世辞せじ)” の例文
旧字:世辭
彼は病院を出る時、新調の縕袍に対してお延に使ったお世辞せじをたちまち思い出した。同時にお延の返事も記憶の舞台に呼び起された。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
此家こゝ世辞せじかひる者はいづれも無人相ぶにんさうなイヤアな顔のやつばかり這入はいつてます。これ其訳そのわけ無人相ぶにんさうだから世辞せじかひに来るので婦人
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
……権門へ頭をさげて通うくらい気のわるい思いはない。やれやれ、さむらいにも、世辞せじやら世故せこやら、世渡りのる世になったの
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しょうは、お世辞せじのないかわりに、まことにしんせつでありました。殿とのさまはどんなにそれをこころからおよろこびなされたかしれません。
殿さまの茶わん (新字新仮名) / 小川未明(著)
X大使は、お世辞せじのつもりか、クロクロ島のことをほめあげた。私は、いいがたい口惜くやしさに黙りこくってただ唇を噛んだ。
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
世辞せじを言う中婆ちゅうばあさん。まだどこやらに水々しいところもあって、まんざら裏店うらだなのかみさんとも見えないようでした。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
きっとれするようにうつくしくなるであろうと、お世辞せじにほめていただいた、あのゆめのようなのことが、いまだにはっきりのこって……きちちゃん。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
皮肉なお世辞せじをいわれても、真面目まじめに感心したようなふうをされても、彼は、等しく我れ関せずで聞き流していた。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「船河原町の朝吉の野郎は世辞せじが良いし、あの配偶つれあいのお森は馬鹿な愛嬌あいきょうだ、八さん八さんと下にも置きませんよ」
「おや、今日は御一人で御座いますか。この夏には余分にお茶代を頂きまして……」と嬶さんは世辞せじが好い。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
相手の人にお世辞せじを述べるか、あるいはみだりに自分を卑下ひげして、なさずともよいお辞儀じぎをなし、みずから五しゃくすん体躯からだを四尺三尺にちぢめ、それでも不足すれば
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
彼自身肥桶でもかついで居る時、正銘の百姓が通りかゝれば、彼は得意である。農家のおかみに「お上手ですねえ」とお世辞せじでも云われると、彼は頗る得意である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ある日、誰かしら、私には初めての女の人が来て、私を見て、多分お世辞せじのつもりだったのだろう?
決して心にもない世辞せじ追従ついしょうをいうて他を傲慢ごうまんならしめる必要を感ぜぬごとく、両方が一致して対等の位地を保ちながら、ともに国のために力をつくしているように見受ける。
理想的団体生活 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
その眉のかかり、目つき、愛嬌あいきょうがあると申すではない。口許くちもとなどもりんとして、世辞せじを一つ言うようには思われぬが、ただ何んとなく賢げに、恋も無常も知り抜いたふうに見える。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
青木がお世辞せじを云うと、彼に従って上って来た主婦は愛想よく微笑しながら、ささやき声で
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
要するに二人の客に対して、等分に世辞せじ愛嬌あいきょう振蒔ふりまいたと云うに過ぎまい。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と笑って世辞せじをいってくれた。その言葉を背中に聴かせながら
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
小町 あら、お世辞せじなどはおよしなさい。
二人小町 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
世辞せじも言われ、咀われもします。
いちご売る世辞せじよき美女や峠茶屋
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
箱胴乱に仕入物を詰めこむと、それを肩にかけて四ツ目屋の新助、旅商人たびあきんどらしい世辞せじを投げて、秦野屋はたのやの店から姿を消しました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おびあひだから紙幣入さついれを出して幾許いくらはらひをしてかへる時に、重い口からちよいと世辞せじつてきましたから、おほきに様子やうすよろしうございました。
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
あたしもいたかった。——こういったら、おまえさんはさだめし、こころにもないことをいうと、おおもいだろうが、決してうそでもなけりゃ、お世辞せじでもない。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
