麦藁むぎわら)” の例文
旧字:麥藁
「ピイピイ笛の麦藁むぎわらですかえ、……あんな事を。」と、むら雲一重、薄衣うすぎぬの晴れたように、嬉しそうに打微笑む、月の眉の気高さよ。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
火がなくッたってあたたかい、人間の親方おやかたはあんなにつめたくッてとげとげしているのに、どうしてれた麦藁むぎわらがこんなに暖かいものだろう。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その人は線路工夫の半纒はんてんを着て、つばの広い麦藁むぎわら帽を、上のたなに載せながら、誰にふとなく大きな声でさう言ってゐたのです。
化物丁場 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
頭には麦藁むぎわらの端を結んで笠のようにしたものをかぶっていたのが、土器に入れた火に、この麦藁が、銀の針に見えたのである。
あの人は通りに面したテーブルによって煙草たばこをふかしていました。のみさしのレモン・スカッシュのコップが麦藁むぎわらをさしたまま前においてあります。
華やかな罪過 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
その頃は娘達の髪はまだ赤かったが、でも異母妹いもうとから見ると、麦藁むぎわら帽子を脱いだお新の方は余程黒かったことを思出した。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
僕は薄縁うすべりの上に胡坐あぐらいて、麦藁むぎわら帽子を脱いで、ハンケチを出して額の汗をきながら、舟の中の人の顔を見渡した。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
紅いソーダ水の麦藁むぎわらをぐつとすゝりながら、富岡は、ゆき子の美しい手を見てゐた。柔らかさうな美しい手をしてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
沖縄の方でも近い頃まで、一匹の鼠を捕えて麦藁むぎわらの舟に載せ、それを代表的に海へ流すという行事、ちょうどこちらの虫送りと似た風習があった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
チャーリング・クロスに光る白い麦藁むぎわら帽の色、ロンドンももう夏のシーズンに入ったと云うような記事がみえました。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お前はそれを私の釣針につけてくれるために、私の方へ身をかがめる。お前はよそゆきの、赤いさくらんぼの飾りのついた、麦藁むぎわら帽子をかぶっている。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
銘仙らしい白い飛白かすりに、はかま穿いて麦藁むぎわらの帽子をかぶった、スラリとした姿が、何処となく上品な気品を持っていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
小さい前栽せんざいと玄関口の方の庭とを仕切った板塀いたべいの上越しに人の帰るのを見ると、蝙蝠傘こうもりがさかざして新しい麦藁むぎわら帽子をかぶり、薄い鼠色ねずみいろのセルの夏外套なつがいとうを着た後姿が
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
そこに十二三歳の少年こどもが頭からしずくのする麦藁むぎわら帽子をかぶってションボリとまだ実の入らぬ生栗を喰べている。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
男は、言いあわしたように麦藁むぎわら帽をかぶりだし、女は、一夜のうちに白い軽装に変わる。アメリカの生活で楽しい年中行事の一つであるいわば衣更ころもがえの季節だった。
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
通りまで一緒に送って行って、鳥打の代りに麦藁むぎわらを買ってかぶせたり、足袋に麻裏草履などもはかせた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
老人はすっかり着古してすり切れてしまった羅紗らしゃ外套がいとうをひきかけ、すばらしく大きな古い麦藁むぎわら帽子をかぶって身動きもせずにじっと遠く沖のかなたを見戍みまもっていた
麦藁帽子 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
山の上では、また或る日しつこ麦藁むぎわらき始めた。彼は暇をみて病室を出るとその火元の畠の方へいってみた。すると、青草の中で、かまいでいた若者が彼を仰いだ。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
長い白ひものついた麦藁むぎわら編みの小さな帽子を、頭にかぶるよりもむしろ好んで手に持っていた。
町家まちやでは、前の年の寒のうちに寒水でつくった餅を喰べてこの日を祝い、江戸富士詣りといって、駒込こまごめ真光寺しんこうじの地内に勧請かんじょうした富士権現に詣り、麦藁むぎわらでつくった唐団扇とううちわや氷餅
顎十郎捕物帳:08 氷献上 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「引括られるとしても、まきざっぽうや麦藁むぎわらとは違うのだから、ただで引括られても詰らねえじゃねえか、ちっとばかり手足をバタバタさせ、それから引括られた方がよかんべえ」
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「今時分じぶんが丁度訪問にい刻限だらう。きみ、又昼寐ひるねをしたな。どうも職業のない人間は、惰弱で不可いかん。君は一体何のためうまれてたのだつたかね」と云つて、寺尾は麦藁むぎわら帽で
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
欣之介は或日、——それは麦打のすんだ後で、農家の周囲まはりにはいたところ麦藁むぎわらが山のやうに積んである頃のことであつた——庄吉と二人で農園の一つのすみへ小さな小舎こやを一つ建てた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
牝豚めぶたは、紅くただれた腹を汚れた床板の上に引きずりながら息苦しそうにのろのろ歩いていた。暫く歩き、餌を食うとさも疲れたように、麦藁むぎわらを短く切った敷藁の上に行って横たわった。
豚群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
英米人の夏帽子には麦藁むぎわら多しと、五、六年前帰朝者の語る所なり今は知らず。
洋服論 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
