうだろう、惚れてるからな」嘲笑あざわらうように鼻を鳴らした。「女を占めようと思ったら、決して此方こっちで惚れちゃあ不可いけねえ」
隠亡堀 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
追いかけて、つかまえたのは、さいぜん道庵先生が嘲笑あざわらった三人連れのお差控え候補者の中の、いちばん年かさな侍の刀のこじりです。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「貴様は一体兄を兄と思はない。亭主より外に大事なものが無いんだ。へん、亭主は大事よ。」とのど低く嘲笑あざわらつて又書斎へ戻つた。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
「うむ! ……一生君には言うまいと思っていたけれど、……此間こないだ行って見た。ふゝん!」と嘲笑あざわらうように、私の顔を見て言った。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
八銭也——体中の汚れた息を吐き出しながら、まるで尾を振る犬みたいな女だったと、私は私を大声あげて嘲笑あざわらってやりたかった。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
僕は進歩を嘲笑あざわらった。人類が契約に隷従する限り、彼らはあのばかばかしい「超人」の幻形を瞼の先から追いのけることは出来ないだろう。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
それも相手より二倍ちかくも年上の男のかるい嘲笑あざわらいや、がさつな思い上がりが、影のように透けて見えるのをどうしようもなかったのだ。
あのひとはいま乳母と私について何事を語って行ったろう、あの女は何を笑ったのであろう、私の見すぼらしい姿を嘲笑あざわらったのではあるまいか
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
まるで嘲笑あざわらうようでしたな、帰りがけに、またあの梟めが、まだ鳴いています——爺い……老爺らしゅうございましたぜ。
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
横田いよいよ嘲笑あざわらいて、お手前とてもその通り道にもとりたる事はせぬと申さるるにあらずや、これが武具などならば、大金にうとも惜しからじ
興津弥五右衛門の遺書 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
されば若し此一文を讀む人があつたなら、その人は、『何だ立花、君は這麽こんな事を眞面目腐つて書いたのか。』と頭から自分を嘲笑あざわらふかも知れない。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
彼が私の頼みを嘲笑あざわらっているのか、それとも私の勇気に感心していたのか、私にはどうしてもいずれとも判断しかねた。
相手のうちに自分の昔の姿を見出したので、みずから自分をあざけろうとでもしてるかのように、その抱負や成功の希望などを、残酷に嘲笑あざわらっていた。
嘲笑あざわらうように、また揶揄やゆするごとく、くっきり浮き上っているのが、まことに凶事きょうじそのもののように、不気味に見える。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
眺めてみると五十センチモでも一ペセタでも、税金を免れようとして一日中頭をしぼり抜いていた自分の気持までが声を挙げて嘲笑あざわらいたくなってきた。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
薄気味のわるいとりとめもなき子の笑ひが、丁度自分の恥しい行為を、嘲笑あざわらつてゐるかのやうに、勝平には思はれた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
すると印度人は自分の手を引き込めて、観客の方を向き、その男の手振を醜く真似て見せ、首根っ子を縮めて、嘲笑あざわらって見せた。毒々しいものだった。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
まるで獣芝居に出てくる白猫の役者のやうに初めは白い毛皮の身のまはりを嘲笑あざわらつてゐた人間の浮かれ心までが
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
嘲笑あざわらうそのひまにも、信連は太刀を振った。入念の作りとはいえ、彼の太刀は衛府作りの華奢なものである。
如何にや。わが眼識。誤りたるにやと嘲笑あざわらひて、威丈高ゐたけだかにわれを見下したる眼光、鬼神も縮み上る可き勢なり。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私は、生れてから決して、豫感を嘲笑あざわらふことはなかつた。何故なら、私自身にその不思議な經驗を持つてゐたから。因縁は、存在すると、私は信じてゐる。
時としては、じっと聞いているミリエル氏の前でさえ、愛すべきおごそかな調子でそれらのことを嘲笑あざわらった。
それは、かつて人体の一部であったのを、嘲笑あざわらうかのように、それらしい線やマッスはどこにも見られなかった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
茂之助は其の水溜の沼のような処へポンと仰向けに突き落され、もんどりを打って転がり落ち、ガブ/\やって居るを見て、二人とも嘲笑あざわらいながら帰って参り
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それぞ箕輪の骨牌会かるたかいに三百円の金剛石ダイアモンドひけらかせし男にあらずやと、貫一はひそか嘲笑あざわらへり。されど又余りにその人の意外なるにおどろきて、やがて又彼は自ら笑ひぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
私は鉛のような憂鬱に閉されて、湯玉で蒟蒻の切れの躍るのが、土鍋の中から嘲笑あざわらうように感じられるので、吹き上げるのも構わず、ふたでぐっとおさえていました。
扉の彼方へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
掌砲長が砲の把手ハンドルを握りしめて、口惜しさうに敵をにらんで叫ぶのを、嘲笑あざわらつてでもゐるやうに、敵弾はぶん/\飛んで来て、ところきらはず命中するそれだのに
怪艦ウルフ号 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
自分が何かに嘲笑あざわらはれてゐる見たいな怖れさへ覚えて——彼のやうにうなだれてしまひさうになつた。
夏ちかきころ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
「あッは!」と魔女まじょ嘲笑あざわらった。「おまえ可愛かわいひとれにたのだろうが、あの綺麗きれいとりは、もうなかで、うたってはない。あれはねこさらってってしまったよ。 ...
