“鼬(いたち)” の例文
勿論、兇器(きょうき)は離さない。上(うわ)の空(そら)の足が躍(おど)つて、ともすれば局の袴に躓(つまず)かうとする状(さま)は、燃立(もえた)つ躑躅(つつじ)の花の裡(うち)に、鼬(いたち)が狂ふやうである。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
例の如くややしばし音沙汰(おとさた)がなかった。少し焦(じ)れ気味になって、また呼ぼうとした時、鼬(いたち)か大鼠(おおねずみ)かが何処(どこ)かで動いたような音がした。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その主人公の俺というのが、鼹鼠(もぐら)か鼬(いたち)か、とにかくそういう類のものには違いないが、それが結局最後まで明らかにされてはいない。
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
目つきは鼬(いたち)のようでいて、顔つきは文人のようなふうをしていた。ドリーユ師(訳者注 好んで双六などをやってる男を歌った詩人)
親爺(おやぢ)は幾度か叱り飛ばして漸(やつ)と芋畑に連れ出しはしたが、成斎は鼬(いたち)のやうにいつの間にか畑から滑り出して、自分の家(うち)に帰つてゐた。
「怪談ですよ、心細いな、こいつは食べるものじゃありません、それ、よく言うでしょう、猫が化けたとか、鼬(いたち)が屁(へ)を垂れたとか」
厳(いか)めしい鉄門の鉄柵越しに門前の様子を見定めると、電光の様に小潜りを出た。鼬(いたち)のように一直線に門前の茅原の暗(やみ)に消え込んだ。
女坑主 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
小屋の前に莚(むしろ)を敷いて葛岡は鼬(いたち)を猟(と)る罠だという横長い四角い箱の入口の落し蓋(ぶた)の工合をかたん/\いわせながら落し試みていました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
鼠が二、三匹棒のようにつながり、膝の向こうを横切って走り、太紐(ふとひも)のような鼬(いたち)がその後から、背を波立たせて追って行った。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
安兵衛、尻をからげて、両手を膝に、やみを通して見極めをつけておいては、つつつと小走り、まるで鼬(いたち)だ。これではよもやみつかるまい。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
おそらく鼬(いたち)か古鼠の所為であろうというので、早速に天井板を引きめくって検査したが、別にこれぞという発見もなかった。
父の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
前肢(あし)の爪アナグマに比し短し。また曰く、アナグマ一名ムジナ、鼬(いたち)科。狸に似たる黒色のものあり、地方によりてはムジナと称し狸と混同す。
狸とムジナ (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「おちつけ、野口——」と、呼びかけたとき、向うは身をひるがえして、鼬(いたち)のようにすばやく、闇の中へ逃げ去っていった。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
老紳士「鶏小屋へはよく鼬(いたち)が来たり蛇が来たりしていけませんが何か防ぐ法がありますか」中川「鼬除(よ)けには硝子板(がらすいた)か鮑貝(あわびかい)のような光るものを ...
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
並(なら)べ立(た)てる内にアノ山口巴から來る若旦那かへと小夜衣は空然(うつかり)長庵の口に乘(のせ)られ然(され)ばなりその三河町の若旦那は頓(とん)と鼬(いたち)の道(みち)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
日本でも鼬(いたち)の道切りを忌むように、ロシア人もまた、黒猫が道を横切れば、非常に悪い兆しであるといって大騒ぎをやる。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
能登守が、そこで水を飲んでいる何者かを見かけて声をかけた時は、その者は鼬(いたち)のように山の中へ駈込んでしまいました。
彼は曲り角の黒板塀(くろいたべい)の所でちょっと立ちどまって鼬(いたち)のように津田をふり返ったまま、すぐ小さい姿を小路(こうじ)のうちに隠した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
みぞの中を鼬(いたち)のように身をかがめて走ったり、藪(やぶ)の中を捨犬のようにかきわけたりしていった。他人に見られたくないとき、人はこうするものだ。
おじいさんのランプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
それきり鼬(いたち)の道だす。山から帰ったとも、東京へ行ったとも、一言もいうて来ず、むろん姿は見せはりやしまへん。それからもう五年経ちますわ。
貧乏な、しかしさっぱりした、品の好(よ)い鼬(いたち)先生。ちょこちょこと、道の上を往(い)ったり来たり、溝から溝へ、また穴から穴へ、時間ぎめの出張教授。
牢屋らしい汚い小屋の蔭から、一人の小者が、鼬(いたち)のように逃げだすのを見つけた。血しおで、ぬるぬるになった角柱を、その足もとへ抛(ほう)りなげて
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
然(し)かのみならず、自分より下に向(むかっ)て威張れば上に向ては威張られる。鼬(いたち)こっこ鼠(ねずみ)こっこ、実に馬鹿らしくて面白くない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
珍妙なことがはじまった。黒へ賭(は)れば赤が出る。奇数へ賭れば偶数が出る。面白いほどいちいち反対の目が出た。それは、涯しない鼬(いたち)ごっこだった。
黒い手帳 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
これに鼬(いたち)の心臓を合せて犬に餌えばその犬すなわち極めて猛勢となって殺されても人に順(したが)わずと見ゆるがそんなものを
一寸法師は暗い町の軒下から軒下を縫って、鼬(いたち)の様にす早く走った。足の極端に短い彼にしては驚くべき早さだった。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私の心は鼬(いたち)のように全く怯(おび)えきっていた。いっそのことドブの中にでも投げ捨ててしまおうかとさえ私は考えた。
