おごそ)” の例文
旧字:
それは当分その地にとどまり、充分看護に心を尽くすべしとか云う、森成さんに取ってはずいぶんおごそかに聞える命令的なものであった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
イエスと十二弟子たちと、語り終わって目を挙ぐればヘルモンの頂はひときわおごそかに夕陽ゆうひに映え、神の栄光をもって輝いていました。
食堂から寝室へおごそかにやって行くためには、揚々たる行進曲マーチをみずから奏した。その場合時には、二人の弟とともに行列を組立てた。
今はただ与倉中佐の危篤きとくを告げるのみでよい。最高なほまれを伝えるおごそかな軍務のひとつとして行えばよい。——が、そうできるか否か。
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
現に柏木かしわぎの附近では毎年二月五日に「南朝様」をお祭り申し、将軍の宮の御所あとである神の谷の金剛寺こんごうじにおいておごそかな朝拝の式を挙げる。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いとおごそかなる命のもとに五名の看護婦はバラバラと夫人を囲みて、その手と足とを押えんとせり。渠らは服従をもって責任とす。
外科室 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
裁判官はさびのある声でおごそかに言った。そして、法の鏡に映る湯沢医師の言葉の真意をさぐろうとの誠意をめて静かに眼をつむった。
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
彼のおごそかな態度はにわかに崩れた。彼の目には怪しい光があった。そして狼狽ろうばいの色が顔一杯に拡がり、そして全身へ流れていった。
地球発狂事件 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
しかし何かに驚いたかのように、煙りの輪は、急に散り、消え、後には、暗い空間に、刀身ばかりが、孤独におごそかに輝いているではないか。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
大悲は、盲目的な愛でないかぎり、必ず、正しい批判と、おごそかな判断と、誤りなき認識、すなわち智慧によらねばなりません。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
わづかにかく言ひ放ちて貫一はおごそかに沈黙しつ。満枝もさすがにゑひさまして、彼の気色けしきうかがひたりしに、例の言寡ことばすくななる男の次いでは言はざれば
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
が、そのため息がまだ消えない内に、今度は彼の坐っている前へ、金のよろい着下きくだした、身のたけ三丈もあろうという、おごそかな神将が現れました。
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
信一郎の顔をじっと見詰めている夫人の高貴ノーブルおごそかに美しい面が、信一郎の心の内の静子のつつましい可愛かわいい面影を打ち消した。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
お祖父さんはそれを見て、よけい声を高めて笑いましたが、やがてまた、きっと、トシオの方を向いて、今度はおごそかに
トシオの見たもの (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
自分はおごそかなる唐獅子の壁画に添うて、幾個いくつとなく並べられた古い経机きょうづくえを見ると共に、金襴きんらん袈裟けさをかがやかす僧侶の列をありありと目にうかべる。
霊廟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
やがてその音がむと、再び威圧するような、おごそかな静寂に立ちかえって、室内はたった一つの微動だも感じない。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
粉をねて、その中へ乾杏子を押し込み、焼き皿に牛酪バタを塗って、キチンとお菓子を並べ、それから、おごそかな手つきでそれをテンピの中へいれました。
キャラコさん:08 月光曲 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
侵し難いおごそかさの中にも、もろい神経的な鋭さと、瞑想めいた不気味なものとの両面が包まれているように思われた。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
交際社会(社交界)の人たちがするようにおごそかに六歩前へ進み、また三足あとへもどつて、代わりばんこにご臨席りんせき貴賓諸君きひんしょくんに向かっておじぎをした。
なお典獄は威儀おごそかに、御身おんみの罪は大赦令によりて全く消除せられたれば、今日より自由の身たるべし。今後は益〻国家のためにはげまれよとの訓言あり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
ある朝、お日様がカツカツカツとおごそかにお身体からだをゆすぶって、東からのぼっておいでになった時、チュンセ童子は銀笛を下に置いてポウセ童子に申しました。
双子の星 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
のみならず老中はじめ諸大官が威儀正しくそこに居並ぶから、客も周囲のおごそかさに自然と気をのまれるからで。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
子供ながらもその場のおごそかな気込きごみに感じ入って、たたずんだままでいた間はどの位でしたか、その内に徳蔵おじが
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
叔父は聞き終って別に驚きもせず前よりは更におごそかな声で「夜前の事はお浦の詐略だろう」余「エヽ何と」叔父
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
おごそかに言い渡しているのは意外にも先日、甲府の旗亭で、神尾主膳と酒を飲んでいた折助おりすけの権六でありました。
