喇叭らっぱ)” の例文
周囲あたりは下町らしいにぎやかな朝の声で満たされた。納豆なっとう売の呼声も、豆腐屋の喇叭らっぱも、お母さんの耳にはめずらしいもののようであった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
……といったような事をあえぎ喘ぎ云いながら水夫長は、寝台ベッドの上に引っくり返って、ブランデーをガブガブと喇叭らっぱ飲みにしていた。
幽霊と推進機 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
中にぶッぶッぶッぶッと喇叭らっぱばかり鳴すのは、——これはどこかの新聞でも見た——自動車のつくりものを、腰にはめてくのである。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もうひるに近い。七ツくらい、三つくらい、二人の男の子供がゐて、大きい方は部屋の諸方でやけに喇叭らっぱを吹き鳴らして五月蠅いのである。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
玉座の。閣臣帝の出御を待ちゐる。喇叭らっぱの音。華美なる服装をなせる宮中の雑役等登場。帝出でて玉座に就く。天文博士帝の右に侍立す。
と、喇叭らっぱみたいな声を出して、第一日、最初の口を切った。高師部の人々だから、皆おとなしい。黙って、答えない。すると
死までを語る (新字新仮名) / 直木三十五(著)
彼は横目よこめで時計を見た。時間は休みの喇叭らっぱまでにたっぷり二十分は残っていた。彼は出来るだけ叮嚀ていねいに、下検べの出来ている四五行を訳した。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
突然、敵の夜襲を告げる喇叭らっぱの音が藤崎台でつんざいた。だ、だ、だッと、赤い火光が闇をけ狂う。どこかで獣群のえるようなこだまがする。
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
合爾合カルカはにっこり笑って落入る。札木合ジャムカは呆然と妻の屍を見下ろして立つ時、遠く進軍喇叭らっぱの音が起り、開城を喜ぶ部落民のどよめきが湧く。
ペガッサスも同時にそれが分ったと見えて、一声高くいななきましたが、それはちょうど戦闘開始の喇叭らっぱを吹きならしたようにひびきました。
豆腐屋の喇叭らっぱの音がどこからかきこえて来た。広巳は腕組をして眼をふさいでいた。二人づれが横手の入口から入って来た。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
救いのない気持で人はそわそわ歩いている。それなのに、練兵場の方では、いま自棄やけ嚠喨りゅうりょうとして喇叭らっぱが吹奏されていた。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
白孔雀は路傍の大籠に飼われ、手長猿は人の肩に止まり、蛇使いの女は鼻孔から蛇の頭を覗かせて、喇叭らっぱと腕輪のじゃらじゃらで人をあつめる。
楯につけたる鉄と真鍮しんちゅう喇叭らっぱ、そして波も松風もいななく駒も、白き柩と共に歌う小供等も、楽器と云えば云えましょう。
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
自覚していながら、遊びの心持になっているのである。ガンベッタの兵が、あるとき突撃をし掛けてほこが鈍った。ガンベッタが喇叭らっぱを吹けと云った。
あそび (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「米国のロックフェラアいわく『人生は死に向って不断に進軍喇叭らっぱを吹いて居る』と、さすがは米国の大学者丈あって、真理を道破して居るようです……」
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
朝まだき、とつぜん銅鑼どらや長喇叭らっぱの音がとどろいた。みると、耳飾塔エーゴや緑光瓔珞ようらくをたれたチベット貴婦人、尼僧や高僧ギクーをしたがえて活仏げぶつが到着した。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
盾や喇叭らっぱを竜頭で飾ったのだから、兜を同じく飾った事もあるべきだが、平日調べ置かなんだから、喇叭も吹き得ぬ、いわんや法螺ほらにおいてをやだ。
なにしろ長さは三尺あまりで、銅でこしらえた喇叭らっぱのような物ですから、それで手ひどく殴られては堪まらない。
清三の教えるへやの窓からは、羽生から大越おおごえに通う街道が見えた。雨にぬれて汚ないぬのを四面にれた乗合馬車がおりおり喇叭らっぱを鳴らしてガラガラと通る。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その時、放してあった一人の奴国の斥候が彼の傍へ馳け寄って来ると、手を喇叭らっぱのように口にあてて彼に叫んだ。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そうです。五条油小路から宮川町までは自動車で飛ばせば五分で行けます。それに自動車の中で道々喇叭らっぱ呑みを
祭の夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
(この時の音楽おんがくはひときわかがやかしいものだった。)それから、はは食卓しょくたくに食物を運ぶ時の音楽おんがくもあった——その時、彼は喇叭らっぱの音で彼女をせきたてるのだった。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
わたしは提げてきた正宗のびんを口につけて喇叭らっぱ飲みしながら潯陽江頭じんようこうとう夜送よるきゃくをおくる楓葉荻花秋瑟々ふうようてきかあきしつしつと酔いの発するままにこえを挙げて吟じた。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
わがいえ山の手のはづれにあり。三月春泥しゅんでい容易に乾かず。五月早くも蚊に襲はる。いち喇叭らっぱ入相いりあいの鐘の余韻を乱し往来の軍馬は門前の草をみ塀を蹴破る。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
直ぐ眼下がんかは第七師団である。黒んだ大きな木造もくぞうの建物、細長い建物、一尺の馬が走ったり、二寸の兵があるいたり、赤い旗が立ったり、喇叭らっぱが鳴ったりして居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
