りん)” の例文
山茶花さざんかりんと咲いている。静かだ。太平洋でいま戦争がはじまっているのに、と不思議な気がした。日本の国の有難ありがたさが身にしみた。
十二月八日 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あか染みた、こわい無精髭が顔中を覆い包んでいるが、鼻筋の正しい、どこか憔悴やつれたような中にも、りんとした気魄きはくほの見えているのだ。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
蓑と笠を衣た姿で、りんと立って、短刀で青眼に構えていた。二人の侍が左右から刀をつきつけていたが、近寄れないようすであった。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
木遣きやりでも出そうな騒ぎ。やがて、総がかりで女をかつごうとしていると、そばの闇黒くらやみから、りんとして科白せりふもどきの声が響いた。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
而してりんとした運転手服を着て大家に乗り込んで、そこにゐる女達を片端から征服してやると、多少の予期なしにではなく揚言したりした。
(新字旧仮名) / 有島武郎(著)
この身體の何處に貯へて置くかと怪まれる許り立派な、美しい、堂々たる、廣い胸の底から滯りなく出る樣な、男らしいりんとした聲である。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
ことばにつれて、如法の茸どもの、目をき、舌を吐いてあざけるのが、憎く毒々しいまで、山伏はりんとしたうちにもかよわく見えた。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
白いあぎとたんの如き唇——もっと深くさし覗くとりんとした明眸めいぼうが、海をへだてた江戸の空を、じっとみつめているのであった。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雪之丞の、あのりんとして、白梅のような美しい顔が、目にうかんで、彼女の魂を、鋭く、しかし、甘ったるく、噛み破ろうとするのであった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
やや面長おもながなお顔だち、ぱっちりと見張った張りのある一重瞼ひとえまぶち。涼しいのも、さわやかなのも、りんとしておいでなのもお目ばかりではありませんでした。
大塚楠緒子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
美しい百合のいきどおりは頂点ちょうてんたっし、灼熱しゃくねつ花弁かべんは雪よりもいかめしく、ガドルフはそのりんる音さえいたと思いました。
ガドルフの百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
貫一は宛然さながら我が宮の情急じようきゆうに、誠壮まことさかんに、りんたるその一念のことばを、かの当時に聴くらん想して、ひとり自ら胸中の躍々として痛快にへざる者あるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
りんとしていったことばに、いそいそとして表へ出ていった様子でしたが、まもなくお由のそこへ導いてきた者は、年のころ五十がらみの上品な、だが
「まあ」とお仙驚いたが、見れば縹緻きりょうは美しく、それにりんとした品もあり、悪婆あくばでないということは、一見すぐに見てとられた。そこで愛想よくうなずいた。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「枝ぶり悪き桜木は、切って接ぎ木をいたさねば、太宰の家が立ちませぬ」と、定高はりんとした声でいい放つ。
島原の夢 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
其上、此ほどはっきりとした答えはない、と思われる位、りんとしていた。其が、すべての者の不満を圧倒した。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
優しい良い男ですが、性根が確りものらしく、柔かい聲もりんとして、強大な自信は貧乏ゆるぎもしません。
蒼褪あおざめてはいられながらも、一言ひとこと一言に頷いていられる殿下の、気高くりんとした若々しい顔を眺めていると、これでは丁抹乙女たちが胸躍らせるのも無理はないな! と
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
それでいて、おくほうにはりんとした、たいそうおつよいところもおのずとそなわっているのでございます。
京都で見た頃まだ女学校へはいつたばかしであつたこのひとの面影も両の頬に残つて失はれてゐず、りんとした口調の中にかよつてゐる弟への愛情にも、素直な感傷がうかがはれた。
木の都 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
かつ「ぼたん」といふ音の方が強くして、実際の牡丹の花の大きくりんとしたる所に善くひ申候。故に客観的に牡丹の美を現さんとすれば、牡丹と詠むが善き場合多かるべく候。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
二つ目の窓の陰に身をそばめて、聞きおれば、時々腹より押し出したような父の笑い声、りんとした伯母の笑い声、かわるがわる聞こえしが、後には話し声のようやく低音こえひくになりて
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
送って来たらしい女学生風の少女に一人一人訓戒めいた詞を掛ける。切口状きりこうじょうめいた詞が、血の色の極淡いくちびるからりんとして出る。洗錬を極めた文章のような言語に一句の無駄がない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
