かく)” の例文
私は俎上の魚となった以上敢て逃げかくれはしない。内外の学者文士、評論家に由って私の人間味を忌憚なく縦横に評論して戴きたい。
これは上野介が浪士の復讐を恐れて、実子上杉弾正大弼綱憲だんじょうだいひつつなのりの別邸にかくまわれているというような風評うわさがあったからにほかならない。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
「そうよ。なんとか今夜中に、ここの鎧材料をみんな、穴でも掘って、かくしてしまわなければ、奪上とりあげられる。……いいか、みんな」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あけすけな無遠慮な部分は、まだ踊り狂っている残忍な視線からかばいかくすように、許生員はその前に立ちはだからねばならなかった。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
いまかならずしも(六四)其身そのみこれもらさざるも、しかも((説者ノ))((適〻))かくところことおよばんに、かくごとものあやふし。
それは新鋳の通用金と、旧鋳の金を換える時、そっと用意した贋金と摺り換え、真物の小判を三千両も貯めて、井戸の底にかくしたのだ。
金万かねまんの若旦那実は敏腕家だけれど、差当り親父が頑張っているから、驥足きそくのばすことが出来ない。猫のようになって、爪をかくしている。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
見てからといふものは私の羞耻はにかみに滿ちた幼い心臟は紅玉ルビイ入の小さな時計でも懷中ふところかくしてゐるやうに何時となく幽かに顫へ初めた。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
右馬うまかみ菟原うばら薄男すすきおはとある町うらの人の住まない廃家の、はや虫のすだいている冷たいかまどのうしろにこごまって、かくれて坐っていた。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
幕末に際し、実家に遁入とんにゅうしてかくまわれた多くの幕士の中の一人だが、美男なので実家の娘におもわれ、結婚して当主に直った人であった。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私があんまりポチばかり可愛がって勉強をしなかったから、父が万一ひょっとしたらこらしめのため、ポチを何処かへかくしたのじゃないかと思う。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
鹿が白髪の翁に化けて来て、明日は天人が川に下りて水を浴びるから、松の樹にかけてある羽衣の一つをかくして、その天人を嫁にせよ。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
此方こちらはおかめ丹治はおえいと丹三郎の死骸を藁屋にかくし火葬に致しましたが、茅屋かやゝゆえ忽ちに燃え広がり母屋へ移り、残らず類焼する。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
これはお尋ね者が来ても決してかくしてはならないとのきびしいお達しだからと言って断わられ、日暮れごろにとぼとぼと帰路についた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
江戸から、広島へ、広島から、大阪、奈良へと、己の身体をかくすのに忙がしかった又五郎は、すっかり、陽に灼けて、旅窶たびやつれがしていた。
寛永武道鑑 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
七斤ねえさんは七爺の顔を見ると、せい一杯にお世辞笑いをして「天子様がおかくれになったら、いずれ大赦があるのでございましょうね」
風波 (新字新仮名) / 魯迅(著)
どこかへさらってゆかれたにしても、あとのほうならまず躯に別条はないだろう、人に知れないところにかくまわれて、いかさま賽を
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
けれどもそれはつい二三週間前までのやうなただれた真赤な空ではなかつた。底には快く快活な黄色をかくしてうはべだけがくれなゐであつた。
直ちにかくしたまはずば、我はマーレブランケをおそる、彼等既にうしろにせまれり、我わが心に寫しみて既に彼等の近きをさとる —二四
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「われわれが教育読本のために求めるのは、背後になんら正しからぬものをかくしておらぬ率直な物語のもつまことのうちにる清浄無垢である」
『グリム童話集』序 (新字新仮名) / 金田鬼一(著)
「わたしは貧しいから、立派な邸宅のないのをじます。ただ茅廬あばらやがあります。しばらく一緒にかくれようではありませんか。」
蓮花公主 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
ことによると自分のい立ちには、何かの秘密がかくされていそうだ位のことは気のつきそうな年頃になっても、私はいっこう疑わなかった。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ジナイーダはすぐさま、わたしが彼女に恋していることを見抜みぬいたし、わたしの方でも、別にそれをかくそうとも思わなかった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
この真理こそ疑い得ない事実ではないか。史家はあの偉大な茶器が、真に平凡な普通の品に過ぎなかったことをついにかくすことができない。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
けれどもそれはつい二、三週間前までのようなただれた真赤な空ではなかった。底には深く快活な黄色をかくしてうわべだけが紅であった。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