或日、彼はそんなものの常設されている所へ遊びに行って、紫色のシャツを着たローズアが、ただひとり一本縄にさかさにぶらさがって、喇叭らっぱを吹いているのを見た。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
私は前にはそれを盲人が仲間を襲撃に呼び集める彼のいわば喇叭らっぱのようなものと思っていたのであった。
東京から来るのもあり、仙台あたりから来るのもあり、尖端的せんたんてきな歌劇の一座ともなれば、前触れに太鼓や喇叭らっぱを吹き立て、冬ごもりの町を車で練り歩くのであった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
路を扼する侍は武士の名をる山賊の様なものである。期限は三十日、かたえの木立に吾旗を翻えし、喇叭らっぱを吹いて人や来ると待つ。今日も待ち明日あすも待ち明後日あさっても待つ。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
長崎屋の筋向うの玩具おもちゃ屋の、私はいい花客おとくいだった。洋刀サアベル喇叭らっぱ、鉄砲を肩に、腰にした坊ちゃんの勇ましい姿を坂下の子らはどんなにうらやましくねたましく見送ったろう。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
朝夕聞慣れたエディンバラ城の喇叭らっぱ。ペントランド、バラヘッド、カークウォール、ラス岬、嗚呼ああ
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
あゝ千の喇叭らっぱあたりに響くもしらざるまでに人をしば/\外部そとより奪ふ想像の力よ 一三—一五
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
中洲なかずを出た時には、外はまだ明るく、町には豆腐屋の喇叭らっぱ、油屋の声、点燈夫の姿が忙しそうに見えたが、俥が永代橋を渡るころには、もう両岸の電気燈もあざやかに輝いて
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
赤坂の聯隊れんたいが近いのだということで、会社へ着くころには、いつも喇叭らっぱが鳴りひびいている。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
三笠氏の懐中電燈が、声する方へさし向けられると、その円光の中に、壁に仕掛けた黒い喇叭らっぱの口が照らし出された。老探偵は、そこへ近寄って、喇叭に口を当てて呶鳴り返す。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
孫に好かれたい一心で、玩具おもちゃ喇叭らっぱを万引しているお爺さんがいた。若いタイピストは眼鏡を買っていた。これでもう、接吻をしない時でも男の顔がはっきり見えると喜びながら。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
拳を口にあてて喇叭らっぱを吹くような塩梅に唇を鳴らしたり、はては何か唄までうたいだしたりしたが、その唄が実に変っていたので、セリファンもじっと耳を澄まして聴いていたが
枝珊瑚の根の方を岩にして、周囲まわりいかなみなみとを現わし、黒奴が珊瑚の枝に乗って喇叭らっぱを吹いているとか、陸に上がって衣物きものをしぼっているとか、遠見をしているとかいう形を作る。
プープープーと異国的な喇叭らっぱの音色が、憂々たる馬車の響きと一緒に流れてきた。
円太郎馬車 (新字新仮名) / 正岡容(著)
そして各々に大太鼓や、小太鼓や、喇叭らっぱなどを与えて、毎日放課後に練習させた。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
彼の手には自動車の喇叭らっぱの握りほどあるスポイトとビーカーとが握られていた。
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
何となれば彼らが天職は、荒雞こうけいの暁にさきだちて暁を報ずる如く、哀蝉あいせんの秋に先ちて秋を報ずるが如く、進撃を促すの喇叭らっぱの如く、急行を催す鉄笛てってきの如く、時に先ちて時を報ずるにあればなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
自然と焔硝えんしょうの煙になれては白粉おしろいかおり思いいださず喇叭らっぱの響に夢を破れば吾妹子わぎもこが寝くたれ髪の婀娜あだめくも眼前めさきにちらつくいとまなく、恋も命も共に忘れて敗軍の無念にははげみ、凱歌かちどきの鋭気には乗じ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
猩々の子供は山川の注意をひくつもりか、叫んだり檻をゆすぶったりして騒いでいたが、そのうちに繩っきれを首に巻きつけ、牡丹の花のような赤い口を喇叭らっぱ式にあけて、クゥと啼いてみせた。
蝶の絵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
はるかに馬車の影が見えてテートーと喇叭らっぱを吹けば、これ我等がためにマーチを吹くなりと称して痛快にけ出し、たちまちにして追い越してしまう。大那須野平野を行くこと五里にして関谷せきやへ着く。
右、攻撃の進軍喇叭らっぱとして、前もって唯物論の誤解の一、二を述ぶれば、その論者、口を開けばすぐに物質のほかに精神なしと論ずれども、精神なくしていかにして物質の存在を知るであろうか。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
が、やっとのことで転げるように文素玉は路地をぬけて黄金大通りへ逃げ出した。丁度その時だった。玄竜が最後の路地を曲ろうとした瞬間に、突然大通りの方から喇叭らっぱの音が嚠喨りゅうりょうと響いて来た。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
池があったのですが、それも潰されてしまって、変ったと言えば、まあそれくらいのもので、今でも、やはり二階の縁側からは、真直まっすぐに富士が見えますし、兵隊さんの喇叭らっぱも朝夕聞えてまいります。
誰も知らぬ (新字新仮名) / 太宰治(著)
何の気もつかず掘ると、手に従って赤貝や潮吹や馬鹿貝やはまぐりがぞくぞく取れるので、大いにえつに入ってあさっていると、そこへ俄然がぜん豆腐屋の喇叭らっぱのようなものを吹き立てて、偉大なる壮漢が現われた。