かばん)” の例文
わたしは『週刊朝日』の原稿をふところに捻じ込んで、バスケットに旅行用のかばんとを引っさげて出ると、地面がまた大きく揺らいだ。
火に追われて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
人間にんげん女房にようぼうこひしくるほど、勇気ゆうきおとろへることはない。それにつけても、それ、そのかばんがいたはしい。つた、またばしやり、ばしやん。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
彼は食事もそこそこに食卓を離れて、散らかった本や原稿紙と一緒に着替えをたたんでかばんに始末をすると、縕袍どてらをぬいで支度したくをした。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
時々、背広服を着て旅に出る。かばんには原稿用紙とペン、インク、悪の華、新約聖書、戦争と平和第一巻、その他がいれられて在る。
令嬢アユ (新字新仮名) / 太宰治(著)
私は校庭にゑられた分捕品ぶんどりひんの砲身にすがり、肩にかけたかばんを抱き寄せ、こゞみ加減に皆からじろ/\向けられる視線を避けてゐた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
高値たかねになれてしまい、そしていつも不自由を感じているかばんだのマッチだのライターだのを見てほしくなって買ってしまうのだった。
一坪館 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かばんから色んなものが出る。山本山やまもとやまの玉露・栄太郎の甘納豆・藤村ふじむら羊羹ようかん玉木屋たまきや佃煮つくだに・薬種一式・遊び道具各種。到れりつくせりだ。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
この家ではかくも客を通す座敷となっている二階の八畳を空けて置いてくれたので、ずその部屋に旅行かばんを運び込んだ彼女は
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
なおよくながめると、自分のによく似た古かばんを手にさげてることがわかった。彼女の方もまた、すずめのように彼を横目にうかがっていた。
朝になると、義雄はもっと東京の中心に近い町の方の宿屋へ通うことを日課のようにしていると言って、かばんをかかえて出掛けて行った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
けれども、昨夜銭湯せんとうへ行ったとき、八百円の札束をかばんに入れて、洗い場まで持って這入って笑われた記憶については忘れていた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
しばらくするとお玉は起って押入を開けて、象皮賽ぞうひまがいかばんから、自分で縫った白金巾しろかなきんの前掛を出して腰に結んで、深い溜息ためいきいて台所へ出た。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
そして彼の目は、偶然にかまたは意あってか、コゼットがうらやんでたつき物の上に、決して彼のそばを離れない小さなかばんの上に落ちた。
いつものように腕にかばんをぶらさげて私は店を出た。朴は路地に立って私を待っていた。それから私達は電車通りまで一緒に出た。
どんな容子の人だとくと、かばんを持ってる若い人だというので、(取次とりつぎがその頃わたしが始終げていたかわ合切袋がっさいぶくろを鞄と間違えたと見える。)
鴎外博士の追憶 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
羽毛をとりだして病人の足の裏をでてみたり、ものなれた慎重な身振りだったが、かばんから紙片をとり出すと、すらすらと処方箋しょほうせんを書いた。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
紙製玩具の、電車の車掌しゃしょうさんのかばんを買ってくれとせがむのである。それを肩にかけると非常に御機嫌で、切符パンチをうれしそうに使用する。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
趙はその時、持って来たかばんの中からバナナを一房取出して私にも分けてくれた。その冷たいバナナを喰べながら、私は妙な事を考えついた。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
その間に倉地は手早く着がえをして、書類を大きなシナかばんに突っ込んでじょうをおろしてから、綿密にあくかあかないかを調べた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
気がついて見ると、お延のかばんへ入れてくれたのはそのままにして、先刻さっき宿で出したのを着たなり、自分は床の中へ入っていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かばんを置いたる床間とこのまに、山百合やまゆりの花のいと大きなるをただ一輪棒挿ぼうざしけたるが、茎形くきなりくねり傾きて、あたかも此方こなたに向へるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
学校から帰ると、かばんを放り出して、古雑誌だの反故ほごだののうず高くつまれた小さい机の上で『西遊記』に魂をうばわれて、夕暮の時をすごした。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
ジョバンニはにわかに顔いろがよくなって威勢いせいよくおじぎをすると、台の下にいたかばんをもっておもてへびだしました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そうしてオキシフルのびんを手にしたまま、スティムで蒸されている息苦しい廊下のなかを歩きだす。かばんにつまずいたり、靴をふんづけそうになる。
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
くだり終列車の笛が、星月夜の空にのぼった時、改札口を出た陳彩ちんさいは、たった一人跡に残って、二つ折のかばんを抱えたまま、寂しい構内を眺めまわした。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
和合コンコードの間へ御案内! お客さまのおかばんと熱いお湯を和合コンコードの間へな。お客さまのお長靴は和合コンコードの間でお脱がせ申すんだぞ。
