ひとえ)” の例文
これというのもひとえに先きの世の宿業しゅくごうである。若し怨恨を結ぶ時にはそのあだというものは幾世かけて尽きるということのないものだ。
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
呉服屋も、絵師も、役者も、宗教家も、……ことごとく夫人の手に受取られて、ひとえにその指環の宝玉の光によって、名を輝かし得ると聞く。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これ程のものが今迄彼に見えなかったのは、ひとえに彼の位置がわるかったからに違いない。日下部太郎は、感動を声に出して立ち上った。
伊太利亜の古陶 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
女の眼はひとえに三味線の糸の上に落ちているようである。恐らく彼女は、自分のかなでている音楽を、一心に聞きれているのでもあろう。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
これともうすもひとえ御指導役ごしどうやくのおじいさまのお骨折ほねおりわたくしからもあつくおれい申上もうしあげます。こののちとも何分なにぶんよろしうおたのもうしまする……。
貸して賜われた。ひとえ仏陀ぶっだ衆生しゅじょうのためとは申せ、浅からぬご法縁、たとえ法然、遠国に朽ち果てようとも、ご高誼こうぎのほどは忘れませぬぞ
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うお勤めを致しましたのも、ひとえに旦那さまのお蔭さまと蔭ながら申暮もうしくらして居りました、当年もまた相変らずお願い申します
京城では発着が前後した上に、宿屋さえ違ったものだから、泰然と講演を謝絶する余裕があった。これはひとえに橋本のいなかった御蔭である。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
或はその善悪正邪はひとえに神聖なる本能によつて定めらるべきであると信じてゐる人々は諸々の理想を創造する人間の力が永く進化の一要素であり
恋愛と道徳 (新字旧仮名) / エレン・ケイ(著)
こんな風をしてあるけるようになったのもひとえに震災の御蔭である。「地震鯰」もこういう風にばかりゆすぶっていれば、大蔵大臣にして差支えない。
念珠一串いつかん水晶明らか 西天を拝しんで何ぞ限らんの情 只道下佳人かじんひとえに薄しと 寧ろ知らん毒婦恨どくふのうらみ平らぎ難きを
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
原詩及原作者について解説することは筆者の能くし得るところではないからひとえに読者の宥恕ゆうじょを請うばかりである。
「珊瑚集」解説 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
信長をうかがひ撃たんと思ひしかば、朋輩の勇士にかたらひ合せけるは、面々明日の軍に打込の軍せんと思ふべからず、ひとえに敵陣へ忍び入らんことを心掛くべし。
姉川合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
かつ儂今回の同行、ひとえに通信員に止まるといえども、内事は大井、小林の両志士ありて、充分の運動をなさん。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
この場面に運び入れる舞踊は、舞踊本来の持つ「夢」をあく迄も保ち度い。かくて双者を美によって協調諧和させる。これはひとえに芸術家の「表現」の力につ。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
然し夫人おくさん、悲痛の重荷はひとえにあなたの肩上に落ちました。あなたの経歴された処は、思うも恐ろしい。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
凡夫といえどもよく神人交感の境地に到ることを得て、浄行の法悦に浸り、六根を清浄にし、息災延命を前途に約束し得る喜びは、ひとえに開祖の徳によるものなることを感悟せしめ
山の今昔 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
僕は中学校へ入る時も二度失敗しくじっている。受験苦というものをつぶさに嘗めた。それが皆自分の実力の致すところでなくて、ひとえに菊太郎君のお蔭だと思うと、今更恨めしくなる。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
って相考え候は、詩の語もいたずらに夫の居らざるを嘆くの事に非ず、膏沐こうもくひとえに夫につかうる礼にて、他人へ見せものに致すにはこれ無き筈にて、詩語乃ち礼意かと存じ奉り候。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
これを採用すると否とは、ひとえに汝等の公明正大なる心の判断に任せるより外に道がない。
我らが存命ひとえに大王の力なり、いかでか、その恩を思い知らざらん、速やかに送り奉るべしとて、数万の猿猴大王にしたがって往き、南海のあたりに到りければ、いたずらに日月を送るほどに
三田の中心となりて文壇にそれより御雄飛の御奮発は小生のひとえに懇願する所何卒御快諾の吉報に接したく存をり候もとより御内意を伺ふまでにて事定らば別に正式の交渉はこれあるべく候
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
大きな声で自分を叱り付けるのであると思召あらんことをひとえに希望致します。
教育家の教育 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
演者苦心の神経怪談こころをこめて勤めますれば、ひとえに大入り満員の、祝花火をおおきく真っ赤に、打ち揚げさせたまえと祈るは、催主馬楽がいささかの知り合い、東都文陣の前座を勤むる。
寄席行灯 (新字新仮名) / 正岡容(著)
彼が一旦はふり落ちる涙と共に自白した事を翻えしてから後は、遂に自ら深く罪を犯さゞるものと信じて、ひとえに周囲の強うる所として憤り悲しんだ点は、一種の強迫観念に基くものかも知れぬ。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
