一時ひととき)” の例文
二日ふつか眞夜中まよなか——せめて、たゞくるばかりをと、一時ひととき千秋せんしうおもひつ——三日みつか午前三時ごぜんさんじなかばならんとするときであつた。……
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
一時ひとときあいだ、ここにこうしているのか、それとも一年も前から同じように寝ているのか、彼の困憊こんぱいした心には、それさえ時々はわからない。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あつかましくも顏を上げつゝ神にむかひ、さながら一時ひとときの光にあへる黒鳥メルロのごとく、今より後我また汝を恐れずと叫べり 一二一—一二三
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
階下したの部屋は一時ひととき混雑ごたごたした。親類の娘達の中でも、お愛の優美な服装がことに目立った。お俊は自分の筆で画いた秋草模様の帯をしめていた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
にんあねいもうとおとうとは、あかつきのある一時ひとときを、ものこそいわないがかおわして、永久えいきゅうにいきいきとして、たがいになぐさめうのでありました。
王さまの感心された話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「おお、あの矢さけび、火の手もみえる、流れ矢もとんでくるわ、この一時ひとときこそ一の大事、息もつかずに、いそげいそげ!」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
帳台のまわりには、乳母や、若人が寝たらしい。其ももう、一時ひとときも前の事で、皆すやすやと寝息の音を立てて居る。姫の心は、今は軽かった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
最も名残の惜しまれる黄昏たそがれ一時ひとときを選んで、半日の行楽にやや草臥くたびれた足をきずりながら、この神苑の花の下をさまよう。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
なんて生きがいのある人生でしょう。ああ、この興奮の一時ひとときのために、ぼくは生きていてよかったと思うくらいですよ。
怪人二十面相 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
瓢箪形ひょうたんがたの一方に砂を盛って、その一方が一方に満つるまでを一時ひとときとして説教と読み書きそろばんの時間を区分しました。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何処の駅に着くのか何処を今過ぎてゐるのか、まるで乗客はみんな放心状態にあるやうな、さう云った一時ひとときであった。
五月 (新字旧仮名) / 原民喜(著)
また平生予感されていたものが一時ひととき猛然として現われることもあろうし、もしくは日も夜も求めて止まなかったのがあるときに与えられることもあろう。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
私は今までの混亂した感情を一時ひとときに忘れてしまつて、どんな無理をしてもをんなを引止めたいと云ふ氣になつた。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
日の暮れる一時ひととき前の、農家にとつては一日中での忙しい時だから、家の者たちは皆不機嫌だつた。畑に行つてゐる駒平を呼び戻したりしなければならなかつた。おたいさんは
生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
失恋の一時ひとときたたずむショパンの右手は、こうして、忘れ果てたあの懐しい情歓を奏でるのだ。滾滾こんこんと絶え間なく流れ落ちる噴き上げの水の中に、華やかな虹色の水滴を転ばせながら。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
物のうちの人となるもこの一時ひととき、人のうちの物となるもまたこの一時※今が浮沈の潮界しおざかい、尤も大切な時で有るに、お勢はこの危い境を放心うっかりして渡ッていて何時いつ眼が覚めようとも見えん。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
一時ひとときばかりにして人より宝丹ほうたんもらい受けて心地ようやくたしかになりぬ。おそろしくして駄洒落だじゃれもなく七戸しちのへ腰折こしおれてやどりけるに、行燈あんどうの油は山中なるに魚油にやあらむくさかりける。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それを単に言葉に表はして憂鬱なる一時ひとときをさらに憂鬱にすることは退屈以外の何物でもあり得ない——実際それは退屈以外の何物でもなかつたから、その時も彼はいそいで口を噤むと
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
暖炉がたのしそうに音を立てている何処かの小さな気持ちのいい料理店の匂だとか、其処を出てから町裏の程よく落葉の散らばった並木道をそぞろ歩きする一時ひとときの快さなどを心に浮べて
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
一時ひととき立つ。二時ふたとき立つ。もうひるを過ぎた。食事の支度は女中に言いつけてあるが、しゅうとめが食べると言われるか、どうだかわからぬと思って、よめは聞きに行こうと思いながらためらっていた。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
私はそれをくと一時ひととき手腕うで痲痺しびれたようになって、そのまま両手に持っていた茶碗ちゃわんと箸を膳の上にゴトリと落した。一と口入れた御飯が、もくし上げて来るようで咽喉のどへ通らなかった。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