どこかで恵子がこの野良犬のようにほっつき廻っている彼を嘲笑あざわらっているように思われた。こういう気持の場合恵子のことを思うことだけでも彼はたまらなかった。
雪の夜 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
魂や情熱を嘲笑あざわらうことは非常に容易なことなので、私はこの年代について回想するのに幾たび迷ったか知れない。私は今も嘲笑うであろうか。私は讃美するかも知れぬ。
二十七歳 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
わしはいきなり彼の横面をはり倒してやり度い程に思ったが、イヤ待て待て、今にこいつの断末魔の苦悶を見て嘲笑あざわらってやる時が来るのだと、じっと心をおし静めた。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
船長せんちやう一時いちじ毒々どく/\しくわたくしかほながめて嘲笑あざわらつてつたが此時このとき眞面目まじめになつてそのひかりかたながめつゝ
その笑いは世を嘲笑あざわらい、人を嘲笑うのでないかと思われるような冷たな、白々しい笑いであった。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
握り合わせたむずかゆいような手を引っ込めて、目もとまでふとんをかぶって、そこから自分の前に立つ若い男の心の乱れを嘲笑あざわらってみたいような心にすらなっていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
大天狗は眼を覚まして、自分の縛られてるのに気づきましたが、もうどうにも出来ませんでした。ただ眼を白黒さしてるばかりでした。爺さんはそれを見て嘲笑あざわらいました。
天狗の鼻 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
こう思う傍から、「そんなに危険を感ずるほど、自分は弱い人間ではない。」と、己れの卑怯を嘲笑あざわらう気にもなった。自分が迷うのも迷わぬのも、御佛の思召一つである。
二人の稚児 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
同じ処に何時までもちぢこまつて、出たりはいつたりするものを嘲笑あざわらつてゐる不精者や利口者よりは、もう少し実際にはいろんなものを持つ事が出来るのではないでせうか。
寛一郎はもとより剛胆な男であるから、嘲笑あざわらって見ていた処で、すぐ火の玉は見えなくなった。朝になって蚊帳を調べて見ると、火の玉の這ったと思われる処が黒く焦げていた。
掠奪した短刀 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
たれもよくいふ口ですが気の長いわけさね 或一人あるひとり嘲笑あざわらひますとまた或一人あるひとりがさうでねえ、あれで一日いちにち何両なんりやうといふものになる事があるわつちうちそば鰻捺うなぎかぎはめかけを置いてますぜと
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
この身の周囲まわりの生活が、突然自分を嘲笑あざわらって、敵意をひょうしているように感ぜられて、切なかったのである。女は男の手を引っ張って、大通おおどおりけて静かな横町から内へ帰り掛けた。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
何の罪なく眠れるものを、たゞ一打ひとうちととびかゝり、鋭いつめでそのやはらか身体からだをちぎる、鳥は声さへよう発てぬ、こちらはそれを嘲笑あざわらひつゝ、引き裂くぢゃ。何たるあはれのことぢゃ。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
うすの羽織をひっかけていた。じろじろと見つめられると麻裏草履ぞうりの音もしのばせるような遠慮を示した。陽焼けした大きな顔に浮べた愛そ笑いが横から見ると嘲笑あざわらいに見える。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「やあい、おツさんはぼくを知らないのかツ。」とつて独りで嘲笑あざわらつてゐました。
熊と猪 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
れで丁度てうど加减かげんつかれて仕舞しまう、そんなにおまへ正直しようぢきつとまものかと嘲笑あざわらふやうにへば、おほきにさといふ、相手あいて茂助もすけがもとのやすらうがこゑなり、正直しようぢきといえば此處こゝ旦的だんつきが一けんもの
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「まア奧さんとしたことが。……」と、京子は嘲笑あざわらひながら、お時の聲色を使つた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)