辰巳たつみ)” の例文
はだのぬくみを追って急ぐ男と女の影が、影絵のように路地から路地をぬって歩いて、秋深い辰巳たつみの右左、またひとしおのふぜいです。
六条ろくじょう 千春ちはる 平河ひらかわみね子 辰巳たつみ 鈴子すずこ 歌島かしま 定子さだこ やなぎ ちどり 小林こばやし 翠子すいこ 香川かがわ 桃代ももよ 三条さんじょう 健子たけこ 海原かいばら真帆子まほこ くれない 黄世子きよこ
間諜座事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
辰巳たつみごのみを典型的に身に持っているだった。すこしやつれの見えるのもかえって男には魅惑がある。二十三、四というところであろう。
春の雁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
辰巳たつみに遊ぶ通客は、潮来節の上手な船頭をえらんで贔屓ひいきにし、引付けの船宿を持たなければつうを誇ることができませんでした。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
第一に、鼠色は「深川ふかがわねずみ辰巳たつみふう」といわれるように「いき」なものである。鼠色、すなわち灰色は白から黒に推移する無色感覚の段階である。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
また辰巳たつみには松柏まつかしわの生い茂りました青山が峨々がゞとそびえ、その洞にある醍醐寺からは遠寺とおでらの晩鐘がきこえて参ります。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ますますむっとしたふうである、「お兼なんてひと、知りゃしない、あたしゃ染次って、これでも辰巳たつみの芸妓だよ」
ゆうれい貸屋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
この上もなく堅固に暮して居ると言つても、辰巳たつみのお羽織だつた昔のおもかげが、嚴重な表情の間を漏れて、甘く優しく惱ましく、相手を打つのです。
為永春水ためながしゅんすいの小説『梅暦うめごよみ』の続篇たる『辰巳たつみその』以下『梅見船うめみのふね』に至る幾十冊の挿絵は国直の描く処にして余は春水の述作とあわせて深くこの挿絵を愛す。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一體八景といふのは隨分長い間の流行はやり言葉であつて、何八景かに八景、しまひには吉原よしはら八景、辰巳たつみ八景とまで用ゐられて、ふけて逢ふ夜は寢てからさきのなぞと
華厳滝 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
辰巳たつみかたには、ばかなべ蛤鍋はまなべなどと逸物いちもつ一類いちるゐがあるとく。が、一向いつかう場所ばしよ方角はうがくわからない。
湯どうふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
きり開こうとする彼らの道を、立ってそこから指さすならば、あちら、——海に背を向けた東南辰巳たつみの方角に穿うがたれるはずであった。まことに文字通り、穿つのであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
さて、二日目の夜の五つ時ごろからは雨はさらに強く降りつづき、次第に風の方向も変わって来たところ、思いのほかな辰巳たつみの大風となって、一晩じゅう吹きやまなかった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
深川辰巳たつみの岡場所が取りはらわれることになり、深川を追われた茶屋、料理屋、船宿などが川を渡ったこちら岸の柳橋にドッと移って来て、にわかに近所に家が建てこむようになった。
顎十郎捕物帳:18 永代経 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
円瓢坊は円い瓢箪ひょうたん、客怪は坤河こんがなまず、乾野の馬頭、辰巳たつみの方の三足の蛙、艮山ごんざんの朽木とその名を解いて本性を知り、ことごとく棒で打ち砕いて妖怪を絶ち、かの僧その寺を中興すと載す。
元のとおり丹念にその紙切れを畳んで丼の底へ押し込むと、今度は素裸の背中へ手を廻して、肩から掛けた鉄砲笊をぐいと一つ揺り上げざま、事もなげに堀江町を辰巳たつみへ取って歩き出した。
れ海上の清く澄みたる日に、遥か辰巳たつみの方にその島の形を見ることありと、奄美大島の『旧記』にもしるされているが、是はどうやら伝聞の誤りがあって、西の沖の横当島ゆはてじまと混同しているらしい。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
辰巳たつみでもなく、北でもなく、夜ごとに何処へ通うのでしょうか、日本左衛門を乗せた猪牙舟ちょきは、隅田の本流から神田川をさかのぼります。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
辰巳たつみの方角へ住まいをしたらふたたび運が開けるだろうという注意があったためからのことだったそうでしたが、しかるに殿の勘気はいっこうにゆるまず
「それは間違ひがありません。今時あんな羽織を着るのは辰巳たつみの藝者衆でなきや女藝人でせうよ。背の高い、——顏は見ませんが、そりや良い樣子でした」
今日の永代橋には最早や辰巳たつみの昔を回想せしむべき何物もない。さるが故に、私は永代橋の鉄橋をばかえってかの吾妻橋あずまばし両国橋りょうごくばしの如くにみにくいとは思わない。
……人生じんせいいやしくも永代えいたいわたつて、辰巳たつみかぜかれようといふのに、足駄あしだ蝙蝠傘かうもりがさ何事なにごとだ。
深川浅景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「江戸の花」には、命をも惜しまない町火消まちびけし鳶者とびのものは寒中でも白足袋しろたびはだし、法被はっぴ一枚の「男伊達おとこだて」をとうとんだ。「いき」には、「江戸の意気張り」「辰巳たつみ侠骨きょうこつ」がなければならない。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
がんりきは辰巳たつみあがりのていで、眼がわって来るのを、お勢は
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