で、そのまゝ、彼らにとつては永い一時ひとときが、窮屈な沈黙のうちに過ぎた——
菜の花月夜 (新字旧仮名) / 片岡鉄兵(著)
天の羽衣はごろも撫でつくすらんほど永き悲しみに、只〻一時ひとときの望みだにかなはざる。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
予は初めは和服にて蕨採りに出でし際に、小虫を耐忍する事一時ひとときばかりなるも、面部は一体に腫れ、殊に眼胞まぶたは腫れて、両眼を開く事能わず、手足も共に皮膚は腫脹しゅちょう結痂けっかとにてあだか頑癬かさの如し。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
「私は今朝けさから一時ひとときごとにつのる思いであなたを愛しているのよ。」
君がふと見せし情に甲斐かひなくもまた一時ひとときはいそ/\としぬ
かろきねたみ (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
くだり来し谷際たにあひにして一時ひとときしろくちひさき太陽たいやうを見し
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
男をば日輪の炉に灸るやと一時ひととき磯に待てばむづかる
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
さは思へ、さは思へ、一時ひとときののち………
浅草哀歌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
長く苦戰と亂鬪に陷ゐるよりは、一時ひととき
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
一時ひとときはたとひ暑さにあへぐとも
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
一時ひとときにその酒倉さかぐらけて
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
たのしきこの一時ひとときをば
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
一時ひととき
ところで、生捉いけどって籠に入れると、一時ひとときたないうちに、すぐに薩摩芋さつまいもつッついたり、柿を吸ったりする、目白鳥めじろのように早く人馴れをするのではない。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そう気がつくと、一時ひとときも、手にしていられない気持がして、彼は血によごれた薙刀を、草むらへほうり捨てた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
切なさは可懐なつかしさに交つて、足もおのづからふるへて来た。あゝ、自然の胸懐ふところ一時ひととき慰藉なぐさめに過ぎなかつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
そして、毎日まいにちこのがけのうえの、黄昏たそがれ一時ひとときは、青年せいねんにとってかぎりない幸福こうふく時間じかんだったのであります。
希望 (新字新仮名) / 小川未明(著)
子よ、汝既に一時ひとときの火と永久とこしへの火とを見てわが自から知らざるところに來れるなり 一二七—一二九
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
右に依れば、さと落命致し候は、私検脈後一時ひとときの間と相見え、の上刻には、篠既に乱心の体にて、娘死骸を掻き抱き、声高こわだかに何やら、蛮音ばんいんの経文読誦どくじゆ致し居りし由に御座候。
尾形了斎覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
今がお勢の一生中でもっとも大切な時※く今の境界を渡りおおせれば、この一時ひとときにさまざまの経験を得て、己の人とりをも知り、所謂いわゆる放心を求め得て始て心でこの世を渡るようになろうが
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
だが、かうして朝の一時ひとときを黙想に費すのも何かの修行のやうだった。
(新字旧仮名) / 原民喜(著)
彼女はぐ、雪子ちゃん、———と、呼んでみようかと思ったけれども、悦子を学校へ送り出したあとの、静かな午前中の一時ひとときを庭でいこおうとしているのだと察して、硝子ガラス戸越しに黙って見ていると
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さは思へ、さは思へ、一時ひとときののち……
浅草哀歌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
一時ひとときを庭の桜にすごさばや
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
分けていみじき一時ひとときを。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
……大抵たいてい眞夜中まよなか二時にじぎから、一時ひとときほどのあひだとほく、ちかく、一羽いちはだか、二羽にはだか、毎夜まいよのやうにくのをく。ねがてのよるなぐさみにならないでもない。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それが凡そ一時ひとときあまり、四苦八苦の内に続いたでおぢやらう。
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ただ、一時ひとときでも、うらんだ詫びをいいたかったのだ。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ああなんという、たのしい一時ひとときだったでしょう。
托児所のある村 (新字新仮名) / 小川未明(著)