蹴飛けと)” の例文
私はいきなり立ち上って二人を蹴飛けとばしてやろうかと、むらむらとなったが、また手紙のことを思い出してじっと胸をさすってこらえた。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ぐ脱ぎ捨てて、紙屑かみくずのように足でしわくちゃに蹴飛けとばして、又次の奴を引っかけて見ます。が、あの着物もいや、この着物もいやで
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それで巨人きよじんせた西風にしかぜその爪先つまさきにそれを蹴飛けとばさうとしても、おそろしく執念深しふねんぶか枯葉かれはいてさうしてちからたもたうとする。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「そいつは面白いや、あっしが負けたら、打つなり蹴飛けとばすなり、どうともしておくんなさい。どうせ親分なんかに負けっこがないんだから」
家来たちがなだめると尚更なおさら、図に乗って駄々だだをこね、蝦夷を見ぬうちはめしを食わぬと言っておぜん蹴飛けとばす仕末であった。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
嬉しく走りつきて石をあわせ、ひたとうちひしぎて蹴飛けとばしたる、石は躑躅のなかをくぐりて小砂利をさそい、ばらばらと谷深くおちゆく音しき。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それから、台所に飛んで出て、火を焚いていたおさんどんを蹴飛けとばして、その火を取って投げ散らした——その火は障子についてめらめらと燃え上る。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
やはりおかへ上がっているあひるは蹴飛けとばしなぐりつけて池の中へ追い込んでやるのが正当であるかもしれない。
沓掛より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ことにそのためにつむじを曲げて、芝居を蹴飛けとばすようなことがあっちゃあ大痛手だ。そこで、一座の反対を退けた支配人は、しずかに舞台の横へ出て行った。
かれはふと、そこへ蹴飛けとばされてきた地蔵菩薩じぞうぼさつのおすがたに目をとめた。られても、足にかけられても、みじん、つねの柔和にゅうわなニコやかさとかわりのない愛のお顔。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は敬太郎に当った拍子ひょうしに、敬太郎の持っていた洋杖ステッキ蹴飛けとばして、それを持主の手から地面の上へ振り落さしたのである。敬太郎はすぐこごんで洋杖を拾い上げようとした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こんなことをおもっていましたとき、かれは、ちからまかせに蹴飛けとばされました。そして、やぶのなかんでしまいました。まりは、しげった木枝こえだかげかくれてしまったのです。
あるまりの一生 (新字新仮名) / 小川未明(著)
やがて医者が来て私はっとしたが、この医者がまた粗忽そそっかしい野郎でノックもせずにはいって来ると、いきなり入口に置いた洗面器を蹴飛けとばしてそこら一面水浸しにした。そして
葛根湯 (新字新仮名) / 橘外男(著)
イタリーの地形ちけい長靴ながぐつのようだとよくいはれてゐることであるが、その爪先つまさきいしころのようにシシリーとうよこたはつてをり、爪先つまさきからすな蹴飛けとばしたようにリパリ火山群島かざんぐんとうがある。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
のれん越しにすがすがしい三和土たたきの上の盛塩を見ていると、女学生の群に蹴飛けとばされて、さっと散っては山がずるずるとひくくなって行っている。私がこの家に来て丁度二週間になる。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
花時の向島、敵討があると云うので土手の上は浪を打ちますよう、どや/\押掛けてまいりまして、蟠龍軒の死骸を見てはつばを吐くやら蹴飛けとばすやら弥次馬連が大騒ぎをして居ります。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「なんだって! そんな奴らをベートーヴェンは蹴飛けとばしてやるに違いない。」
其処そこは塗料の腐る匂いで息が詰りそうである——然し伊藤次郎は、懐中電灯を差しつけながら、散らばっている船具や板片いたきれ掻退かきの蹴飛けとばし、塵も見逃すまじと船底の鉄板をしらべ廻った。
流血船西へ行く (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
おまけに靴のかかとで顔を蹴飛けとばすなんかということは、法律上ゆるされておらん。
二十日ばかりの長い間、己は待たない、待ちたくないと思いながら、意志に背いて便たよりを待っていた。そしてそれがいたずら事であったではないか。純一は足元にあった小石を下駄で蹴飛けとばした。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
すると車夫は十二銭の賃銭ちんせんをどうしても二十銭よこせと言う。おまけに俺をつかまえたなり、会社の門内へはいらせまいとする。俺は大いに腹が立ったから、いきなり車夫を蹴飛けとばしてやった。
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