江戸の通客粋人が四畳半浅酌低唱せんしゃくていしょうする、ここは辰巳たつみの里。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
辰巳たつみでしたな」と大野は云った。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「どうして、この辰巳たつみでも、あんなに売れたはなかった程だけれど、ちょっと、おかしな事が、ぱっと聞えたものだからさ」
春の雁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はうきから辰巳たつみ、鎌の鼻から未申ひつじさるくはの耳から戌亥いぬゐ、口の中の眼——と讀むんだらうな。どうだ分つたか、八」
「この天気ならば、辰巳たつみの方角がよいじゃろう。三、四匹ひっかけに、深川あたりへでも参るかな」
つてべい。方角はうがく北東きたひがしやりだけ見当けんたうに、辰巳たつみあたつて、綿わたつゝんだ、あれ/\天守てんしゆもり枝下えださがりに、みねえる、みづえる、またみねえてみづまがる、またひとみね抽出ぬきでる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
{1}『船頭部屋』に「ここも都の辰巳たつみとて、喜撰きせんは朝茶の梅干に、栄代団子えいたいだんごかどとれて、酸いも甘いもかみわけた」という言葉があるように、「いき」すなわち粋の味は酸いのである。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
今日こんにちの永代橋には最早もは辰巳たつみの昔を回想せしむべき何物もない。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「まあ——どうも方角が辰巳たつみだな」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
職業、貴賤をとわず、ふしの工夫と、のどのしぶいところを、競い合って、仲の町や、柳橋や、辰巳たつみへもうひろまっていることを、得意にしていた。
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
はうき辰巳たつみで、かま未申ひつじさる——なんてえのは三世相にもないよ。ところで一寢入りして出かけようか」
ちがだなわきに、十畳のその辰巳たつみえた、姿見に向かった、うしろ姿である。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
みると、その辰巳たつみとやらにはさだめしお目あてがござんしょうね
「先生、まだそればかりでは御座りません。昨夜ゆうべちょっと櫓下やぐらしたの方へ参りましたら、何でも近い中に御府内ごふないの岡場所は一ツ残らずお取払いになるとかいう騒ぎで、さすがの辰巳たつみも霜枯れ同様寂れきっておりやした。」
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
酒井雅楽頭さかいうたのかみの縁びきに、酒井ちゅうっていう人がありやしてね、これが、道楽者でげす。学問は和漢にわたって、一通りでげすが、辰巳たつみ、吉原の方も詳しい。
田崎草雲とその子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は、社の同僚と、政友会本部につめていたが、先輩の川口清英君と、辰巳たつみ豊吉君は院外団になぐりとばされた。私だけが無事だったのは、逃げ足が早かったためでない。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
なつころ染殿そめどの辰巳たつみやま木隱こがくれに、君達きみたち二三人にさんにんばかりすゞんだうちに、春家はるいへまじつたが、ひとたりけるそばよりしも、三尺許さんじやくばかりなる烏蛇くろへび這出はひでたりければ、春家はるいへはまだがつかなかつた。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「弟は堅いから、兄貴も、堅くしなければならんという理屈りくつはない。それに、吉原や辰巳たつみへでも、交際つきあえというならとにかく、酒ぐらい飲んで、何がなんだ」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
俺が荒神箒くわうじんばうきから辰巳たつみの方へ、かまくはで寸法をとる話をすると、千次郎は鎌の柄の八十七倍と鍬の柄の三十八倍と見當をつけて、飛んでもない方へ行つて搜してゐたんだ。
貴様だって、非番の折には、辰巳たつみか、岡場所か、素人しろうとか知らんが、どこかへ通ってゆく女があるじゃないか。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その前身は所謂いはゆるお羽織と言はれた辰巳たつみ藝者の一人で、艶名江東かうとうに隱れもなくいろ/\浮いた取沙汰もあり、板屋順三郎に引かれても幾匹かの狼が、その黒板塀の外をウロウロして
「若旦那、行きやしょう。——辰巳たつみで。へへへへ。吉原きたほうで。それとも、或いは、お手近で照降町?」
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
妹のおとよは一つ違いの十八歳、姉に優る美しさと、辰巳たつみっ子らしい気象きしょうを謳われましたが、役人の目をはばかって、寄り付く親類縁者も無いのに業を煮やし、柳橋から芸者になって出て
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そのころの金持番付では三井の一枚上にいて、西の鴻之池こうのいけと張出横綱になっているほどな三谷総本家の一族で、斧四郎の通人ぶりは、辰巳たつみ北廓きたも、風靡ふうびしていた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
明治三十年から、三十二、三年にかけて「辰巳たつみ巷談」「湯島詣ゆしまもうで」「高野聖こうやひじり」などは、ほとんど暗誦するほどに読んだし、鏡花ばりで作文を書いたり、新聞に載った短文までも切り抜いた。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そして足利一勢にてがわれた宿所の地は、やっと捜したような京も辰巳たつみ(東南)はずれの月輪つきのわだった。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)