一通ひととお)” の例文
新吉しんきちは、九つのとき、ほんの一病気びょうきになってたばかりでんでしまいました。弥吉やきちじいさんの、なげきは一通ひととおりでありません。
都会はぜいたくだ (新字新仮名) / 小川未明(著)
滅相めっそうもないこと、三彩獅子を御覧ごろうぜられて、将軍家の御感ぎょかん一通ひととおりでなく、殿、御上府のせつは、偉い面目めんもくをほどこしたそうでござる」
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ですから茂作が重病になると、稲見には曽祖母そうそぼに当る、その切髪きりがみの隠居の心配と云うものは、一通ひととおりや二通ふたとおりではありません。
黒衣聖母 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
爺いさんのこう云う様子が、ただ一通ひととおりの挨拶ではなく、しんから恐れ入っているらしいので、己はかえって気の毒に思った。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
警察医は、鶏の料理をでもするように、馴れ切った冷静な手付きで、肺や心臓や胃腸など一通ひととおり見た上で、女に肺尖はいせんカタルの痕跡があるといいました。
島原心中 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
一通ひととおり夫の身の上を祈ってしまうと、今度は細帯を解いて、背中の子をりおろすように、背中から前へ廻して、両手にきながら拝殿をのぼって行って
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私は金銭の事を至極しごく大切にするが、商売ははなはだ不得手である、その不得手とはあえて商売の趣意を知らぬではない、その道理は一通ひととお心得こころえて居るつもりだが
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
一通ひととおりながめてしまうと、きゅう三日三晩みっかみばんなんにもべないで、おなかのへっていることをおもしました。
一寸法師 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
それから一通ひととおり委員達の話があって、いよいよ査定書を作ることになった。その文案が黒板に書かれ、今までの導体主義を止めて絶縁体主義を採るということになった。
寺田寅彦の追想 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
清水の旦那には一通ひととおりならねえ御恩を戴いた事がありましたが、あれだけの御身代のお娘子むすめごが、うして裏長家うらながやへ入っていらっしゃいます、その眼の悪いのはお内儀かみさんでございやすか
六浦家の後室こうしつ始め、一門の心配は一通ひととおりではなくなった。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
下手人のホシは他についているのだが、しかし漫然と放免は出来ぬから、役目の手前として、一通ひととおりだけのことをたずねるのだ。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、そのときのさむさというものは一通ひととおりでなくて、からなみだは、すぐにこおって両方りょうほうはふさがってしまいました。
春になる前夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
僕は、尋問にかかる前に、警察の方で調べた二人の身元とか、心中に至るまでの事情を、一通ひととおりきいたのです。
島原心中 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
広子は妹の話し終った時、勿論歯痒はがゆいもの足らなさを感じた。けれども一通ひととおり打ち明けられて見ると、これ以上第二の問題には深入り出来ないのに違いなかった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
家は休暇やすみになって帰りさえすれば、それでいいものと私は考えていました。父の後を相続する、それには嫁が必要だからもらう、両方とも理屈としては一通ひととおり聞こえます。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もしわたしがければ、この着物きものをぬいでおまえげよう、そしてわたしのせいたかさだけの大きなかめにさけをなみなみって、海山うみやまのごちそうを一通ひととおりそろえて、おきゃくんでやろう。
春山秋山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
きいた所が真実深い意味の分るけはない、ただ一通ひととおりの話を聞くばかり、一通りの事なら自分で原書を調べて容易にわかるから、コンナ事の詮索せんさくず二の次にして、ほかに知りたいことが沢山たくさんある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
あつに、はたらいている人々ひとびとが、たまたま、こんなすずしいところをいだしたときのよろこびというものは、どんなでしょう。それは、一通ひととおりではありません。
隣村の子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
のみならず、水門には、頑丈がんじょう鉄柵てつさくが二重になっているうえ、足場あしばのわるい狭隘きょうあい谿谷けいこくである。おまけに、全身水しぶきをあびての苦戦は一通ひととおりでない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それは何しろ坊ちゃんですから、……しかしもう一通ひととおりのことは心得ていると思いますが。」
手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
めては図と目録とでも一通ひととおり拝見したいものですが、四、五日拝借はかないますまいかと手軽にあたって見たらば、「よし貸そう」と云て貸してれたこそ天与の僥倖ぎょうこう、ソレカラ私はうちもっかえっ
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
信長の歓びかたは一通ひととおりでなかった。そのてがみには眼を細くして何度も繰り返し繰り返し読んだものである。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それからというもの、金持かねもちの得意とくい一通ひととおりでありませんでした。近所きんじょでも、このとり評判ひょうばんになりました。
金持ちと鶏 (新字新仮名) / 小川未明(著)
これが町人の娘ならとにかく、かりそめにも名門の姫君なので、父の為俊卿も心を痛めること一通ひととおりでない。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その小鳥ことりは、はねいろうつくしいばかりでなく、いいこえして、あさからばんまでかごのなかでさえずりうたいましたから、三郎さぶろうはこの小鳥ことりあいしたことは一通ひととおりでありませんでした。
めくら星 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「どう見ても、世評を裏切らぬうつけ者、容貌きりょうはよし、骨柄こつがら一通ひととおりじゃが、すこし足らぬ。……ここが」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さあ、わたしは、たいていこのあたりのうみうえは、一通ひととおりくまなくけてみたのですが、あざらしの子供こどもませんでした。こおりかげにでもかくれていているのかもしれませんが……。
月とあざらし (新字新仮名) / 小川未明(著)
「くわしくは主人の書状しょじょうにつくしてござりますが、口上こうじょうをもって一通ひととおりお願い申しあげまする。それは」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふとしたことから、姉妹きょうだい父親ちちおやわずらいました。はじめのうちは、じきになおるだろうとおもっていましたが、だんだんわるくなって、一通ひととおりでない不自由ふじゆうをするようになりました。
木と鳥になった姉妹 (新字新仮名) / 小川未明(著)
牛女うしおんなは、自分じぶん子供こどもをかわいがることは、一通ひととおりでありませんでした。
牛女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
と、無言のうちに胸をいためていたことは一通ひととおりでなかった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なつあきふゆ、ほとんどおじいさんのやすはありませんでした。ちょうど百しょうこめつくるとおなじように、また、職工しょっこう器具きぐつくるとおなじように、うおをとるのも、一通ひととおりでないほねおりでありました。
都会はぜいたくだ (新字新仮名) / 小川未明(著)
しかし、加能越の脊梁せきりょう山脈たるや一通ひととおりな難所ではないのだ。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
として、かれを遇すること、一通ひととおりでなかった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)