些細ささい)” の例文
彼らの宗教的畏怖いふの念はわれわれの想像以上に強烈であったであろうが、彼らの受けた物質的損害は些細ささいなものであったに相違ない。
天災と国防 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
どんな些細ささいなことでも見逃さないで、例えば、兄は手拭てぬぐいを絞る時、右にねじるか左に捩るかという様なことまで、れなく調べました。
平次が氣の付いたのは、斯う言つた極めて些細ささいなことでした。が、その些細なことがやがて娘の死因を解く大きなキーになつたのです。
ところへ、河東の太守王邑おうゆうから、些細ささいな食物と衣服が届けられた。——帝と皇后は、その施しでようやく、飢えと寒さから救われた。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
第三者が見れば君寵くんちょうに変わりはないと見えることもその人自身にとっては些細ささいな差が生じるだけでも恨めしくなるものらしいですよ。
源氏物語:46 竹河 (新字新仮名) / 紫式部(著)
肩から胸まで切り下げられ、そのままおくなりなされたし、一昨々日さきおととい些細ささいとがで、お納戸役なんどやくの金吾様が命をお取られなされました
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
些細ささいのことではしゃいだり、又逆に不貞腐ふてくされた。こういう性質たちのものは、とうてい我々のような仕事をやって行くことは出来ない。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
私が奥さんをうたぐり始めたのは、ごく些細ささいな事からでした。しかしその些細な事を重ねて行くうちに、疑惑は段々と根を張って来ます。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかもまったく容赦ようしゃしない。役所に勤めだすとすぐから、どんな些細ささいな誤りをもみのがさず、子供でも叱るようにびしびし小言を云う。
霜柱 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
前に言ったとおり、眼前に起こった事物も、彼には遠方のもののように思えた。全体はよく見て取れたが、些細ささいな点はわからなかった。
それらの些細ささいな不和を、その後二人は、細やかな愛情で直そうと考えついたので、そのためにたがいにますます親愛の度を加えた。
もちろんそれは些細ささいな事がらの上に起る。気がつかねばそれなりにすんでゆく。それというのもかれには執拗な観念が一つあった。
外にでて物を買うをいやしむがごとく、物を持つもまた不外聞ふがいぶんと思い、剣術道具釣竿の外は、些細ささい風呂敷包ふろしきづつみにても手に携うることなし。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
些細ささいな事にはこだはつてはゐられない、荒波のしぶきにきたへられて、ゆき子は大胆ににじり寄つて行つて、富岡の膝小僧にあごをすゑた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
こんな事はよくあることであるが、世の中に虐遇されて、失望に慣れている一茶には、その些細ささいなことも深く頭にしみ込んだのであろう。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それからまたいくら信念の上に立った親愛同志の同棲者に対してでも、やはり些細ささいな観察や評価の眼はにぶらしてはなりません。
んでゐるむねには、どんな些細ささいふるえもつたはりひゞく。そして凝視みつめれば凝視みつめほどなんといふすべてがわたししたはしくなつかしまれることであらう。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
一家の平穏のためにはどんな些細ささいな邪魔でも嫌悪けんをしたい本能から気の引きしまるのを感じながら、彼女は玄関の厚い硝子戸ガラスどをゆつくり開けた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
佐助は何という意気地なしぞ男のくせ些細ささいなことにこらしょうもなく声を立てて泣くゆえにさも仰山ぎょうさんらしく聞えおかげで私が叱られた
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
が、心から捌けて洒落しゃらくであったかというと実は余り洒落でなかった。些細ささいな事を執念しゅうねく気に掛けて何時いつまでも根に葉に持つ神経質であった。
而もフェアファックス・ロチスターの氣丈な精神を屈せしめ、その力強い體を顫へさせることが出來るのは、輕い些細ささいな事件ではないのだ。
日によって、ほおが火照ったり、そうして、その後ではきっと熱が高かったが、些細ささいなことがらがひどく気にかかることがある。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
そんな些細ささいなことにいちいちびくびくして振り向いているのも馬鹿らしいので、そのままにして探し物をつづけていました。
そうして私は相変らずの、のほほん顔で、ただ世話に成りっ放し、身のまわりの些細ささいの事さえ、自分で仕様とはしないのだ。
帰去来 (新字新仮名) / 太宰治(著)
けれどもかう云ふ些細ささいの変化は格別人目を引かなかつた。少くとも隣のばあさんなどにはいつも「後生ごしやうよし」のお住だつた。
一塊の土 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
こういう勤めが禅修行の一部をなしたものであって、いかなる些細ささいな行動も絶対完全に行なわなければならないのであった。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
何故といつて、この世の中には、帝王の事だつたら、どんな些細ささいな事でも、きつと記録に書き残す歴史家といふ筆まめなてあひが住んでゐるから。
