先途せんど)” の例文
「駄目だよ今日は。観念あきらめるさ。とてもかなわぬ事だから、僕は此処を先途せんどと喋り散らして花々しく討死する覚悟だ。ワッハヽヽヽ」
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
大きな五つ紋の黒羽織くろばおりに白っぽい鰹魚縞かつおじまはかまをはいて、桟橋の板をほお木下駄きげたで踏み鳴らしながら、ここを先途せんどとわめいていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その寒さを何とも思わず、群衆はこね返している。商売人の方はなおさら、此所ここ先途せんどと職を張って景気を附けているのです。
さればコン吉は、手鍋キャスロオルの中でられる腸詰のごとく、座席の上で転げ廻りながら、ここを先途せんどと蝙蝠傘に獅噛しがみついている様子。
反対者の冷笑熱罵ねつばもコヽを先途せんどき上れり、「露探」「露探」「山木の婿の成りぞこね」「花吉さんへよろしく願ひますよ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
六角の南、錦小路にしきこうじの北、洞院とういんの西、油小路の東、本能寺の四面両門はもう明智勢の甲冑かっちゅうと、先途せんどを争う寄せ声で埋まっていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大根の輪切りを蒲鉾かまぼこのつもりにした御馳走を持って、お花見に繰り出してゆく、そのおかしさを、ここを先途せんどと圓太郎は熱演しているのだった。
円太郎馬車 (新字新仮名) / 正岡容(著)
人に頭をさげられつづけて、生まれてからこの自分の頭をさげたことのない対馬守、ここを先途せんどと、平蜘蛛のようにペコペコお辞儀をしている。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
もぎとるようにしてお雪をつれて行くと、無理矢理むりやり有朋のそばへ坐らせて、お女将は、ここを先途せんど愛嬌あいきょうをふりまいた。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
それが縁で、今はその女をも何とか先途せんどを見届けてやらないことには、自分の良心にやましいような事態となりました。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それに応じて、わが空中部隊も、ここを先途せんどといさましい急降下爆撃をくりかえします。地上は硝煙しょうえんにつつまれ、あたりはまっくらになりました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
こゝを先途せんどとまづたくはへたまひけるが、何れの武官にやそゝくさ此方へ来らるゝ拍子ひやうしに清人の手にせし皿をなゝめめにし、鳥飛んで空にあり、魚ゆかに躍り
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
姐さんのおごりというので、みんながここを先途せんどと色気なしに、むしゃむしゃ食っているのを、お絹は箱に倚りかかりながら黙って離れて眺めていた。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
席上は入乱れて、ここを先途せんどはげしき勝負の最中なれば、彼等のきたれるに心着きしはまれなりけれど、片隅に物語れる二人は逸早いちはやく目をそばめて紳士の風采ふうさいたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ここを先途せんどげども、せども、ますまするるなみいきおいに、人の力はかぎりりて、かれ身神しんしん全く疲労して、まさ昏倒こんとうせんとしたりければ、船は再びあやうく見えたり。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
叔母の先途せんどを見届けてもし難儀をしているなら、救い出してやろうといった気になったのでしょう。
其れから明治廿九年乃木中将が台湾たいわん総督そうとくとなる時、母堂が渡台の御暇乞に参内さんだいして、皇后陛下の御問に対し、ばばは台湾の土にならん為、せがれ先途せんどを見届けん為に台湾にまいります
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
歴史小説というものが、この頃おそろしく流行して来たようだが、こころみにその二、三の内容をちらと拝見したら、驚くべし、れいの羽左、阪妻が、ここを先途せんどと活躍していた。
鉄面皮 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あらゆる若い娘たちの先途せんどすなわち到達点、もっと大袈裟おおげさな語でいえば女の修養の目的が是にあったとこは、あらゆる若者が家長の地位をるのを目標に、努力したのも同じである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
千代子と僕に高木を加えてともえを描いた一種の関係が、それぎり発展しないで、そのうちの劣敗者に当る僕が、あたかも運命の先途せんどを予知したごとき態度で、中途から渦巻うずまきの外にのがれたのは
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
金眸も常に念頭こころけゐて、後日の憂ひを気遣ひし、彼の黄金丸を失ひし事なれば、その喜悦よろこびに心ゆるみて、常よりは酒を過ごし、いと興づきて見えけるに。聴水も黒衣も、ここ先途せんど機嫌きげんを取り。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
が、何だか地体は更に解らぬ。依てさらに又勇気を振起して唯この一点に注意を集め、傍目わきめも触らさず一心不乱に茲処ここ先途せんどと解剖して見るが、歌人の所謂いわゆる箒木ははきぎで有りとは見えて、どうも解らぬ。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
熊蝉が、あちらこちらの樹に止って、ここを先途せんどと鳴いていた。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「どうせのことだ。長野あたりまで、妹の行った先途せんどを見とどけ、そのに、水分へ帰ろうよ。さしたる廻り道ではない」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、ベラントは此所ここ先途せんどと商才のありったけをぶちまけて、遂に鉛華を完全に手に入れてしまったのである。