巴里パリの坊っちゃんのお知合いの画家がいらっしゃいました。なにしろ東京駅へ着き立てにぐ来られたので、かばんもそのまま持っていられました」
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
車上の客は五十あまり、色赤黒く、ほおひげ少しは白きもまじり、黒紬くろつむぎの羽織に新しからぬ同じ色の中山帽ちゅうやまをいただき蹴込けこみに中形のかばんを載せたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
ゆき子が下段のベッドへ横になると、乗り込んで来た比嘉は、かばんから注射針を出して、アルコールで拭き、ゆき子の腕に栄養剤を注射してくれた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
そう云いながら、彼は手早く聴診器ちょうしんきを、かばんの中から、引きずり出しながら、勝平のふとり切った胸の中の心臓を、探るように、幾度も/\当がった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
帰ってかばんを開けて見たら、どこから入ったのか、入りそうにも思えない泥の固りが一つ入っていて、本を汚していた。
路上 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
電車や汽車の中で大ビラにかばんを交換するのです。……売る奴は大抵炭坑関係かその地方の人間で、買う奴は専門の仲買いか、各地の網元の手先です。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かばん一つで出掛ける簡単な旅であっても、旅には旅のあわただしさがある。汽車に乗る旅にも、徒歩で行く旅にも、旅のあわただしさがあるであろう。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
地方に旅をなさる時があったら、この本をかばんの一隅に入れて下さい。貴方がたの旅の良い友達となるでありましょう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
客間から庭へ飛出した祐吉が、門を出て坂を下りようとしていると、向うからかばんを抱えた中年の男が近寄って来て
天狗岩の殺人魔 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
隣近所では病人が日増ひましに悪くなるのを知った。医師いしゃが毎日かばんを下げてやって来る。荻生さんが心配そうな顔をしてちょいちょい裏からはいって来る。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
わたしはだれから何を贈られたのかいちいち調べるのも面倒なので、そのままそれらの贈物はかばんに納めておいた。
謎の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
それから、その根本にかがんで、かばんをひらきました。しばらくかちゃかちゃやってから、注射器をとりだしました。畳針たたみばりのような大きな針がついていました。
山の別荘の少年 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
その海岸の岩の蔭に、あらかじめ別の服装と旅行かばんなどが用意してある。弟はそれを着て知人に出会わないような路をとって、そのまま外国旅行に出発する。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「そろそろ仕事をはじめるかな」怪老人は、そのまま船室へ姿を消したが、すぐに大きなかばんを提げて現われた。五ツの屍骸しがいに、ガラスのようなひとみを投げながら
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
すると、發車間ぎはに慌てゝのつたらしい、かばんを持つた、えい利會社の外交風の男が二人、金太郎のうしろの、も一つうしろのボツクスにこしおろして何か話し出した。
坂道 (旧字旧仮名) / 新美南吉(著)
衣類と三百五、六十ルピー入って居たかばんを一つ取られたそうです。後に宿屋の主人に聞きますとかの泥棒は大変私の物を盗もうとて、うかがって居たのだそうです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
……そういうわけですから、この手紙を見次第、かばんを持って飛んで来て、ちょうだい。これは、あたしの、めいれいよ。と結んだ。日記には、こんなふうに書きつけた。
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
唐草模様のついたかばん一つさげた留吉は、右手に洋傘こうもりを持って、停車場を出て、歩きだしました。
都の眼 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
ああして停車場の雑沓ざっとうの中で別れの握手をして、それきりというのは、どうも面白くない。なんとか、いろんな理窟りくつで自己納得の後、ホテルにかばんをおろしたメリコフである。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
折皮のかばんがある。女持ちの装身具や手提げがある。それがみな、相当に金目かねめのものばかりだ。
五階の窓:03 合作の三 (新字新仮名) / 森下雨村(著)
私の部下は秘密書類を盗み出した時に、直ぐ私の所へ持って来ては、とり返しに来られる恐れがあると思って、二重底のかばんに入れたまま、わざとタクシーの中に忘れたのだ。
計略二重戦:少年密偵 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
如何いかんと言ふにその間に昨年の大震大災あり、我がぐうまたその禍を免るあたはず、為に材料一切を挙げて烏有うゆうに帰せしめたる事実あればなり。当夜我僅に携へ得たる所のかばん一個あり。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
ヴィオロオヌは、自分が慕われているのを知り、休みの時間につという思わせぶりをやったものだ。彼の姿が運動場に現われる。小使いがかばんをかついであとからついて来る。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
少なくとも、朝眼をさましたとき、第一着手として、かばんの荷造りに取りかかろうなどとは、夢にも考えていなかったのである。やがて鞄とトランクの荷造りはできあがった。