それでもお延はお秀の手料理になるこのお世辞せじの返礼をさもうまそうに鵜呑うのみにしなければならなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
伯母のお滝は例の如くから世辞せじを言っては金を借りて行き、その金を亭主の小遣銭こづかいせんにやったり自分らの口へおごったりしてしまったので、お松の病気のなおった時分には
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
殿とのさまは、百しょう生活せいかつがいかにも簡単かんたんで、のんきで、お世辞せじこそいわないが、しんせつであったのがにしみておられまして、それをおわすれになることがありませんでした。
殿さまの茶わん (新字新仮名) / 小川未明(著)
本来なら、こりゃお前さんがたが、客へお世辞せじに云う事だったね。誰かにていらっしゃるなぞと思わせぶりを……ちと反対あちこちだったね。言いました。ああ、肖ている、肖ているッて。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それと、ねたんでるやつにお世辞せじを使うのさ。だけど、僕たちは、金持ちだってことは、ちゃんとわかってるんだ。毎月まいげつじつには、父さんが一人っきりでしばらく自分の部屋へひっこんでる。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
芸妓げいぎはお世辞せじ売品ばいひんとし、彼方此方あなたこなたに振りまき、やさしいことをいうて、その報酬ほうしゅうにポチをもらおうとするが、彼らはあからさまにこれをその職業に表していることゆえ、さらに驚くに足りません。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
彼は、天井から、塩びきのさけのように、さかさまになってぶら下って気絶している。一方の足が操縦席にはさまり、そのまま、ぶら下っているのだ。お世辞せじにも、勇しい恰好かっこうだとはいえない。
地底戦車の怪人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
主人あるじは顔を見せません。番頭は四十がらみの、世辞せじのいい男で」
いのがあつたら二つばかりかついツて、ねえさんが小遣こづけえれやしたから、何卒どうぞわつし丁度ちやうどさそうな世辞せじがあつたらうつておんなせえな。
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
「なアにお前、将軍家なんぞに、この久米一の仕事が分ってたまるものか。ばかな、そりゃ大名の頭をでそやしておく、お世辞せじというものだ」
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「どうなすったの。なんだか急にお世辞せじうまくおなりね。だけど、違ってるのよ、あなたの鑑定は」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
橘屋たちばなや若旦那わかだんなは、八百ぞううつしだなんて、つまらねえお世辞せじをいわれるもんだから、当人とうにんもすっかりいいンなってるんだろうが、八百ぞうはおろか、八百丁稚でっちにだって
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
亭主ていしゆ法然天窓はふねんあたま木綿もめん筒袖つゝそでなか両手りやうてさきすくまして、火鉢ひばちまへでもさぬ、ぬうとした親仁おやぢ女房にようばうはう愛嬌あいけうのある、一寸ちよいと世辞せじばあさん、くだん人参にんじん干瓢かんぺうはなし旅僧たびそう打出うちだすと
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
と、女房にょうぼうは、お世辞せじのこしてかえっていきました。
奥さまと女乞食 (新字新仮名) / 小川未明(著)
これは、間もなく、秀吉が、蘭丸とともに席を立って別れる際にいった世辞せじである。これこそは、ほんとの世辞であった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
傳「ないので、伯父さんの厄介になってはたを織ったり糸をったり、のくらい稼ぐ者は有りませんが、やさしくって人柄がい、いやになま世辞せじを云うのではないから、あれがうございます」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
世辞せじではございませぬ。このことは、いちに集まってくるあの賑いを御覧ごろうじましても、おわかりでございましょうが
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
世間なみにある軽薄な世辞せじとか社交というものを超越して、自他の地位階級も、主客のけじめも打ち忘れて
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「羽柴どのの家風というか、ここへ来ると、家中の誰もが、まことに気軽で、容態ようたいぶらずに、世辞せじぶらず、至ってみな明るい感じがする。——一家中というものは、こうありたいものだが、さてなかなかこう参らんものでな」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かえって、城主の使者が世辞せじをいう。
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)