かの岩見は、白の縞ズボンに、黒のアルパカの上衣、麦藁むぎわら帽に白靴、ネクタイは無論蝶結びのそれで、丁度当時のどの若い会社員もした様な一分の隙もない服装で、揚々としてふくらんだ胸
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
きょうも妻は不相変あいかわらず麦藁むぎわらの散らばった門口かどぐちにじっとひざをかかえたまま静かに午睡ごすいむさぼっている。これは僕の家ばかりではない。どの家の門口にも二三人ずつは必ずまた誰か居睡いねむりをしている。
第四の夫から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かわいげな乙女たちも、母親同様古風な身なりではあったが、麦藁むぎわら帽子をかぶり、きれいなリボンをつけ、あるいはまた白いドレスを着ているあたりは、都会の最新流行のあらわれであった。
その国俗として麦藁むぎわらを積んだ処を右にめぐれば飲食をくれる、来年の豊作を祈るためだ。左に遶れば凶作を招くとて不吉とする。摩訶羅不注意にも左へ遶ったので麦畑の主また忿いかって打ち懲らす。
のぶは丁寧に自分の腰掛こしかけた草をけて老母を腰かけさせ升た、私は麦藁むぎわら螢籠ほたるかごを編んで居りましたから、両人の話しを聞くとはなしに聞いて居り升た。のぶはい話し合手を見つけたといふ調子で
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
そこでオレンジ・エードを注文して、麦藁むぎわらくだでチュウチュウ吸った。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
やれ来た、五月ごぐわつ麦藁むぎわら
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
この男は黒のアルパカ〔薄地の織物〕の上着に、しまセルのズボンをはいて、麦藁むぎわら帽子をかぶっていた。やはり無言のまま彼は第三の椅子に腰をかけた。
鉄の規律 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
だが、お前がちょっと斜めにかぶっている、赤いさくらんぼの飾りのついたお前の麦藁むぎわら帽子は、お前のそんな黒いあどけない顔に、大層よく似合っていた。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
と辰さんは言い置いて、麦藁むぎわら帽の古いのを冠りながら復た畠へ出た。辰さんの弟も股引ももひきひざまでまくし上げ、素足を顕して、兄と一緒に土を起し始めた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
……羽織は、まだしも、世の中一般に、頭にかぶるものときまった麦藁むぎわらの、安値なのではあるが夏帽子を、居かわり立直る客が蹴散けちらし、踏挫ふみひしぎそうにする……
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それで身が冷えているだろうといういたわりから、コスガナシだけには麦藁むぎわら門火かどびに焚いてお迎えをし、新らしい方の魂祭たままつりには火を焚かないということである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
麦藁むぎわらの大きいアンヌマリイ帽に、珠数じゅず飾りをしたのをかぶっている。鼠色ねずみいろの長い着物式の上衣の胸から、刺繍ししゅうをした白いバチストが見えている。ジュポンも同じ鼠色である。
普請中 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
みんな洋服を着た若い人ばかりで、二人は詰襟つめえり、ひとりは折襟……。帽子もみんな覚えてゐます、一人は麦藁むぎわら、ひとりは鳥打とりうち、ひとりは古ぼけた中折なかおれをかぶつてゐました。
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
既に金網をもって防戦されたことを知った心臓は、風上から麦藁むぎわらくすべて肺臓めがけて吹き流した。煙は道徳に従うよりも、風に従う。花壇の花は終日濛々もうもうとして曇って来た。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
松造は麦藁むぎわらで作った兎の玩具を幸太郎に与え、莨入をとりだしながらおせんの顔を見た。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
木蔭こかげで、麦藁むぎわら帽をかぶった、年をとった女のひとが油絵を描いている。仲々うまいものだ。しばらく見とれている。芳烈な油の匂いがする。このひとは満足に食べられるのかしら。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
新らしい麦藁むぎわら帽をかぶつて、閑静な薄い羽織を着て、あつい/\と云つて赤いかほいた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
……どうりで、ここへころんだ時、イヤに、麦藁むぎわら寝床ねどこがあたたかでありぎた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
麦藁むぎわら椰子やしでちょっとしたおもしろい玩具おもちゃをこしらえてくれたからである。
砂糖の塔、生菓子なまがし麦藁むぎわらのパイプを入れた曹達水ソオダすいのコップなどの向うに人かげが幾つも動いている。少年はこの飾り窓の前へ通りかかり、飾り窓の左に足を止めてしまう。少年の姿は膝の上まで。
浅草公園:或シナリオ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
四十そこそこの麦藁むぎわら帽子をかぶった男が、ふところからビスケットを取り出しては、象にほうってやっている。
動物園の一夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
「叔父さん、言って見せようか」と一郎は岸本の前に立って、「銀に、汐辛しおからに、麦藁むぎわらに、それから赤蜻蛉にサ」
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
青、黄に、朱さえ交った、麦藁むぎわら細工の朝鮮帽子、唐人笠か、尾のとがった高さ三尺ばかり、なまずの尾に似て非なるものを頂いて。その癖、素銅すあか矢立やたて古草鞋ふるわらじというのである。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
十八九ばかりの書生風の男で、浴帷子ゆかた小倉袴こくらばかまを穿いて、麦藁むぎわら帽子をかぶって来たのを、女中達がのぞいて見て、高麗蔵こまぞうのした「魔風まかぜ恋風」の東吾とうごに似た書生さんだと云って騒いだ。
心中 (新字新仮名) / 森鴎外(著)