祇園精舎ぎおんしょうじゃの鐘の声、諸行無常のひびきあり。娑羅双樹しゃらそうじゅの花の色、盛者しょうじゃ必衰のことわりをあらわす。おごれる人も久しからず、唯、春の夜の夢のごとし。たけきものもついにはほろびぬ、ひとえに風の前のちりに同じ。
これひとえにお得意の御愛顧の賜物であると思うと、私は何かしてこの機会に謝恩の微意を表したくなった。そして思いついたのが開業満五周年記念として、一割引の特待券を進呈することであった。
ひとえにポオの筆の偉大なことを裏書きするものであるといってよい。
ひとえに夫人サラーの賜物といわなければならない。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
ひとえに完然なる保護を乞いたいからである。
上高地風景保護論 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
今しがた渠等が渡って、ここから見えるその村の橋も、鶴谷の手で欄干はついているが、細流せせらぎの水静かなれば、ひとえに風情を添えたよう。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
後の御成敗は、ひとえに、お上様のお裁きにあろう。家来や、領民同士が、私闘をしたら、りもなく、血で血を洗うことになる。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三千年前から聖人が心配していた世道人心が、今日迄も案外すたれ切らないのは、ひとえにこの鼻の表現の御蔭ではありますまいかと考えられる位であります。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
わたくしのような強情かたくななものが、ドーやら熱心ねっしん神様かみさまにおすがりする気持きもちになりかけたのは、ひとえにこの暗闇くらやみ内部なかの、にもものすごい懲戒みせしめたまものでございました……。
かくて法然は黒谷に蟄居ちっきょの後はひとえに名利を捨て一向に出要を求めんと精進した。学問せんが為の学問でなく、確かに生死を離るべき道を求むるが為に学問した。
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しゅうかたきを討ちたるかどもって我が飯島の家名再興の儀をかしらに届けくれ、其の時は相川様にもお心添えの程ひとえに願いいとのこと、又汝は相川へ養子に参る約束を結びたれば
に人生の悲しみは頑是がんぜなき愛児を手離すより悲しきはなきものを、それをすらいて堪えねばならぬとは、これもひとえに秘密をちぎりし罪悪の罰ならんと、われと心を取り直して
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
秀子さんとの縁談が纒まったのはひとえに松浦さん若夫婦の同情ある執成とりなしによる。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その社としては懐古的な意味をもった催しであったが、主幹に当る人はそのテーブル・スピーチで今日社が何十人かの人々を養って行くことが出来るのもひとえに前任者某氏の功績である云々と述べた。
ひとえに未亡人を信用し、此処まで事が運ぶのにはそれ相当の下準備が出来ているものと考えたからであったが、これでは雪子と云うものが、菅野家からも沢崎家からも、いかにも安く扱われた感じで
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「酔筆匇匇報故国。乃生載衣語偏繁。遥知阿母多喜色。今日天涯添一孫。」〔酔筆匇匇故国ニ報ズ/すなわチ生マレすなわセ語ひとえニ繁ナリ/遥カニ知ル阿母ノ喜色多キヲ/今日天涯一孫ヲ添フ〕の絶句にその喜びを
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
驚いたのはお源坊、ぼうとなって、ただくるくると働く目に、一目輝くと見たばかりで、意気地なくぺたぺたと坐って、ひとえに恐入ってお辞儀をする。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
以後、なお蜀帝国が、三十年の長きを保っていたというも、ひとえに、「死してもなお死せざる孔明の護り」が内治外防の上にあったからにほかならない。
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかれどもかくの如き巧妙なる犯罪事件を犯行後僅々十数時間を出でざる間に解決し、犯人の住居までも突止めたるはひとえに吾が狭山鬼課長の霊腕にるものと云うべく
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
五「今日こんにちかみの御名代として罷出まかりでましたが、性来せいらい愚昧ぐまいでございまして、申上げる事もついにお気に障り、お腹立に相成ったるかは存じませんが、ひとえに御容赦の程を願います」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
日頃思っていることに相違して却って末代悪世の凡夫の出離生死の道はひとえに称名の行にありと見定めてしまったから、却ってこの書を賞玩して自行の指南に備えることとし
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ひとえ定役ていえき多寡たかを以て賞罰の目安めやすとなせしふうなれば、囚徒は何日いつまで入獄せしとて改化遷善せんぜんの道におもむかんこと思いもよらず、悪しき者は益〻悪に陥りて、専心取締りの甘心かんしんを迎え
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
まえにも申上もうしあげたとおりわたくしのようなものがドーやら一にんまえのものになることができましたのは、ひとえにおじいさまのお仕込しこみのたまものでございます。まったなか神様かみさまほど難有ありがたいものはございませぬ。
と新太郎君は膝に手を置いてひとえ恭順的きょうじゅんてき態度を執る。大切だいじの瀬戸際だ。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
これはひとえ鰥居かんきょたまものだといわなければならない。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)