そこでそのお家へ、大切な品はよくくくって幾つか預け、手廻てまわりの品だけ持って引移りましたが、どんな些細ささいな物にも名残が惜しまれるのでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
だんだん親密になるに従って家内の事、その家来の気風はどんなであるということから、仕舞にはごく些細ささいの事までもよく私には分って来た。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
心につたはつた些細ささいな見聞のあらゆるものまでが、私にとつては深い感激であり、驚異であり、讚美であり、欽仰きんかうであつた。
処女作の思い出 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
些細ささいなことにも胸を動かし、つまらぬことにも心を痛める。恋でもない、恋でなくも無いというようなやさしい態度、時雄は絶えず思い惑った。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
小さなからだのくせに、大がらな茂緒の着物を上手じょうずに着こなして、彼女は、彼女の些細ささいな原稿を売りに出かけるのだった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
そして尚も、飢えた野良犬のように、その垣の低い家の周りを、些細ささいな物音をも聴きのがすまいと耳をそばだてて、ぐるぐるぐるぐるとまわっていた。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
正否せいひのほどは保證ほしようがたいが、それはとにかくこんな些細ささい事物じぶつまで科學的かがくてき整理せいりせられてゐることは歎賞たんしようあたひするであらう。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
それ等幼年時代の些細ささいな出来事が、昨日の事よりももつとありありと(その時の彼には昨日のことはただ茫漠ばうばくとしてゐた)
太抵は労働を避けて些細ささいな物質的贅沢ぜいたくの中に遊惰ゆうだな日送りをしようとすることが動機であるから、政府は世の社会改良家、教育者、慈善家と共に
私娼の撲滅について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
しかし最後へ来て、この些細ささいらしくみえるのが、事件解決の一つの鍵となろうとは二人もこの時は夢想むそうだもしなかった。
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
第二に、案外片意地で高慢なところがあって、些細ささいな事に腹を立てすぐ衝突して職業から離れてしまう。第三に、妙に遠慮深いところがあること。
二老人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
些細ささいな誤りを訂正して下さる利益と、親の云うことにも間違いがあるという観念を植えつける害悪と、差し引きが付くものでしょうかしら……」
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
たかがそれほどのことで、死相が現れるなんて意気地のない話かも知れないが、けれどもまた、もっと些細ささいなことでも、人はつまずくかも知れないのだ。
早春 (新字新仮名) / 小山清(著)
もとより些細ささいのことながら萬事ばんじしてくのごとけむ、向後かうご我身わがみつゝしみのため、此上このうへ記念きねんとして、鳥籠とりかごとこゑ、なぐさみとなすべきぞ。
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
私たちはお互いに些細ささいなことに口をとがらし、目をいからす必要はないのです。おだやかに話をすればわかるのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
どんな些細ささいなことでも、丹念にメモして置くことを忘れなかった。後になって、それがどれだけ役立ったか知れない。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
ああいう大袈裟おおげさな電気計器や記録計などを持ち出したところで、恐らく冷血性の犯罪者には、些細ささいの効果もあるまい。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ごく些細ささいなごく一時的の変化はあっても今日まで常にそうであった、というまことに驚くべき事実をも知っていた。
かくのごとく些細ささいなことの内に、先生の大詩人たる性格が躍如として顕われている、われ自ら深く興に入って製作これに従うという順序になっている
竹乃里人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
自然とそなわる貴族的なる形の端麗、古典的なる線の明晰を望む先生一流の芸術的主張が、知らず知らず些細ささいなる常住坐臥じょうじゅうざがあいだに現われるためであろうか。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかし倉地の顔を見ると、そんな事は思うも恥ずかしいような些細ささいな事に思われた。葉子は倉地の中にすっかりとけ込んだ自分を見いだすのみだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
浮いて来る埃塵ごみかたまりや、西瓜すいかの皮や、腐った猫の死骸しがいや、板片いたきれと同じように、気に掛るこの世の中の些細ささいな事は皆ずんずん流れて行くように思われた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
はて、其前そのぜんには、もそっと些細ささいことで、いくたびも夜明よあかしをしたものぢゃが、つひ病氣びゃうきなぞになったことはいわい。