元来がんらい経済難のZ大学なので、助手案は一も二もなく蹴飛けとばされたが、その代り大学部三年の学生で、是非ぜひ赤外線研究をやりたいというひとがいるから、助手がわりにそれを廻そう、当分我慢して
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「かがんでいなかったら、蹴飛けとばしてやるところだったに。」
交通巡査も安全地帯も蹴飛けとばしてしまえ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「そいつは面白いや、あつしが負けたら、打つなり蹴飛けとばすなり、何うともしておくんなさい。何うせ親分なんかに負けつこがないんだから」
うれしく走りつきて石をあはせ、ひたとうちひしぎて蹴飛けとばしたる、石は躑躅つつじのなかをくぐりて小砂利こじやりをさそひ、ばらばらと谷深くおちゆく音しき。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
すると再びヒステリーの発作が起って、椅子いす蹴飛けとばしたり、カーテンを引きちぎったり、花瓶をこわしたりします。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
うらみます、とうわごとを言い、その後さまざま養生してもはかどらず、看護の者を足で蹴飛けとばしたりするので、次第にお見舞いをする者もなくなり、ついには
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
其處そこには毎日まいにちかなら喧嚚けんがう跫音あしおとひと鼓膜こまくさわがしつゝある巨人きよじん群集ぐんじゆが、からは悲慘みじめ地上ちじやうすべてをいぢめて爪先つまさき蹴飛けとばさうとして、山々やま/\彼方かなたから出立しゆつたつしたのだ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
何事か知らんと一同足を止めて見ますると、向うから罪人が四五十人、獲物えもの々々をたずさえ、見るも恐ろしい姿で、四辺あたりに逃げまど老若男女ろうにゃくなんにょ打敲うちたゝくやら蹴飛けとばすやら、容易ならぬ様子であります。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼は子供が母に強請せびって買ってもらった草花の鉢などを、無意味に縁側から下へ蹴飛けとばして見たりした。赤ちゃけた素焼すやきの鉢が彼の思い通りにがらがらとわれるのさえ彼には多少の満足になった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いやというほど頭を蹴飛けとばされてしまったものです。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
旅店りよてんわかしう押返おしかへすやうにおまをしてはりますが、手足てあしつてお肯入きゝいれなく、くつ蹴飛けとばしていらツしやいます。
人参 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
八五郎は飛んで出ましたが、其の邊にはもう小僧の姿の見える筈もなく、野良犬を蹴飛けとばして、張板を二三枚倒して、八五郎はぼんやり戻つて來ました。
私がお茶を持って客間へ行ったら、誰やらのポケットから、小さい林檎が一つころころところげ出て、私の足もとへ来て止り、私はその林檎を蹴飛けとばしてやりたく思いました。たった一つ。
饗応夫人 (新字新仮名) / 太宰治(著)
もうそうなると、気のあがった各自てんでが、自分の手足で、茶碗を蹴飛けとばす、徳利とっくりを踏倒す、海嘯つなみだ、とわめきましょう。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
佐吉はそれでも、ようやく気を取直して、女房の身体を縁側へ抱き上げましたが、いつの間にやら、行灯あんどん蹴飛けとばして、あかりを消してしまった事に気が付きました。
と言えば、また大笑いになり、職人仲間の情愛はまた格別、それより持参の酒肴にて年忘れの宴、徳兵衛はうれしく、意味も無く部屋中をうろうろ歩きまわり重箱を蹴飛けとばし、いよいよ恐縮して
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
何時までもさうしてゐるわけに行かないから、お比奈さんと二人で押入の戸を蹴飛けとばして轉げ出ると、御近所の衆を起して兎も角も繩を解いてもらひました。
銭形平次捕物控:239 群盗 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
みなが、くるまかれやしないか、うま蹴飛けとばされやしないかとあんじてるんだ。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
蹴飛けとばしやらむ、かきむしらむ、すきあらばとびいでて、ここのこだまとをしへたる、たうときうつくしきかのひとのもとげ去らむと、胸のきたつほどこそあれ、ふたたび暗室にいましめられぬ。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
女房のお百とつかみ合ひの大喧嘩だ、ウヌが盜つたに違ひない、なにを此野郎と、打つ引つ掻く、蹴飛けとばす、噛みつく騷ぎ、——尤もケチ兵衞の留守に、女房のお百が町内の湯へ行つたのが惡かつた。
拳ぐらいで騒ぎが静まりゃいんですが、酔が廻ると火の玉め、どうだ一番相撲を取るか、とやせッぽちじゃありますがね、狂水きちがいみず総身そうみへ廻ると、小力が出ますんで、いきなりそのほうきの柄を蹴飛けとばして
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)