新町では木の花踊り、北と南とでは浪花踊り、負けない気になって物言う花も、ここを先途せんどえんを競った。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
何がどうしてなんとやら——自分でもいっさい夢中で、ただもうここを先途せんどとべらべらしゃべりたてている与吉を大膳亮は、いささかあきれてのぞきこみながら
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しかしそれが失敗のもとだった。そんなことをやったおかげで子供の姿勢はみじめにもくずれて、扉はたちまち半分がた開いてしまった。牛乳瓶はここを先途せんどとこぼれ出た。
卑怯者 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ついに決心して、自分はそのあとを追わねばならぬ、追いかけて、二人の手からあの女を取り戻して……取り戻さないまでも、あの女の先途せんどを見届けてやらねばならぬ。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
突然いきなりどんつくの諸膚もろはだいだいきほひで、引込ひつこんだとおもふと、ひげがうめかた面當つらあてなり、うでしごきに機關ぜんまいけて、こゝ先途せんど熱湯ねつたうむ、揉込もみこむ、三助さんすけ意氣いき湯煙ゆげむりてて
銭湯 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
秘書の本田大助は、大手を拡げないばかりに、此処ここ先途せんどと玄関に関を据えます。
笑う悪魔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そこまでたどりつくことを先途せんどとするような者ばかりが多かったのである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ここを先途せんどと必死のお道化を言って来たものですが、いまこの堀木の馬鹿が、意識せずに、そのお道化役をみずからすすんでやってくれているので、自分は、返事もろくにせずに、ただ聞き流し
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「利用出来るうちは先途せんど利用しといて、もう利用価値ないようになった云うて、低能の坊々ぼんぼんに好え口があるやたら、一人で満洲へ行ってしまえやたら、ようそんなことが云えたもんや思うわ。………」
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「そこもとたちふたりは、若君の右翼うよく左翼さよくとなり、おのおの二十名ずつの兵をして、おそばをはなれず、ご先途せんどを見とどけられよ、早く早く」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「はい。壮烈なる空中戦の結果、墜落したようであります。われわれも、戦闘中でありましたため、はっきり、その先途せんどを見届けることが、できませんでした」
地底戦車の怪人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ここを先途せんどと、引換え立替え、レコードを取換え、針をさし換えるひまがもどかしいように、西洋から、南洋から、支那朝鮮の音楽にまで、自分の持てる芸術の総ざらいをはじめて終り
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
汪克児オングルはここを先途せんどとおかし味たっぷりに、踊ったり跳ねたりする。
いつか石の稽古なんかそっちのけに、ここを先途せんどと暁闇の川中島さして上杉謙信入道を、堂々と進軍させていた。声ももう小声ではなく、いつしか仕事場の低い天井へ破れるような大音になっていた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
と、ここを先途せんどと必死のお世辞。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
徳川軍とくがわぐんにかこまれた伊那丸いなまるさまが、勝ったか負けたか、生きたか死んだか、その先途せんどとどけないのがいけないというのかしら、そういえば
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
博士の命令によって、新田先生は、ここを先途せんどと、ガス弾を、あとからあとへと撃ちつづける。
火星兵団 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ここを先途せんどと主水正は口説くどきにかかる。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
第二には、主君の妻子一族を託されながら、その先途せんどをも見とどけず、ひとり勇潔にはやること、これ短慮不信なりといわれても、ぜひあるまい。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
丁坊は、ここを先途せんどと、チンセイの心をうごかすことにつとめた。
大空魔艦 (新字新仮名) / 海野十三(著)
殿様連、ここを先途せんどと貧乏くらべだ。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ここを先途せんどとしのぎを削ったので、さしも乱れた大勢を、ふたたび盛り返して、四囲の敵を追い、さらに勢いに乗って、公孫瓚こうそんさんの本陣まで迫って行った。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
味方の声に、思わず振り向くと、張郃の先途せんどを案じて、慕ってきた百余騎の将が、一斉に山を指さして叫んだ。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
楊志ようしの落ちつき先は、ひとまず二龍山宝珠寺と、ここに先途せんどを見とどけることはできたが、なおまだ、黄泥岡こうでいこう事件の後始末は、なにも目鼻はついていない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
落ちてゆく、宮やわが子の先途せんどを、義光の眼がさがしていた。同時に自分の死所に安心したふうでもあった。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)