わたくしはなしつひでに、日出雄少年ひでをせうねんことをば一寸ちよつとかたつたので、大佐たいさりんたるまなこ少年せうねんおもててん
先生のには花の包みがあり、身嗜みだしなみのいい、小柄な姿はりんとしたものがあった。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
美奈子はりんとした甲走かんばしつた声で云つた。執達吏と山田とは文庫を一寸ちよつと開けて見て
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
土色の頬には光澤が出て來て、かすれた聲にもりんとした響が加はつて來た。
計画 (旧字旧仮名) / 平出修(著)
一日も早く、一人でも多く連れて帰って来てくれと、あおざめて——しかし、りんとして挨拶あいさつをした。そのあいだ、残る面々は、自身に申し出て可能なだけの開伐をしておこうとも約束するのであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
と呼ぶ丑松のりんとした声が起つた。式は始つたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
すべて目ざめてりん然と武具携へて並びあり。
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
自分の四肢ししりんとして振動するのである。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
と母親はいつになくりんとして反問した。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
りんとして抗しがたいものがあった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
権兵衛はりんとした顔をした。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
一枚の葉のりんとして挿木さしきかな
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
力を入れると、りんと響く。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
りんとした態度が、どんなに奥女中のあいだで評判になっているか、彼が長屋から役所への出入りを、どこでどんなふうにのぞき見をするか
「ええ、焼ける家だったのですね。父も、母も、仕合せでしたね。」焔の光を受けて並んで立っている幸吉兄妹の姿は、どこかりんとして美しかった。
新樹の言葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
孔明は櫓の高楼から身を臨ませて、喪心狼狽そうしんろうばい、墓場の風のごとく去喪している城兵に向って、こうりんと、命を下した。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「何、串戯じょうだんなものか。」と言う時、織次は巻莨まきたばこを火鉢にさして俯向うつむいて莞爾にっこりした。面色おももちりんとしながらやさしかった。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
だが、わたしは、そのおりの印象を、ふらんすの貴婦人のように、ほそやかに美しい、りんとしているといっている。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
男まさりといいそうな老女のりんとした威風にし付けられて、鬼のような髭奴共も頭を抱えてうずくまって仕舞った。播磨も迷惑そうに黙って聴いていた。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
りんとした声に、躍りかかった四、五人の者が、長靴を外すと、そのとたん、フローラは激しい動悸どうきを感じた。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その中をずいずいと、威儀正しく歩み進むと、薩州侯の乗物をのぞみながら、りんとして呼ばわりました。
「善いかな善いかな善い相好そうごうじゃ! 女ながらも将帥しょうすいうつわ、これなら秘法の解釈を、譲り渡しても心配はあるまい。娘よ、秘巻をひらくがよい!」りんとした声でこう云った。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
やがて傍近そばちかく寄りて、幾許いかばかり似たるとながむれば、打披うちひらけるはなびらりんとして玉をいたる如く、濃香芬々ふんふんほとばしり、葉色に露気ろき有りて緑鮮みどりあざやかに、さだめ今朝けさりけんとおぼしき花のいきほひなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
だが長い訓練が、老女の心をとり戻した。りんとして、反り返る様な力が、湧き上った。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
船室は忽ちに嘔吐おうどの声氛氳ふんうんとして満ち、到底読書の興に安んじがたく、すなはちこの古帽と共に甲板に出れば、細雨蕭条せうでうとして横さまに痩頬そうけふを打ち、心頭りんとして景物皆悲壮、船首に立ち
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
りんとした聲、——入口に立ちふさがつたのは、異香薫いかうくんずるやうな部屋の主でした。
どことなく、りんとした、許さぬ調子が、ふくまれていた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)