婚礼の当夜、盃事がすむと同時に、花嫁は家をげ出て、森や神山(御嶽オタケと言う)や岩窟などにかくれて、夜は姿も見せない。
最古日本の女性生活の根柢 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
西洋にはシセロ説に寝牀ねどこの下に鶏卵一つかくされあると夢みた人が、判じに往くと、占うて、卵が匿され居ると見た所に財貨あるべしと告げた。
かくせば匿す程余計に見たいというような訳で、もう手を合わさぬばかりにして頼みに来るものですからどうもしようがない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
細君はますます不思議に思って、そっとへやの中にかくれていると、方棟の鼻の内から小さな人が二人出てきたが、その大きさは豆ほどもなかった。
瞳人語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
何しろ、一生懸命になって秘しかくしていた、谷山家のいまわしい血統が、龍代の自殺をキッカケにして、世間に暴露しそうになったのですからね。
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ところが、決闘の結果同僚の一人を傷つけて、査問されようとするところを、艇長がUR—4号の奥深くにかくしたのです。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
傘は二人の恋人をかくし、保護し、そのすかし入りの影で二人をおおっている。というのは、太陽の白い針が、そこかしこ、穴を明けているのである。
かくまひくれよとの頼み故其儘懷中なし夜に入しかば急ぎ歸る河原にや何やらつまづきしが死骸しがいとも氣が付ず行過たり彼の安五郎は九助にわかれ妻の行方を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そんなら、何処どこで勝つかと言えば、技巧の中にかくされた人生観、哲学で、自分を見せて行くより、しようがないと思う。
……そこで、その金はどうした? 最初のうちならともかく、おいおい金高が多くなれば、ちょっとやそっとの場所へかくしておけるもんじゃない。
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
溥洽ふこうは建文帝の主録僧しゅろくそうなり。初め帝の南京なんきんに入るや、建文帝僧となりてのがれ去り、溥洽じょうを知ると言うものあり、あるいは溥洽の所にかくすとうあり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼アンジエロの獲つる金は、むかし人の魔穴を怖れて、敢て近づくことなかりし時、海賊のかくしおきつるものなるべし。
盗んでこれをかくし、殺して遁逃とんとうするは何ぞや。他の平安幸福をば害すれども、おのずから害するを好まざるの証なり。
教育の目的 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「ウム……言われて名乗るも烏滸おこがましいが、練塀小路ねりべいこうじかくれのねえ、河内山宗俊こうちやまそうしゅんたァ俺のことだッ」とでもやられて見ろ、仮令たといその扇子が親譲りの
青バスの女 (新字新仮名) / 辰野九紫(著)
で、彼女はこの苦しい事実をなるべくかくおおそうとしていました。ですから先生は、セエラに何か問われて、ぼろを出してはならないと思ったのでした。
だがどれも手足だけに切り離された夢で、大事なところになると彼は急いで菓子をかくす子供の狡猾こうかつさを取戻した。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
誰ひとり、彼が花壇を飛び越え、花を鷲掴わしづかみにして、いそいで胸の肌衣はだぎの下にかくしたのを見たものはなかった。
なげきに枝を添うるがいたわしさに包もうとはつとめたれど……何をかくそう、姫御前ひめごぜは鏁帷子を着けなされたまま
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
だが、蘭子ちゃんの親戚しんせきや友だちの家じゃ、すぐあいつに気づかれるだろうし、といって、僕にも君をかくまってくれるような人の心当たりはないのだが……
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お今の姿のかくされたことに心着いた浅井は、その当座深く問いめもしなかったが、お今の身のうえを、お増の考えで取り決められたことが不安であった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
水におぼれた人を、伊太夫殿が湖水からすくい上げて来て、それを一室にかくまい、治療をさせようという次第で、急に僕のことを思い出して使を立てたものらしい
そう云う別世界こそ、身をかくすには究竟くっきょうであろうと思って、此処彼処ここかしこといろいろに捜し求めて見れば見る程、今迄通ったことのない区域がいたところに発見された。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこに秀蓮尼しゅうれんにというあまさんがんでいるから、その人にわけを言ってかくまってもらうといいわ。分って?
鍵から抜け出した女 (新字新仮名) / 海野十三(著)
だが裸は埋没され叮嚀ていねいかくされているのが常である。善いにせよ、悪いにせよ、それが事実である。いくら理想家でも、人間に即刻裸で歩けとは言えないであろう。
触覚の世界 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
もううなってはかくしても隠されないので、お豊は番頭どもを呼びあつめて、その秘密を打ちあけた。
半七捕物帳:26 女行者 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)