かんな)” の例文
もっともこの長南家は、この地方でも旧家であって、現在の住宅のごときも、まだ今のかんなを用いなかった古い時代の建物が遺っている。
木枯こがらしすさまじく鐘の氷るようなって来る辛き冬をば愉快こころよいものかなんぞに心得らるれど、その茶室の床板とこいた削りにかんなぐ手の冷えわたり
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
賢造の言葉が終らない内に、洋一はもう茶のから、台所の板のへ飛び出していた。台所にはたすきがけの松が鰹節かつおぶしかんなを鳴らしている。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ところで、みなさんのご家庭ではかんなをもっておられましょうか。切れ味のよい鉋でなければ、完全にかつおぶしを削ることはできません。
日本料理の基礎観念 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
その板は丸太の外側を削ったものでできた不完全な生々なまなました板で、わたしはそのはじをかんなで真っすぐにしなければならなかった。
そのころは一切かんなを用いず、チョウナを使って削ったのだという、荒削りのあとに、古い時代のおのずからなる持味もちあじがうかがわれただけだ。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
「いまお前がはいって来たあの木戸から左へ廻るんだ——いいか、のみの音や、かんなの音がしているだろう、あっちへ行くんだよ」
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かんなのない時代のことで、斧でけずるのであるから、中間はふくらみのあるようなものになるのも自然のことでもあったろう。
芸術と数学及び科学 (新字新仮名) / 三上義夫(著)
河岸には氷を売る小さな小舎がけが立ち並び、我々も床几に坐って数回氷を飲んだ。氷はかんなで削るので、鉋はひっくりかえしに固定してある。
額には悲しみの皺を畳み、頬は痛苦のかんな削取けずりとられ、薄くなッた白髪の鬢をほうけ立たせ、眼は真ッ赤に泣き腫れている。
のこぎりや、かんなや斧や槌などで、木を伐ったり板を削ったり、釘を打ったりして建築をしている、ノンキな物音が聞こえて来た。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ときたまかんなのみを持つと、棟上げの済んだ柱へ穴をあけたり、紙のように薄くなるまで四分板を削るというような、とんでもないことをやりだす。
削るのかんなかんなとをんなとおん近きもこれまた自然の道理なり緋威ひをどしの鎧とめかし込み艶福がるといづれ仕舞しまひは深田へ馬を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
それに無地はもとより、流描ながしがき櫛描くしがき指描ゆびがきばしかんななど様々なやり方を用います。絵ものは一つもありませんが、その代り極めて多彩であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
風邪かぜ気味と、かろく自分でも考えていた数日のあいだに、彼女の若さも、肌も、病魔のかんなに削られて、眼にも驚かれるばかり、痩せ細ってしまった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いやな野郎だな、敷居が高かつたら、かんなでも持つて來るが宜い、土臺ごと掘り捨てたつて、文句は言はねえよ」
同樣にしてかんなの如くに運動うんどうさする仕方も有り一片の木切れにほそぼうの先を當ててきりの如くに仕方しかたも有るなり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
工匠こうしょうの家を建つるは労働なり。然りといへどものみかんなを手にするもの欣然きんぜんとしてその業を楽しみ時に覚えず清元きよもとでも口ずさむほどなればその術必ずつたなからず。
一夕 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
釜の周りを取巻いている峭壁は、かんなをかけたように滑かで、襞もなければ皺もない、全く一続きの岩である。
釜沢行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
何かかんなをかけていましたが、あのときもひどくあわてて、その鉋屑かんなくずや木片を押入れへ投げこんだように、今も、この泰軒の言葉に大いに狼狽ろうばいした作爺さんは
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
大工がしきりにかんな手斧ておのの音を立てているが、清三は気分のいい夕方などには、てくてく出かけて行って、ぽつねんとして立ってそれを見ていることがある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
其等の木はことごとく自分の山から伐出きりだされ自分の眼の前でかんなを掛けられたものであり、其等の食物の出所も
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
隣りの室には、老人の足音がったり来たりしていた。かんなで削ったり釘を打ったりする音が聞えていた。
此の場合、ボール紙の三方にかんなをかけて斜に落とす所謂面をとるのが普通であって、その仕上りは一つの稜を増すわけであるから、重厚であり複雑な味を附加される。
書籍の風俗 (新字新仮名) / 恩地孝四郎(著)
それでもつてち殺してある、かんなのみや鋸や、または手斧ておの曲尺まがりかねすみ縄や、すべての職業道具しようばいどうぐ受け出して、明日からでも立派に仕事場へ出て、一人の母にも安心させ
もつれ糸 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
そんなに非常識に丈夫であることを必要としないし、何と言っても、石油箱の大きなののような、ろくかんなもかけてないぶっつけ箱が一ポンドもするとは驚くのほかはない。
ほころびをつくろったり、そうかと思うと、工作室からかんなのこぎりを借りてきて、手製の額を壁にかけたりした。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
胴びろの鋸が木口からみついて行って、ざっくん、ざっくんと、眠いような音を立てた。近くではかんなのすべる音が交錯していた。たんたん、のみを打ちこむつちの音。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