芭蕉に連翹などあしらわれた処に鼬(いたち)の走っている「廃園春色」、樹蔭に大きな牛が寝て居る「緑蔭放牧」、その牛と牧童の部分を私は写さして貰いました。
昔のことなど (新字新仮名) / 上村松園(著)
彼は自分の腹の底に、卑怯な、小ざかしい鼬(いたち)のような動物が巣喰っていて、いつも自分を裏切って、孔子の心に背かしているような気がしてならなかった。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
われわれの子供の時分には、金魚池などに蚫の殻を鼬(いたち)よけに吊(つる)すということがあった。蚫の殻は裏がよく光るので、夜でも鼬が恐れて近寄らぬからだという。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
乞食は敏捷な鼬(いたち)のように、ぴょんぴょん死骸や負傷者を飛び越えながら、散らばった銅貨の上を這い廻った。参木は死と戯れている二人の距離を眼で計った。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
栗鼠(りす)、木鼬(いたち)、羚羊(かもしか)、犬、鯨、海狸(ビーバー)、熊、穴熊、猪、土竜(もぐら)など、内地の獣類は、いろいろ食べたことがある。
香熊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
牛豚肉は滅多(めった)に食わず、川魚は少(すくな)し、稀(まれ)に鼬(いたち)に吸われた鶏(とり)でも食えば骨(ほね)までたゝいて食い、土の物の外は大抵塩鮭(しおざけ)、めざし、棒鱈にのみ海の恩恵を知る農家も
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
そしてその客の親疎によって、「あなた大層お見限りで」とか、「どうなすったの、鼬(いたち)の道はひどいわ」とか云いながら、左の手で右の袂(たもと)を撮(つま)んで前に投げ出す。
心中 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
鼬(いたち)の最後ツ屁と云ふのも恐らくこんな臭さであらうが、全くそれは執拗な臭ひで、一旦鼻の先へこびり着いたら、拭いても洗つても、シャボンでゴシ/\擦つても
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
日が蝕(むしく)ひ、黄色い陰鬱の光のもとにまだ見も知らぬ寂しい鳥がほろほろと鳴き、曼珠沙華のかげを鼬(いたち)が急忙(あわただ)しく横ぎるあとから、あの恐ろしい生膽取は忍んで來る。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
エチオピアの猫の生殖腺が立派な香料になつてゐるんだから、日本の鼬(いたち)の屁だつて、どうかすると……
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
その鳴ると同時、おばアさんからは怨(うら)み抜かれて、そして今息を引き懸(か)けている嫁の寝ている天井の一方に当(あた)って、鼠ともつかず鼬(いたち)ともつかぬ物(もの)の化(け)の足音が響いた。
白い光と上野の鐘 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
先夜瞥見した鼬(いたち)といひ、雲雀といひ、そんな風な動物が今はこの街に親しんできたのであらうか。
永遠のみどり (新字旧仮名) / 原民喜(著)
とこう書いてあって(明治白浪の三羽烏とは、他に鼬(いたち)小僧や雷小僧などが数えられるのだろうか)
艶色落語講談鑑賞 (新字新仮名) / 正岡容(著)
ところがそういう社会にするには、教育をよくしなければならない。これでは鼬(いたち)ごっこである。
六三制を活かす道 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
それが遺伝のうちに強調されて、鼬(いたち)の右の眼と大入道の左の眼とを持った子供となるかも知れなかった。彼女の耳の下の黒子(ほくろ)が、子供の顔半面に拡がるかも知れなかった。
幻の彼方 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
鷲郎は急ぎ抱(いだ)き起しつ、「こや阿駒、怎麼にせしぞ」「見れば面(おもて)も血に塗(まみ)れたるに、……また猫にや追はれけん」「鼬(いたち)にや襲はれたる」「疾(と)くいへ仇敵(かたき)は討ちてやらんに」
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
かくて其冬雪中にいたり、山の鼬(いたち)狐など餌(ゑ)に乏(とぼし)く人家にきたりて食をぬすむ事雪中の常なれば、此ものゝ所為(しわざ)にや、籠(かご)はやぶれて白烏(しろからす)は羽(はね)ばかり椽(ゑん)の下にありしときゝし。
天から見たら苦笑される鼬(いたち)ごっこだ。大体、郊外の住宅地というものは、子供と大人の肉体のために野天と日光がたっぷりあるというだけがとりえのものではないだろうか。
是は現実的な感想 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
切符内より鼬(いたち)の最後屁(さいごっぺ)の如き悪臭ある粘液を排泄(はいせつ)し、指などに附着するときは約一週間後にあらざれば、悪臭が脱けないように製作し、よって切符を折らせない方式である。
発明小僧 (新字新仮名) / 海野十三、佐野昌一(著)
其の方が鼬(いたち)の道を切ったような事をするよりは、どうせ行かないものなら、お雪の方でも後々(あとあと)の心持がわるくないであろう。出来ることなら、真(まこと)の事情を打明けてしまいたい。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
床下三尺くらいの高さで、砂を敷き、品評会へ出せるくらいのブラマ種の鶏が十五、六羽いたが、よそから猫がはいる、鼬(いたち)がくる、鼠が出る。鶏を痛め、鳥の餌まであさられる。
犬 (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
唖(おし)のお長の手枕にはじまって、絵に描いた女が自分に近よって、狐が鼬(いたち)ほどになって、更紗の蒲団の花が淀んで、鮒(ふな)が沈んで針が埋(うず)まって、下駄の緒(お)が切れて女郎蜘蛛が下って
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
昔、鷹匠が住んでいた所で、古い庭園など荒果てて残って居り、あたりは孟宗竹(もうそうちく)の藪(やぶ)や茶畑、桜や櫟(くぬぎ)の林が一面で、父の家はその竹藪に囲まれた中にあった。だから鼬(いたち)や狐も居た。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)