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「そこに、わたしいてきたくるまがありますから、ひとついてごらんなさい。」と、おとうとは、おごそかにいいました。
くわの怒った話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そうして大揺れの下甲板に粛々とかつぎ上げられると、午後の正四時に船長がヒューウと吹き出した口笛を合図にして、おごそかな敬礼に見送られつつ水葬された。
幽霊と推進機 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
孤独のうちにおけるその眠り、そして彼がごとき者を隣に置いてのその眠りは、何かしらおごそかなるものを持っていた。彼はそれを漠然と、しかし強く感じた。
一人は土方晋、一人は万理小路某と臆するところもなく役者に名を告げた。そして土方がおごそかな言葉で
増上寺物語 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
私はそれよりもむしろ、ジャン・クリストフの最後に、「愛と憎とのおごそかな結合たる諧調かいちょう(一一)
そして今夜此の近くに切支丹の集まりがあるのを知らないかと低くおごそかに訊ねた。主婦は眼を円くし、銀貨と彼の顔を見比べてゐたが実際何も知らない様子であつた。
おごそかなほどしずかに、——そこからこちらへ、幾千万里の距離をこちらへ、この国のこの城下町へ、五万二千石の藩政をめぐって、激しく狼火のろしを打ちあげた人々の中へと
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
おもむろにシャッタア[#「シャッタア」は底本では「シャ※タア」]を切るのだったが、二階へあがって来ると、呑めもせぬ酒をぎ、おごそかな表情で三々九度の型で
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
朝々の定まれる業なるべし、神主禰宜ねぎら十人ばかり皆おごそかに装束しょうぞく引きつくろいて祝詞のりとをささぐ。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それはいいが、今その唐唄からうたをお経のようにおごそかに唱えながら現れたのは、藤吉第二の乾児——といっても二人きりなのだが、その二の乾児のとむらい彦、葬式彦兵衛だった。
と言う母のいましめをおごそかに聞かされてから私はまたおきての中にとらわれていなければならなかった。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
おごそかな勅語捧読、最敬礼、菊の紋章のついたお菓子を貰って、その日はお休みだ。菊の薫りのように徳の薫りが漂うていた。記念の清書が張り出される。私はいつも一等賞だ。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
炎々えんえんと燃えあがった塔上とうじょうの聖火に、おなじく塔上の聖火に立った七人の喇叭手らっぱしゅが、おごそかに吹奏すいそうする嚠喨りゅうりょうたる喇叭の音、その余韻よいんも未だ消えない中、荘重そうちょうに聖歌を合唱し始めた
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
文麻呂 (おごそかに)柿本かきのもと朝臣人麻呂あそんひとまろ。過ギシ近江荒都時作レル歌。…………
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
渠は又、近所の誰彼、見知越みしりごしの少年共を、自分が生村の会堂で育てられた如く、育てて、教へて……と考へて来て、周囲あたりに人無きを幸ひ、其等に対する時のおごそかな態度をして見た。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
されば必ず永久とこしえの別れちょう言葉を口にしたもうなかれ。永久の別れとは何ぞ。人はあまりにたやすく永久とこしえの二字を口にす。恐ろし二字、おごそかなる二字、人を生かし人を殺す二字。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
仁科少佐はいつもと違った総長のおごそかな態度に、身体をこわばらしながら答えました。
計略二重戦:少年密偵 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
入口はその格子の一部分で、そこに鉄製の潜戸くぐりどがあって、それには赤錆あかさびのした大きな鉄の錠が、いかにもおごそかに、さもさも何か「重大事件」といったように重たく横たえられてある。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
このチョモ・ラハリはあたかも毘婁遮那びるしゃなおごそかに坐するがごとく曠原こうげんの一角にそび
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
下半の訓は契沖の訓(代匠記)であるが、古義では第四句を、「い立たしけむ」と六音に訓み、それに従う学者が多い。厳橿いつかしおごそかな橿の樹で、神のいます橿の森をいったものであろう。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
その小さな村のおごそかな掟に従って、こちらへ払いあちらへ払いしなければならなかったので、遂には、どんなものであろうととにかく村というものが呑み込まれずに残っているということが
打払うちはらい方の儀おごそかに取はからうに付き、阿蘭オランダ船も長崎の外へ乗り寄る事有るまじきことにてもこれ無く、船の形似寄り候えば、かねてその旨を相心得、不慮の過これ無きよう心掛け通船致すべき旨
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
旋廻軸に触れた心持はさびしいものであると共に、おごそかな冷かな静かな落附いたものである。これに触れると、今まで前にのみ見立てゐた現代がぐるりとひつくり返しになつたやうな気がする。
現代と旋廻軸 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
そこでこらえ兼て、娘に向い、おごそかに云い聞かせる、娘の時の心掛を。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
和泉の人の父もまた同様、手をついておごそかにいった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)