十八の歳に下寺町の坂道で氷饅頭を売ったことがあるが、資本がまるきり無かった故大工の使うかんなの古いので氷をかいて欠けた茶碗に入れ、氷饅頭を作ったこともある。
世相 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
少年の時から読書のほかは俗な事ばかりして俗な事ばかり考えて居て、年をとっても兎角とかく手先てさきの細工事さいくごとが面白くて、ややもすればかんなだののみだの買集かいあつめて、何か作って見よう
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
といふのは、もとより、全國的代表移民の都會であるから、そのころの負けじ魂が、利かぬ氣のきつぷになつて殘つてゐるので、すべてがかんなくづのやうなものばかりではない。
凡愚姐御考 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
斯の小父さんは手細工が好きで、銀座の夜店からのこぎりかんなの類を買つて來まして閑暇ひまな時には種々な物を手造りにしました。大工の用ひるやうな道具箱までも具へて有りました。
かんなをかけては削り、のみを使って繊細なる技巧をもって角々かどかどの組み合せをなし、懸命なる努力を続けておりましたが、今回は、いわんや木函は前回の七倍八倍に達する容量を要し
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ほっそりと顔全体が毎日かんなをかけたようにがれてゆくのや、病的に沈みきって蒼みをもった皮膚が、きみの悪いほど艶を失って、喉のあたりまで白く冷たく流れこんでいるのや
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
が、わたくしは、お富士さまといえば、いまでもかんなくず細工の、絵の具を塗り、中にひょうそくのあかりをともすあの燈籠をおもい出す。……そのあかりのいろの、赤あるいは青。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
すると男衆は、すばやくその鉢を抱えて、予め水を打ってある他の鉢に、その中身をうつす。蝋はそこで徐々に固まっていって、かんなをかけられ、干場に出されるのを待つのである。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
浴衣ゆかたの裾を膝までまくりあげて、だらしなく腰掛けながら、その前にかんないで居る、若い大工と笑ひながら話して居たのを見たが、もしかしたらその大工ではないかと思ひもした。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
納屋の角には六三郎が来ない昔から一本の桜が植えてあって、今はかなりの大木になっていた。六三郎はこの桜の下でかんなのこをつかって、春が来るごとに花の白い梢を仰ぐのであった。
心中浪華の春雨 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
きれいに掃いた道に青竹の削りくずやかんなくずが散らばっておうちの花がこぼれている。
花物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
僕等はあまり多い粗削あらけづりの藝術に倦きて居る。もつと仕上かんなのかかつたものが欲しいのである。予が所謂自然派の作品のうちで徳田秋聲氏を尤も好むのも此純藝術家的の見地からである。
京阪聞見録 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
うまでもなく四人の口を過ごしかねるようになったので、大根畠に借家して半歳ばかり居食いぐいをしたが、見す見す体にかんなを懸けて削りくすようなものであるから、近所では人目がある
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
古い達磨だるまの軸物、銀鍍金メッキの時計の鎖、襟垢えりあかの着いた女の半纏はんてん、玩具の汽車、蚊帳かや、ペンキ絵、碁石、かんな、子供の産衣うぶぎまで、十七銭だ、二十銭だと言って笑いもせずに売り買いするのでした。
老ハイデルベルヒ (新字新仮名) / 太宰治(著)
滑らかにかんなをかけた松板の壁、急須や茶碗を入れて隅っこに置いてある三角戸棚、聖像の前に、赤や青のリボンでぶらさげてある、鍍金めっきをした瀬戸物の卵、つい近ごろ仔を生んだばかりの猫
ら、かんなたねえ大工でえくだ、のみぽうつちんだから」といつて勘次かんじ相手あひてもないのにわざとらしいわらひやうをして女房等にようばうらはうた。かれさうくびおこして數々しば/\ることを反覆くりかへした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
他の友達は、下駄げたになって、泥濘どろの路石ころ路を歩いて居る。他の一人はかんなの台になって、大工の手脂てあぶらに光って居る。他の友達はまきになって、とうに灰になった。ドブ板になったのもある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
深川の田安前たやすまえ政鍜冶まさかじの打った二挺のかんな研上とぎあげたのをて居ります。
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
職人たちのなかに定さんは気だてのやさしい人で、削りものをしてるそばに立つてかんなの凹みからくるくると巻きあがつて地に落ちる鉋屑に見とれてるといつもきれいさうなのをよつて拾つてくれた。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
今一つ妙な癖は指物さしものが好きで、ひまさへあれば何かこつ/\指物師の真似事をしてゐたが、手際はから下手べたな癖に講釈だけはひとばいやかましく、かんなのこぎりなどは名人の使つたのでないと手にしなかつた。
「それじゃあずけておこう。これは叔父様おじさまが西洋からおみやげに持って来てくだすったのだ。まだのこぎりだのかんなだのがあったけれど、なくしてしまった。こんなものがそんなにこわいならきみにあずけるよ」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
なに削る冬の夜寒ぞかんなの音隣合となりあはせにまだかすかなり
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)